第四章 第106話 学級対抗戦ー⑬ 月と狼
《ロザレナ視点》
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「【ストーン・ウォール】!!」
あたしが振り降ろした唐竹は、即座に発動された石壁によって見事に防がれた。
シュゼットと戦ってから、繰り返し、何度も見てきた光景。
あたしの剣は、石壁に阻まれ、あの女に届くことはけっしてない。
「だとしても―――――――!!」
あたしはすぐさま後方へと飛び退き、地面から生えてきた石の柱を回避する。
そして、シュゼットの周囲を駆けまわり、背後に回ると、再び跳躍し―――剣を振り上げ、渾身の唐竹を放っていった。
「【ストーン・ウォール】!」
またしても、壁に防がれる。
だが、それでいい。その方が、いい。
この時間が長く続けば続くほど、あたしは成長できる。
この壁が大きければ大きいほど、あたしは、もっと強くなれる。
「何を‥‥何を笑っているのですか!? 貴方は!!!!」
シュゼットは怒り狂った様子で、【アース・スパイク】を詠唱し、石壁に鋭利な石の棘を生やしてきた。
あたしはその攻撃を回避し、即座に後方へと退却する。
そして着地と同時に間髪いれずに地面を蹴り上げると、もう一度シュゼットの背後に回るため、彼女の周囲を駆け回っていった。
「何度も何度も同じことを‥‥!! いくらやっても結果は同じことです‥‥!!」
「オーホッホッホッホッ! では‥‥わたくしのこの一手はどうかしらぁ? ――――混沌の濁流よ、我が敵を穿て、【アクア・ショット】!!」
「小賢しい!」
シュゼットは横に跳躍して、ルナティエの放った五つの水の散弾を華麗に避けて行った。
そして、石壁の魔法を消去した後、二本の指がなくなった手のひらをルナティエへと向けると、彼女はどこか苛立った様子で開口する。
「ルナティエさん、さっきも言いましたが‥‥貴方がここにいるのは、場違い甚だしい話です。才能のない愚物は即座に退場なさい!! 【アース――」
「させないわ!!」
あたしは地面を蹴り上げ、再度、シュゼットの元へと駆け抜けていく。
‥‥速度だ。この戦いの攻略の鍵は、多分、純粋な速さにある。
シュゼットの魔法の発動の速さが勝るか、あたしの剣の速度が勝るか。
これは、そういう戦いだ。
「ちっ!! 【ストーン・ウォー」
ルナティエへの攻撃を止め、こちらに顔を向けたシュゼットは、今度は石壁を発現させようと、あたしに扇子を差し向ける。
それに対して、あたしは地面に足跡が残るくらい、思いっきり右足を前に突き出して――全力で木刀を横薙ぎに振りかぶった。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
アネットの話だと、上段の『唐竹』よりも、剣を横に振る型―――『右薙』の方が、剣を振る速度は圧倒的に早いらしい。
慣れ親しんだ得意技の『唐竹』よりも威力は大分劣るだろうが‥‥この際、奴の速度に追いつけるのならば何でもいい。
あの壁を超えるためなら、この場で、色々と試してやるとしよう。
「!?!? な、に‥‥!?」
ガギィンと鈍い音が鳴り響き、あたしが横薙ぎに振った木刀は、寸前で石壁に叩きつけられる。
――――惜しい。あと、もう少しだった。あともう少しで、シュゼットの身にこの剣は到達していた。
あたしはその光景に思わず、笑みを浮かべる。
「わ、私の無詠唱魔法の速度に、お‥‥追いついてきている‥‥? そ、そんな、バカな‥‥」
「剣って、横に振る方が早いのね。勉強になったわ」
「は‥‥?」
「次こそは、その壁、必ず越えて見せる」
「ち‥‥調子に乗るな!!!!! 【アース・スパイク・トラッキング】!!!!」
足元から、あたしを串刺しにしようと、石の棘が出現する。
あたしは後方に飛ぶことで、すぐにそれを回避する―――が、何故か石の棘は、あたしを追尾するようにして、次々に地面から生えて来たのだった。
あたしは、その見たことのない動きに回避が間に合わず‥‥左肩に細長い石の棘が一本、ぶすっと、刺さってしまった。
「くっ‥‥!! うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
左肩に刺さった石の棘を力任せにブチ折り、右手で引き抜くと、あたしはそのままバク転をしながら後方へと飛び退いて、追尾する石の棘の攻撃を回避する。
五メートルくらいシュゼットから距離を取り、離れると、石の棘は地面から追って生えてはこなくなった。
あたしは「ふぅ」と短く息を吐き、シュゼットを見据える。
彼女は目が合うと、ニコリと、こちらに邪悪な微笑みを浮かべてきた。
「フ、フフフッ‥‥。どうですか? そろそろ、私との実力の差を思い知った頃ではありませんか? 少し速くなったところで、私の魔法の領域速度を超えることはできはしませんよ。それは、今の攻防で理解できましたよね?」
「そうね。貴方は、とても強い。今のあたしが戦うレベルの相手ではないことは確かね」
「理解致しましたか? では、さっさとその腕章を私に渡し―――」
「だからこそ、燃えるわ!! 絶対に、ここで、あんたという壁を乗り越えて見せる!!」
「は‥‥?」
「さぁ、もう一戦よ、シュゼット!! もっと、もっと―――お互いに剣を研ぎ澄ませ合いましょう!!」
そう叫ぶと、シュゼットは、先ほどまでの優雅な淑女然とした態度とは一変、怒り狂う鬼のような形相であたしを睨みつけてくる。
あれが、彼女の本性‥‥シュゼット・フィリス・オフィアーヌの本当の姿、か。
あたしはそんな彼女の姿に微笑みを浮かべ、木刀を構えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ視点》
