第四章 第101話 学級対抗戦ー⑧ メイドたちの邂逅
《エリーシュア視点》
「くそっ‥‥解けない‥‥っ!!」
満月亭――リビングルーム。
ルナティエによって捕えられ、両腕両足を縄で縛られた私‥‥エリーシュアは、一人、床の上でもぞもぞと寝そべっていた。
何とか脱出を試みようと身体をくねらせるが、当然、縄を解くことはできず。
私は、身動きが取れない現状に、ただただ途方に暮れていた。
「‥‥こんな時に、シュゼット様のお傍にいれないだなんて‥‥」
下唇を噛み、自身の失態を強く悔いる。
私にとって、シュゼット様は自分が仕えるべき唯一の主人だ。
オフィアーヌ家に古くから忠誠を誓って仕えてきた使用人の一族、レーガン家は、フィアレンス事変でその血族の殆どが皆殺しにされてしまった。
家族は皆、無残な死体と成り果て‥‥その末裔は現在、自分一人しか残っていない。
だからこそ、亡き両親や姉たちのためにも。
そして、本来仕えるはずだった先代オフィアーヌ家の亡きご子息のためにも。
私は、先代当主様が残された唯一の遺子であるシュゼット様を、お守りしていかなければならないのだ。
そんな、強迫観念にも似た強い使命感が、私の心の中には常にあった。
「くかー‥‥くかー‥‥」
部屋の中央の方に視線を向けると、そこには机に突っ伏して居眠りをしている――オレンジ色のお団子髪の少女の姿が見て取れる。
恐らく、あのジェシカという名の少女は、ロザレナとルナティエに私の監視を任されてここに居るのだろうけれど‥‥居眠りするなんて本当に馬鹿丸出しね。
この隙に必ず、逃げてみせる。
「‥‥そうよ。私は必ずシュゼット様の元へ、馳せ参じなければならないの。それが、一人生き残った私の使命。だから―――――」
―――――――ガチャリ。
「‥‥‥‥え?」
その時だった。
突如リビングの扉が開き、そこから―――仮面を付けたメイドの少女が現れたのだった。
顔半分を覆い隠した、漆黒のベネチアンマスクを付けたそのツインテールの少女は、私の傍まで近寄ると、静かにこちらを見下ろしてきた。
どこか不気味な気配が漂うその少女の姿に、私は思わず声を荒げてしまう。
「だ、誰なの、あなたっ!?」
「‥‥‥‥」
「こ、この寮にあんたみたいな怪しい奴、居た記憶はないんだけど? 何者なの!?」
「‥‥‥‥変わらないね。エリーシュアは」
「え?」
「いつも自信満々で、元気いっぱいで、強気で。そして、才能に満ち溢れていて‥‥。正直、私は昔から貴方が羨ましくて仕方なかった。貴方みたいなメイドになりたかった。でも‥‥もう、私は貴方の影なんて追いかけない。私はもう、貴方の片割れの搾りカスなんかじゃない」
「何、を‥‥いったい何を、言っているの‥‥?」
「私がご主人様に命じられたのは、学級対抗戦が始まった後、隙を見て貴方を解放しろという指令だけ。‥‥きっとお優しいあの御方は、私と貴方の背景を察して、二人で会う時間を与えてくださったんでしょうね。本当に、私のご主人様は世界で一番お優しい御方です。女神様です。私の光そのものです」
そう言って祈るように手を組み、恍惚とした様子で訳のわからないことを言うと‥‥謎の仮面の少女はポケットからナイフを取り出し、それを私の両腕を縛っている縄へと当てがい、そのままシュッと縄を切断していった。
そして、続いて、両足の縄も切断していく。
自由になった私は、手首を押さえながら立ち上がり――仮面の少女へと、鋭い眼を向けた。
「‥‥‥‥いったい、何が目的なの? 私を助けて、どうするつもり?」
「どうもしない。私はただ、ご主人様の命令を聞いただけ。同じメイドである貴方なら分かるでしょう? 主人の命令は絶対、だということがね」
「‥‥‥‥」
「それじゃあね。もう二度と会うことはないと思うけれど‥‥さようなら」
そう言って踵を返して、リビングから去って行こうとする謎の少女。
一切事情を話さずに去ろうとするその少女の姿に、無性に苛立ちを覚えた私は、つい怒りを込めた言葉を口から放ってしまっていた。
「あんたみたいな得体の知れないメイド、雇っている主人の気が知れないわね。使用人は主人を映す鏡とは言うけれど‥‥もしかして貴方の主人も、貴方に似て、礼儀がなっていない低能貴族なのかし――――――」
その瞬間。
ものすごい勢いで振り返ると、謎のメイドはこちらに詰め寄り、手に持っていたナイフを私の首元へと押し当ててきたのだった。
突然のことで、何も反応もできずに、私はただ唖然とその場に立ち尽くしてしまう。
呆然としている様子の私に、少女は、抑揚のない口調で静かに口を開いた。
「‥‥‥‥私は、この十五年間、ずっと外の世界で険しい生活を余儀なくされてきた。料理も家事も洗濯も、きっと、メイドとして過ごしてきた貴方には劣るのだろうけど‥‥ちょっとした戦闘技術なら、多分、貴方よりも今の私の方が上だと思う」
