第四章 第103話 学級対抗戦ー⑩ 卑怯ドリル女VSクズ男
「ここは‥‥いったい、どこだ‥‥?」
リーゼロッテは、困惑気な様子で辺りをキョロキョロと見渡し始める。
【転移】の魔道具で彼女を連れて来た場所、そこは、以前、兄ギルフォードと初めて会った際に密会に使用した‥‥入り口が隠された三階建ての古い建造物だ。
中身はほぼ廃墟同然の内装をしており、三階の部屋には、まともな家具はひとつも置いていない。
そこにあるのは無造作に倒れている椅子と、壁に書かれたギルフォードの王国への憎悪の言葉だけだ。
そんな不気味な部屋の様子にリーゼロッテはゴクリと唾を飲んだ後、彼女は俺の手を弾き――――バックステップで後方へと跳躍すると、部屋の隅へと着地する。
そして、十メートル程の距離で俺と距離を取ると、眉間に皺を寄せ、口を開いた。
「‥‥‥‥最初から、私をここに連れ込むのが目的だったのか、貴様」
「あぁ、その通りだ。流石は聖騎士団元副団長様だな。頭の回転が早くて助かるぜ」
「お前を攫うつもりが、逆にまんまと策略に嵌められたというわけか。‥‥それで? 私をこの場所に連れてきて、貴様はいったい何がしたいんだ?」
「そうだな。ひとつ、あんたと賭け事でもしようと思ってな、リーゼロッテ先生」
「賭け事、だと‥‥?」
「あぁ。まずは、こいつを受け取ってくれ」
俺はショルダーバッグの中から丸められた羊皮紙を取り出し、その羊皮紙をリーゼロッテの足元へと放り投げた。
リーゼロッテはそれをを拾い上げると、中身を確認し、困惑の声を上げる。
「これは‥‥強制契約の魔法紙、か‥‥?」
「その通りだ。次は、そこに書いてある契約内容を読んでくれ」
「‥‥‥‥契約内容、決闘の提案。これより行う決闘で、アネット・イークウェス(甲)が勝利した場合、リーゼロッテ・クラッシュベル(乙)は、勝者であるアネット(甲)の情報を他者に漏洩することができなくなる。また、同時に、アネット(甲)に危害を加えることも固く禁じられる。(※この危害は、アネットの周囲の人間も含まれる)。逆に、リーゼロッテ(乙)が勝利した場合は、敗者である(甲)を如何様に扱っても、アネット(甲)は抵抗することはできない。‥‥‥‥何だ、これは」
「何、簡単な話さ。俺と決闘して、お前が敗ければ、お前は俺の情報を一切話せなくなり、俺に危害を加えることができなくなる。逆に、お前が勝てば、俺を煮るなり焼くなり好きに扱っても、俺は一切の抵抗ができなくなるって寸法だ。そいつは、そういった内容の契約書だよ」
「‥‥‥‥‥‥なるほど。どうやらお前は、余程、自分の正体を表に晒されるのが嫌なようだな。フッ、くだらない話だ。私が素直に、お前の言うことを聞くとでも思っていたのか? 両者の直筆のサインが無ければ、強制契約の魔法紙は発動しない。それ故に、私が契約を結ばなければ、この羊皮紙はただの紙切れ同然のゴミへと成り果てる」
そう言って不敵に笑みを浮かべると、リーゼロッテは強制契約の魔法紙を破り捨てようとし―――一瞬、思い留まる。
「‥‥そういえば強制契約の魔法紙は斬り刻んでも、即座に再生、復元する効果が付与されているのだったな。破り捨てるのは意味がない行為、か。ふん、本当に不愉快甚だしい話だ。アネットよ、あまりこの私を舐めないことだな」
リーゼロッテは強制契約の魔法紙を地面に投げ捨て、ロングブーツで踏みつける。
そして彼女は腰に装備していた、鞭のような形状の剣を抜き放つと―――右手で眼鏡のブリッジを抑えて、静かに口を開いた。
「お前は私を何らかの策略に嵌めようと、この部屋に連れ込んだのだろうが‥‥逆にそれはこちらにとって好都合な話だ。窓も無い薄暗い密室ならば、私の剣、【蛇影剣】はその真価を発揮することができるからな。暗闇が覆う世界であれば、お前を縊り殺すことなど、容易いことこの上ない」
