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第四章 第102話 学級対抗戦ー⑨ それぞれの戦い



「―――――――魔法兵部隊、放て!」


 ベアトリックスの号令と共に、魔法兵部隊の生徒たちは遠く離れた敵へと一斉に魔法を放っていく。


 その光景を見つめながら、俺は徐々に後退していき―――みんなに気付かれないように、仲間の背後に陣取った。


「‥‥」


 俺の予想が正しければ、リーゼロッテはこの学級対抗戦で必ず何らかのアクションをしてくるはずだ。


 学級対抗戦という、乱戦中に誰が居なくなっても怪しまれない絶好の機会を、みすみす奴が見逃すはずはないだろうからな。


 だから、俺は一人になり、敢えて隙を作ってやることにした。


 どうぞ狙ってくださいと、言わんばかりにな。


(さて‥‥。意識を集中させるか)


 相手は隠密を得意とする特務の聖騎士。正面から堂々と仕掛けてくる戦い方はしない。


 影に潜み、影から攻撃し、対象を弱らせ――絡めとる。


 生前の俺が、一番手こずった経験の多い、大の苦手とするタイプの戦士‥‥暗殺者(アサシン)だ。


 一つでもミスをすれば、逆にこちらが殺られる可能性だってある。


 故に、全力を以って、事に望まなければならない。


「‥‥‥‥‥‥ふぅ‥‥」


 短く息を吐き、目を伏せる。


 意識を集中し、精神を極限まで研ぎ澄ませる。


 その瞬間。周囲の喧騒は掻き消え、風と草木の揺れる音だけが耳に入って来た。


 武術を極めた達人は、極限状態になると、周囲の物事が全てスローモションに見えることがある。


 これは、人間の集中力のリミッターが外れ、限界を超えた時に起こる現象だ。


 俺は今、その現象をここに発現させようとしている。


 どこから仕掛けてきても、即座に反応できるように、俺は全神経を集中させ―――無の境地へと至った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《リーゼロッテ視点》


「‥‥‥‥」


 林に潜み、20メートル先にいるアネット・イークウェスを、私はじっと見つめる。


 アネットは突如、仲間たちから離れて後方へと下がったが‥‥魔力が切れたから、一旦休憩でもしているのだろうか。


 それとも、箒では長距離で魔法が撃てないために、戦力外だと察し、後方へと下がったか。


 いずれにしても、私にとってはこれは絶好の好機と言える瞬間だな。


 奴を毒針で眠らせ、身柄を確保し、すぐに逃走を図るとしよう。


 私は、腰のポーチから暗具『音斬り針』を取り出した。


 私のこの針の速度は、どんなに上位の剣士であろうとも、その目で捉えることはできはしない。


 そして、針に付けられている特殊な魔石によって、どんな強者だろうとも、針の気配を察知させることはできない造りになっている。


 つまり、ただのメイドの少女如きが、私のこの『音斬り針』を防ぐ手段は何も持ち合わせてはいない、ということだ。


「‥‥悪いな、アネット・イークウェス。お前に罪は無い。だが――これも、主君のためだ」


 ポーチから取り出した五センチ程の針を人差し指と中指の間で挟むと、標的であるメイドの少女へと向けて、私は――――素早く、音斬り針を投擲した。


 数秒先には間違いなく、あのメイドの少女の首元には毒針が刺さり、彼女は毒によって意識を失い、静かに地面へと倒れ伏していくことだろう。


 すぐに倒れた彼女を回収できるように、私は速剣型の剣士の歩法、【瞬閃脚】の構えを取った。


 だが―――――――。


「‥‥‥‥‥‥な、に‥‥?」


 アネット・イークウェスは僅かに身体を逸らすと‥‥難なく音斬り針を避けてみせた。


 そして、次の瞬間。


 辺りに悍ましいプレッシャーが漂い始め―――スローモーションのように、ゆっくりと、アネットがこちらを振り向いたのだった。


 アネットは‥‥少女のものとは思えぬほどの鋭い眼光で、私の顔を無表情で静かに見つめていた。


 その顔を、その瞳を、視界に捉えた瞬間。


 身体全体にブワッと鳥肌が立っていき、背筋を冷たいものが走っていく。


 そして、私は考える前に足を動かし、気が付けば‥‥一目散に背後の森の中へと全速力で逃走を図っていた。


(な、何なんだあれはッッ!?!?!? やばい‥‥何かは分からないが、やばい‥‥ッッ!!)