「‥‥くっ!」
「はぁはぁ‥‥まだまだぁ!!」
ロザレナさんとシュゼットは、どちらも疲弊した様子で、戦闘を続けている。
いや、見たところ、シュゼットの方はまだ体力がありそうですわね。
剣士と違って魔術師は、むやみやたらに動かなくて良い分、体力的にはまだ有利と見えます。
これ以上の長期戦になれば、シュゼットの勝利が明白な状況となるのは確実。
ロザレナさんにもう少し体力があれば、彼女の詠唱速度を上回る速さで剣を振ることができたのかもしれないけれど‥‥それも仕方がないことですわね。
何たって彼女はついこの前まで、剣の素人だったのですから。
「とりゃぁぁぁぁ!!」
ロザレナさんは駆け、必死に、シュゼットへ向けて剣を振り降ろしていく。
だが、未だ、あの石壁の速度を超えることができてはいない。
わたくしはそんな二人を遠巻きに見つめ、静かに息を吐いた。
「確かに、わたくしは‥‥この場においては場違いな存在ですわね」
ロザレナさんのような俊敏な身体能力も剣の腕もなく、シュゼットのように魔法の腕も際立ってはいない。
目の前で戦っている彼女たち二人を見ていると、いかに自分が凡人であるのかを思い知らされてしまいますわ。
「‥‥ですが。凡人が天才に勝てないという道理は、きっとこの世にはないはず。いいえ、凡人でも天才に一矢報いることができるということを、わたくしが証明してやるんですわ‥‥!」
凡人ができることは、ただひとつ。それは、足掻いて、足掻いて、足掻き続けることだけだ。
わたくしは今までそうしてきたはず。どんなに卑怯な手を使おうとも、勝利を収めてきたはず。
思考しろ! 勝機への道を模索していけ! わたくしが今この場でできることなど、頭を使う以外に、他に何もないのだから‥‥!!
「考えろ、考えろ、考えろ‥‥!! って―――――あれ‥‥?」
そこで、私はふと、先ほどの出来事を思い返す。
さっき、シュゼットが放った【アース・スパイク・トラッキング】を、ロザレナさんは後方に飛び退き、回避した。
その時‥‥魔法は、シュゼットから五メートル程の距離で止まり、ロザレナさんを追撃しなかった。
いや‥‥しなかったのではない、きっと、できなかったんですわ。
あの状況から察するに、恐らく、シュゼットの魔法の範囲は半径五メートル程の距離といえるだろう。
その範囲外に出れば、石柱も石の棘も襲ってはこないことは、さっきの攻防で既に確認済みですわ。
でも、この情報は、有力なものではありますが‥‥確実に相手に大ダメージを与えうるものではありませんわね。
もう少し‥‥もう少し、攻略に繋がる、何か第一歩の情報があれば‥‥!
わたくしは、目の前で繰り広げられるロザレナさんとシュゼットの戦いをつぶさに観察していく。
またしても、再三の攻撃が石壁に阻まれたロザレナさんは、シュゼットの攻撃魔法を回避すべく、すぐさま後方へと退却していった。
その後に、彼女に向かって地面から石の柱が伸びていくが、それをロザレナさんは射程外に出ることで無事、回避しきる。
その光景を見て‥‥わたくしは顎に手を当て、ふむ、と、思考する。
「そういえば‥‥」
魔法は、詠唱した後に再度詠唱可能になるまでの時間、クールタイムが生じると、本で読んだことがある。
見たところ、どうやらシュゼットが魔法を同時に発現できるのは、二つまでのようですわ。
つまり、石壁と石柱を発現したままでは、新たな魔法を発動することは敵わないということ。
故に、魔法の消滅とリキャストタイムを考慮すれば、数秒の隙が産まれるのは必然。
「そうか‥‥だから、さっき、わたくしが水魔法を撃ったあの時‥‥あの蛇女は石壁を発動せずに、横に跳躍して、避けていたんですわね‥‥!!」
――――――見えた、勝利への道。
狙いは、魔法を二つ発動し終えた、今、この瞬間にある。
わたくしはシュゼットが魔法を消去する前に地面を蹴り上げ、猛スピードで、彼女の元へと迫っていく。
まさか、わたくしが突っ込んでくるとは思わなかったのか‥‥その姿にシュゼットは驚き目を見開くと、急いで魔法を消去しようと、石壁に向かって手を伸ばした。
だが、それよりも早く、わたくしは‥‥彼女の元へと辿り着いていた。
「――――――チッ!!!!!!!」
まっすぐと突きだし、刺突したわたくしの木剣が、シュゼットの持っていた閉じた扇子に阻まれる。
その扇子は、どうやら親骨の部分が高価な鉱石で作られているようで、こちらの木剣を難なく受け止め切っていた。
扇子の向こう側で、シュゼットは眉間に皺を寄せると、大きく声を張り上げる。
「舞台の上に上がる資格もない端役が! 場違い甚だしい話です!! 貴方如きが、この私を倒せるとでも思ったんですか!? 笑わせるな!!」
扇子によって弾き飛ばされ、わたくしはあっけなく地面に尻もちを付く。
そんなわたくしに追撃を与えようと、シュゼットは、閉じた扇子を振り上げた。
だが―――――――。
「きなさい、ロザレナさん!」
シュゼットの背後から、狼が迫りくる。
その血に飢えた狼は、獲物の僅かな隙を見逃すはずもなく‥‥跳躍し、剣に手をかざしていた。
第106話を読んでくださってありがとうございました!
次回も近いうちに投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです!
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未熟ではありますが、精進して、これからも頑張っていきたいと思います!!
みなさま、良い休日をお過ごしくださいませ。三日月猫でした! では、また!