「‥‥‥‥ククク。まぁ、予想通り、そうくるよな。最初からお前が素直にその契約書にサインしないことは分かっていた。だから別段、驚くことは何もねぇ」
俺は箒を中段に構えて、ニヤリと笑みを浮かべる。
すると、リーゼロッテは眉根をピクリと動かし、目を細める。
「確かに、貴様は強い。恐らくは、王国で五本の指に入る実力者だということは間違いないだろう。だが‥‥私は暗殺者、隠密剣士だ。私たち暗殺者は単純な白兵戦が苦手な代わりに、ルールの外側から強者を殺害する能力に特化している。純粋な力比べならお前に勝てはしないだろうが、細かい技術では果たして、どうなるかな」
彼女は、その特殊な形をした漆黒の鞭の剣を威嚇するようにヒュンとしならせてみせる。
リーゼロッテのその剣は、ひとつひとつの小さな刃を等間隔にワイヤーで繋ぎ、持ち手を振ることで、鞭のように剣を撓らせて攻撃することができる珍しい形状の武器だ。
加えて、見たところ、刃と柄の関節部分には魔法石が埋め込まれていることが分かる。
そのことから鑑みて‥‥あの武器には、何らかの特殊効果が付与されていると見て良さそうだな。
「‥‥魔法石、か。それもずいぶんと嫌な気配がするものだな。鈍い、銅色のもの―――察するに、属性効果を付与するものや、能力向上の類ではないな。クククッ、おい、リーゼロッテ、相手は箒を持った幼気なメイドの少女なんだぜ? ずいぶんと容赦の無い武装を見せてくれるじゃねぇか」
「ほざけ。箒を使って周囲一帯を更地に変える、貴様のようなメイドが幼気なわけあるか。悪いが、もう、貴様をただの少女とは見做さない。逃げ場がない以上、ここで全力を以って討滅させてもらうとする」
「そうかよ。まっ、その方が俺にも都合が良いぜ。前々から、てめぇのやり方には心底ムカついていたんだ。だから‥‥今回は俺も容赦はしねぇ。ククッ、さぁ、思う存分、殺し合いを始めようじゃねぇか‥‥リーゼロッテ・クラッシュベル」
「‥‥騎士の忠義に駆けて、お前の御印、頂戴するとしよう。行くぞ、アネット・イークウェス!!!!」
リーゼロッテはそう叫ぶと、鞭を高速で操り――無数に飛び交う影が、俺の視界いっぱいに広がって行った。
俺はその光景にニヤリと微笑みを浮かべ、箒を構えながら一歩前へと踏みだし、恐れずに目の前を飛び交う剣の鞭の領域の中へと‥‥飛び込んだ。
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「剣兵部隊が良い調子で敵兵を圧しているようですね。みなさん! 私たち魔法兵部隊も彼らと共に、前線へ進みましょう! 一気に叩き込みます!!」
「了解!! ‥‥って、あれ!? ベアトリっちゃん、ちょっと待って!! アネットっちがどこにもいないみたいなんだけど!?」
「え? お姉さまが、いない‥‥?」
ベアトリックスは足を止め、背後を振り返る。
そこには、先ほどまで居たはずの‥‥ポニーテールのメイドの少女の姿が見当たらなかった。
その光景に、ベアトリックスは眉を八の字にして、困惑した様子を見せる。
「ど、どこに行ったんですか、お姉さまは!? 誰か、彼女が居なくなる瞬間を見ていた者はいないのですか!?」
「見ていないであります!」「あーしも‥‥」「ふむ、我もだ」「僕も、見ていません‥‥」
「そう、ですか‥‥。仕方ありません。とりあえず今は、剣兵隊の援護に回りましょう。みなさん、私についてきてくださ――」
「―――――キヒヒヒヒッ、おい、随分と元気そうじゃねぇか、ベアトリックス」
「え‥‥?」