 今まで聖騎士として生きてきて、何度も死にかけてきたことはあった。


 自分より圧倒的に格上の相手と剣を交合わせたこともあった。


 だが――――あのような悍ましい気配を放つ存在を、私は今までの人生で一度も見たことがなかった。


 私の身体は頭で考える前に、あのメイドの少女に本能で恐怖してしまっていたのだ。


「くそっ! 何なんだ‥‥何なんだ、これは!!!!」


 震える腕を押さえつけ、森の中を疾走する。


 自分が咄嗟に取ったこの行動に、理解が追い付かない。


 あのメイドとは何度も接触してみたが、強者の気配を感じたことは一度も無かった。

 

 ただの能天気な性格の無害なメイドの少女、と、私は今まで彼女をそう認識していた。


 それなのに、何故、私はあの少女のひと睨みに怯え、逃走を図っているのだろうか。


 私は元聖騎士団副団長だぞ? こんなこと、普通、在り得ないだろ。


 私は【剣神】と同等の力を持つ実力者だ。剣士としてはほぼ頂点の位置に立った女のはずだ。


 なのに‥‥なのに何故、私は今、たかがメイド如きから逃走しているんだ?


 聖騎士としての誇りと矜持を守るのだったら、今すぐ足を止め、あの少女を捕らえるために真っ向から剣を向けるべきだ。


 聖騎士団元副団長として、メイドの少女に怯えることなど、あってはならない。


「そ、そうだ。私は、【蛇影剣】のリーゼロッテだ。あんな年若い少女に、怯えてどうす――――」


 肩越しに背後を振り向くと、そこには―――聳え立つ大木を器用に蹴り上げ、木々の合間を猛スピードで反復しながら移動している、メイドの少女の姿があった。


「なっ‥‥【瞬閃脚】だと‥‥!? そんな、バカな‥‥ッッ!!!!」


 速剣型の剣士が、剣の修練の果てに人生を捧げてようやく辿り着く神速の歩法、【瞬閃脚】。


 その技術は、真の強者だけが扱える力だ。


 年若い少女が扱える代物ではない。ただの学生が、辿り着ける領域ではない。


 在り得ない。在り得るはずがない。


 私は、幼少の頃から天才と言われてはいたが‥‥【瞬閃脚】を会得したのは27歳の時だった。


 それなのに、彼女は15歳という若さで、あの歩法を手に入れたと言うのか。


 それも、魔術師(ウィザード)の素養がある者が、速剣型の剣士の奥義を会得しているときている。


 通常の常識では考えられない、在り得ない怪物が、そこには居たのだった。


「‥‥‥‥舐めるな‥‥この私を舐めるなよ、メイド風情がっ!!!!」


 ポーチから苦無型の暗具を三つ取り出し、右手の指と指の間に挟んだ後、手を振り上げ、背後に迫って来るメイドへと素早く投擲する。


 その苦無の刃には、掠っただけでどんな者でも眠り病に陥るとされる『夢見草』の花の神経毒が塗られている。


 そんな毒の苦無を同時に三連撃。いかに素早いあのメイドといえども、木々を駆け巡りながらの無防備な状態で、この攻撃を防げる手段は―――――――。


「――――【旋風剣】」


 アネットが箒を横薙ぎに振ると、苦無は突如巻き起こった突風に阻まれ、そのまま力なく地面へと落ちて行った。


 私は背後で起こったその光景に、目を見開き、驚愕の声を上げる。


「なッ―――――【旋風剣】だとッ!? それは『剣神』ルティカ・オーギュストハイムだけが使える剣技のはずだ!! 何故、お前がそれを使用できる!?!? アネット・イークウェス!!!!」