「‥‥あっ、ちょ‥‥ま、待って‥‥こ、殺さないで‥‥っ! 私には、生きなければならない理由があるの‥‥! 使命があるの!」
「‥‥使命?」
「私は、オフィアーヌ家の唯一の正当後継者であるシュゼット様を、お傍でお見守りしなければならない責務があるの! 亡くなった家族のためにも! だ、だから、や、やめて‥‥」
「亡くなった家族のために、か‥‥」
そう呟き、やれやれと肩を竦めると、謎の少女は再び口を開く。
「可哀想に。貴方が本来仕えるはずだったご主人様は、他にいるのにね」
「え‥‥?」
「‥‥私のご主人様を貶したこと、訂正してくれますか?」
「う、うん、訂正するわ‥‥ごめんなさい‥‥」
そう言って謝ると、少女は殺気を消し、ナイフを下ろした。
その仮面の隙間から見える、アイボリー色の瞳は、何処かで見たことがあるような気がする。
でも、私の記憶上に、彼女の外見と当てはまるような存在は思い当たらなかった。
「‥‥‥‥ふぅ」
少女は短く息を吐くと、踵を返し、そのままリビングの外へと向かって歩いて行く。
そしてぽそりと、感情のともっていない口調で言葉を呟いた。
「私は私の主人に全力を賭して仕えるつもり。ただ、貴方や貴方の主人が、もし、私の主人を害そうとしたその時は‥‥悪いけれど、容赦はしない。どんな手を使ってでも消えて貰う」
鋭い殺気と共にそう言葉を残すと、謎の仮面の少女は去って行った。
私は、その場にへたり込み、力を無くしたかのように座り込んでしまう。
彼女とは初対面の相手のはずなのに‥‥何故か私は、あの少女と、遠い昔で会ったことがあるような気がしてならなかった。
何故か、彼女は‥‥他人のような気がしなかった。
「‥‥いらない情報を与えてしまったかもしれない。つい、熱くなってしまった。反省」
満月亭の寮を出て、庭木の茂みに隠れると、仮面の少女は息を吐く。
そして、ゆっくりと仮面を外すと――――コルルシュカは、何処か悲しそうな面持ちで口を開いた。
「エリーシュア、か。双子の妹といえども、やっぱり、私と彼女の人生は、相容れないようにできているのかもしれないな‥‥」
その言葉は誰に届くことも無く。静かに、虚空へと消えて行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ視点》
地面を蹴り上げ、戦場を駆け抜ける。
そして、あたしはついに、標的である翡翠色の髪の少女の姿を視界に捉えた。
「―――――――シュゼット!!!!」
ザッと砂埃を上げながら立ち止り、10メートル程の距離でシュゼットと対峙する。
見たところ、周りに誰かがいる様子はない。
背後で微かに戦闘音がするだけで、あたしたちの周囲は静寂に包まれていた。
そんな静かな空気の中、シュゼットは口元に閉じた扇子の端を当てると、フフッと柔和な微笑みを浮かべた。
「まさか、開戦と同時に敵陣に突っ込んでくるとは‥‥その豪胆さには流石の私も驚きが隠せませんよ、ロザレナさん」
「あんただって、あたしと二人で戦いたかったんでしょ? 毒蛇王クラスの生徒たちは、何故だかその殆どが、あたしに剣を向けて来なかったみたいだし?」
「フフフフフッ、存外、状況の理解が早いのですね。剛剣型の剣士の方は、脳ミソまで筋肉でできたお馬鹿な人ばかりだと思っていましたが‥‥考えを改めなければなりません」
「何それ。剣士のタイプで性格の偏りみたいなものがあるわけ?」
「ええ。『剛剣型』はおおざっぱで豪快な人が多く、『速剣型』は真面目で勤勉な人間が多い。そして『魔法剣型』は、理屈屋で知的な人間が多いのです。結構、観察してみると、当てはまることが多いんですよ?」
「おおざっぱで豪快‥‥まぁ、あたしは部屋の片づけもできないし、料理もお裁縫も不器用すぎてできないし‥‥確かに、当てはまるかもしれないわね‥‥」
そう言って頭を左右に振った後、あたしは腰に手を当て、シュゼットへと不敵に微笑みを浮かべた。
「さて‥‥それじゃあお喋りはこのくらいで終わりにして‥‥さっそく、級長の腕章を賭けてあたしと戦ってくれるかしら? 毒蛇王クラスの級長さん?」
「ええ。構いませんよ。‥‥‥‥フフッ。ですが、どうか、すぐに壊れないようにしてくださいね? この学級対抗戦が一瞬で終わるというのも、興ざめ甚だしいですから」
そう口にすると、シュゼットは閉じた扇子をまっすぐとこちらに向けてくる。
そして目を細め、首を傾げると、穏やかな微笑を浮かべた。
「では、手始めに、中級魔法から。貴方の実力、確かめさせてもらいます。―――――――【ストーン・バレット】」
その瞬間。シュゼットの背後の地面から無数の小石が宙に浮かび上がり、そのままその小石は‥‥あたしの身体へと目掛けて、散弾のように猛スピードで飛んできたのだった。
第101話を読んでくださってありがとうございました!
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三日月猫でした! では、また!