ベアトリックスは歩みを止め、身体を硬直させると、声がした方向――真横にある森林地帯へと視線を向ける。
そして、そこに立っていた人物に、彼女は目を見開いて驚きの声を上げた。
「ア、アルファルド‥‥様‥‥? な、何故、ここに‥‥? 毒蛇王クラスの生徒は、今、20メートル先の前線で剣兵隊と交戦しているはずじゃ‥‥」
アルファルドは、7名程の毒蛇王クラスの生徒を引き連れ、魔法兵部隊員五名の前へと姿を現す。
そして、彼はギザギザの歯を見せると、邪悪な笑みを浮かべた。
「今、前線で戦っているのは、クラスの中でも取り分け才能の無いただの雑魚どもだ。あいつらは毒蛇王クラスの剣兵隊じゃねぇ。ただの囮さ」
「ただの‥‥囮‥‥?」
「あぁ。毒蛇王クラスの本当の剣兵部隊の精鋭は、ここに居るオレ様たち七人のことだからな。キヒヒッ! 自分たちが優勢な立ち位置に立っているとでも思ったか? バーカ、てめぇらが相手していたのはただの肉壁だ! まんまと騙されやがって、笑えるぜ!」
「‥‥‥‥なるほど。劣勢と見せかけ、その隙を突く‥‥罠、というわけですか‥‥」
「ど、どういうことなの、ベアトリっちゃん!? 何で、お互いの剣兵隊が前線でやりあっているのに、毒蛇王クラスの生徒たちはあーしたち後衛のところまで来れているの!? いったいどんなマジック使ったのよ!?」
「恐らく、開戦と同時に森に潜み、身を潜めながら移動してここまで辿り着いた‥‥といったところでしょうか。前線を囮に使い、その間に少数精鋭である彼らは森の中に隠れ潜み、こちらの後衛に奇襲を掛けて来たというわけです。‥‥やられました」
「その通りだぜ、才女様。キヒヒヒ‥‥先に、後方支援している奴らを叩くのは戦の定石だろ? だからオレ様たちはこうして、てめぇらの前に立っている、というわけさ!!」
両手を広げてアルファルドがそう叫ぶと、彼の背後にいる生徒たちは木剣を構え、臨戦態勢を取る。
その光景に、ベアトリックスは下唇を強く噛んだ。
「接近戦に弱い私たち魔術師が、彼ら剣兵隊に勝つことは難しい‥‥。相手の策略の方が一枚上手だった。これは、その結果なのでしょう」
「キヒヒヒヒッ。さぁて、てめぇらをボコボコにして、一方的な蹂躙を楽しむとするかね。‥‥あぁ、そうだ、ベアトリックス、お前‥‥オレ様たちと一緒に自分の仲間をリンチしろや。そうすれば、てめぇだけは何もしないでやっても構わないぜ?」
「‥‥」
「てめぇはオレ様の奴隷人形だ、ベアトリックス。それは、この四年間で散々お前に言い聞かせてきたことだったはずだ。お前に人権はない、お前に決定権はない。お前が生きていられるのはこのオレ様のおかげ‥‥そうだよな? ベアトリックス?」
「わた、し、は‥‥私は――――」
「このオレ様に再び忠誠を誓うと言うのなら、いつものように地面に這いつくばり、オレ様の足先にキスをしろ。それで、この前のてめぇの反抗的な態度は許してやるよ。‥‥あぁ、素直に言うことを聞けば、あのアネットって女も丁重に可愛がってやるさ。勿論、オレ様の性奴隷としてだけどな!! キヒャヒャヒャ!!!!」
腹を抱えて、大声で笑い声を上げるアルファルド。
そんな彼の姿にベアトリックスは怯えた表情を浮かべていると‥‥彼女を庇うようにして、ヒルデガルトが前へと立った。
「‥‥‥‥ふざけんな」
「あ? 何か言ったか?」
「ふざけんなよ、このクソ野郎!!!!!」
ヒルデガルトは歯をむき出しにして、怒りの形相でアルファルドを睨みつける。
そんな彼女の様子に、アルファルドはハンと鼻を鳴らした。
「誰かと思えば、ダースウェリン家の後継者争いで敗北した‥‥親父殿の弟君、ヒュンケル殿の娘じゃねぇか。負け犬の雌ガキが、ダースウェリン家本家の長男であるこのオレ様にいっちょ前に吠えるってのか? あぁ?」