「ルティカ? 誰だ、それ。そもそも【旋風剣】は俺が作り出した剣技だ。使えて当然だろう」


「何をわけのわからないことを!! ならば、これはどうだ!!」


 私は腰の鞘から手投げナイフを8本取り出し、両手の指の間に挟み、両腕を左右に振って投擲する。


 そして続け様に左手をまっすぐとアネットへと向けて、魔法を放っていった。


「毒蛇よ。我が敵を熔融し、喰らえ――――【ポイズンショット】!!」


 手の平から放たれた毒の酸は、蛇のように細長く伸び、アネットを溶かそうと襲い掛かる。


 左右から迫りくる無数のナイフと、正面から迫りくる毒の酸による攻撃。


 これを防げる手段など、どこにもあるはずがない。


 だが‥‥アネットは地面に降り立ち、一度立ち止まると、深く屈み、腰に箒を構え―――一閃。


 目の前の苦無と酸に向けて、抜刀術を行使した。


「【閃光剣】」


 アネットが足を前へと深く踏み込んだ、その瞬間。


 苦無と毒の酸は目にも止まらぬ速さの剣に横一文字に両断され、跡形もなく消え去って行く。


 世界最速とされる剣技、【閃光剣】。


 それは、現剣聖であるリトリシア・ブルシュトロームの得意とされる奥義だ。


 この世界で、あの神速の抜刀術を使用できる者は、彼女しかいないはず。


 それなのに、あのメイドは‥‥この王国で最強である【剣聖】の剣技を、難なく使ってみせた。


 その光景に、私は思わず、引きつった笑みを浮かべてしまう。


「何なんだ‥‥何者なんだ、おま、え、はっ!! アネット・イークウェス!!!!!!!」


「見ての通り、ただのメイドだよ」


 そう言うと、アネットは疾風の如く速度で木々の間を飛び交い、そのまま上空へと飛び上がると――――私の頭上へと舞い上がった。


 そして、底の知れない海のような青い瞳でこちらを見下ろし、箒を上段に構えた。


「【覇王剣・零】」


 そして、箒を振り降ろした、次の瞬間。


 私は、目に見えない斬撃に吹き飛ばされ、宙を舞った。


 血を吐き出しながら、地面に身体を打ち付け、そのままゴロゴロと森の奥へと転がって行く。


 即座に起き上がり、膝立ちになると、私は目の前の光景に言葉を失ってしまった。


「なん‥‥だ、これ、は‥‥」


 まるで隕石でも落下したかのように‥‥先ほど自分が居た場所の木々はなぎ倒され、大地は抉れ、更地のような姿に変貌していたのだった。


 私は肩を震わせながら立ち上がる。


 このような力、見たことも、聞いたこともない。


 箒による上段のたった一振りで‥‥あの少女は、この周囲一帯を消し去ってしまったのだ。


「‥‥【覇王剣】より出力を抑えた【覇王剣・零】とはいえ、その程度の怪我で済んでいるとはな。やはり、俺もこの身体になって衰えたものだな」


 首をコキコキと鳴らして、アネットは箒を肩に乗せながら、こちらへと近寄って来る。


 その姿は、今日までの一か月間、遠目で観察してきたあどけない少女のものではなく。


 背後に偉丈夫の戦士の影が見える―――圧倒的強者の貫禄を身に纏った、豪気な風格の剣士の姿だった。


「‥‥‥‥お、お前は、何だ‥‥何なんだ、いったい‥‥」


「だからさっきから言っているだろうが。メイドだよ、俺は」


「貴様のようなメイドが居てたまるか!!!! 化け物がッッ!!!!」


 ゴーヴェン様を超える可能性を秘めた存在。


 たった一人で、剣聖や剣神の能力を扱える異常な力を持った存在。


 あのメイドは、規格外の化け物だ。


「‥‥お前は、この聖王国に居てはならない‥‥危険な存在だ、アネット・イークウェス‥‥!!」


 地面を蹴り上げ、神速の歩法【瞬閃脚】を使用し、私はアネットに背中を見せ、森の中を疾走する。

 

「‥‥ゴーヴェン様に早く、この危険因子のことをお伝えしなければっ!!」


 あの少女は、必ずや、ゴーヴェン様の覇道を阻む存在になる。


 私の潜在意識が、強く、そう訴えていた。


 聖王国のためにも、必ずこの危険なメイドの存在を‥‥ゴーヴェン様にお伝えしなければならない、と。


「―――――させねぇよ」


 背後から背中に蹴りを食らわせられ、私はそのまま宙に吹き飛ばされる。


 そしてアネットはそんな私を追いかけ、跳躍すると‥‥右腕を伸ばし、私の腕を掴んできた。


「!? 何をするッ!!」


「ここじゃ誰に見られるとも分からねぇ。移動させてもらうぜ」


「どういう意味だ!?」


「こういう意味だよ。――――――【転移(テレポート)】」


 その瞬間。私とアネットはその場から消え、何処か別の場所へと転移して行ったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《ロザレナ視点》


 シュゼットの背後の地面から、無数の小石が宙に浮かび上がり――――そのままその小石は‥‥あたしの身体へと目掛けて、散弾のように猛スピードで飛んでくる。


 あたしは木刀を横に構えながら、地面を蹴り上げ、その小石の散弾の中へと自ら飛び込んだ。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 高速で駆け抜け、眼前に飛んでくる小石を木刀で弾き、防ぎつつ、前へと進んで行く。


 だが、木刀の一振りでは散弾のような小石を完璧に防ぎきることは叶わず、腕や足に石の破片が当たり、あたしの両腕両足は‥‥服が破け、擦り傷だらけとなってしまっていた。


 痛みに顔を歪めるが、前へと進む歩みを止めはしない。


 だって、目の前に踏破すべき敵がいるのよ。それならば、臆せず、ただ前へと駆け抜けるのみ。


 敵の喉元に食らいつくまで、あたしはただただ、疾走する。


 それが―――――あの時、あたしが憧れた彼女の戦い方だったから。


 五年前、何度痛めつけられても、アネットは‥‥ジェネディクトに食らいついていった。


 だったら、あたしも、けっして痛みに屈することはしない。


 アネットのように、どんな状況下でも、折れはしない。


「‥‥フフッ。まるで野生の獣ですね。ただ、前方にいる獲物だけを見据えて、牙を向く。以前、貴方とルナティエさんの騎士たちの夜典(ナイト・オブ・ナイツ)での決闘を拝見させてもらいましたが‥‥貴方の戦い方は、少々、品が無さすぎますね。闘志をむき出しにしてただ剣を振るというのは、礼節を重んじる、騎士の戦い方ではない」


「お生憎様!! あたしが目指すのは、聖騎士なんかじゃないもの!! あたしが目指すのは、剣聖よ!!!! そのためなら、なりふりなんて構ってられないわ!!!!」


「なるほど。確かに、剣聖を目指すのならばそれは正しい考え方なのかもしれませんね。剣の頂というのは、一種、狂人の境地のようなものですから。あの称号を頂いた歴代の剣聖は、総じて、全員がイカれた怪物たちです。貴方と同じ、獣のような存在と同義でしょう」


 何とか小石の散弾を通り抜けたあたしは、そのまま強く右足を踏み込み、跳躍した。


 そして上段に木刀を構え、叫び声を上げる。


「その涼しい顔も、いつまでできるのかしらね、シュゼット!!!! あたしの渾身の唐竹を、ここで味わわせてあげるわ!!!!」


 その声に、シュゼットは目を伏せ、穏やかな笑みを浮かべる。


 そして、まっすぐと腕を伸ばし、閉じた扇子をあたしに差し向けると、静かに口を開いた。


「‥‥悲しいですね。この世界というものは、残酷に作られているものです。産まれた時から人には、能力の格差というものがある。人の才覚は、凡人、才人、天才、という枠組みで、神によって予め能力を定められているのですよ。足に障害がある者が、健常者と徒競走をしても敗けるのは必然のこと。その摂理は、非常に悲しいことですが、変えられようのないこの世の残酷な真実です」


「たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


「残念ですが―――貴方は神によって選ばれた天才ではない。それが今、はっきりと分かりました」


 そう口にすると、シュゼットは扇子を開き、目を見開いた。


「―――――――【アース・ランス】」


 その瞬間。


 地面から一直線に石の柱が伸びてきて――――空中にいるあたしのお腹を、容赦なく、貫いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロザレナああぁぁぁ!
[良い点] ようやく捕まえたかぁ [気になる点] なんか影で見張ってるのがいてアネットのことがばれてそう
[一言] 「あたしの渾身の唐竹」って言って騙し討ちするのかと思った……。
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