「本家って何よ!! ダースウェリン家は元々、バルトシュタイン家の分家でしょ!? あーしたちはみんな格差がない、傍流の人間でしょうが!! 偉そうに上からもの言わないでよ!! クズ男!!」
「ギャーギャーと喧しい女だ。血縁者だろうと、従妹だろうと、オレ様は容赦はしねぇぞ? てめぇが泣いて謝るまで、ここで地獄のような拷問をしてやっても良いんだぜ? え?」
そう言って、アルファルドは配下を引き連れて、魔法兵部隊の元へと近付いて行く。
その光景に、ベアトリックスは慌てた様子で大きく口を開いた。
「ま‥‥待ってください!! 土下座でも靴にキスでも何でもしますから!! だから、みなさんには‥‥みなさんには、手を出さないでくださいっ!!!!」
「ちょ、ベアトリっちゃん、何言ってるの!? あんな奴の言うことなんて、聞く必要ないって!!」
「ヒルデガルトさん‥‥彼は‥‥アルファルドさんは、【剣鬼】の称号を持つ、本物の剣の実力者なんです。ですから、私たち魔法兵部隊が束になったところでどうにもなりません。ただ痛めつけられて、やられてしまうだけです」
「だからって‥‥何でベアトリっちゃんが、あーしたちを庇って酷い目に遭わないといけないの!? そんなのおかしいじゃん! ね、そーだよね、みんな!!」
「ええ! お嬢様の言う通りであります!! 部隊長が一人で犠牲になる必要などありません!」
「その通りですよ、部隊長。僕は、一緒に戦いますよ」
「同感だ。ロリっ子の影に隠れて自分だけ助かろうなどと、そんな恥ずべき行為を我はしない。我は芸術家である。故に、常に美しい自分で在り続けなけれなばらないのだ」
ミーフォリア、ルーク、シュタイナーはベアトリックスの前に立ち、アルファルドたちと対峙する。
そんな仲間たちの姿に、ベアトリックスは目を見開き、瞳を潤ませた。
「み、みなさん‥‥」
「ベアトリっちゃん、あーし、前に言ったよね? 一人で抱え込まないでって。あーしたちはもう仲間なんだよ。頼りないかもだけど、もうちょっと頼ってよね!」
パチンとウィンクし、笑みを浮かべるヒルデガルト。
その姿に、ベアトリックスは顔を俯かせ、涙を溢していった。
そんな彼女に対して、アルファルドはつまらなさそうにため息を吐き、口を開く。
「くだらねぇ‥‥くだらねぇな、ベアトリックス! そんなに友情ごっこは楽しいのか!? 友情なんてものほど、この世で一番脆いものはねぇんだぜ? 人間は、自己保身の前では他者など平気で見捨てる生き物だ。目先の利益があれば、人なんぞいくらでも友情を裏切る。本当に、馬鹿な連中だぜ‥‥」
そう言って、アルファルドは木剣を肩に乗せたまま、前進していく。
その殺伐とした空気の中、魔法兵部隊の五名はゴクリと唾を飲み込み‥‥一斉に杖を構えた。
数秒後には、毒蛇王クラスの剣兵部隊と、黒狼クラス魔法兵部隊の戦いが始まる。
そう、誰もが思っていた、その時。
突如、高所から、甲高い高笑いの声が聴こえてきたのだった。
「―――――――オーッホッホッホッ!! そうですわね!! 確かに、友情なんて寒いものですわねぇ!! その点に関してはわたくしも同意いたしますわぁ!!」
「!? 誰だ!?」
アルファルドは、声がした方向―――付近にある、丘の上へと視線を向ける。
するとそこには、金髪ドリルのツインテールを揺らした‥‥不敵な笑みを浮かべる少女が立っていたのだった。
第103話を読んでくださってありがとうございました。
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次回も近いうちに投稿する予定ですので、また読んでくださると嬉しいです。
三日月猫でした、では、また!