第四章 第100話 学級対抗戦ー⑦ 魔法兵部隊の戦い
「ロ、ロザレナっち、一人で突っ込んで、一気に五人の男子生徒倒しちゃったよ!? 何あれ!?」
隣を走るヒルデガルトが、一瞬にして敵を蹴散らしたロザレナの姿を見て、目を見開き驚きの声を上げる。
俺はそんな彼女にふふんと鼻を高々しくし、自慢げに口を開いた。
「お嬢様ならば、あれくらいやってのけて当然です。何たってあの御方は、既に【戦士としての目】を手に入れてらっしゃいますからね。動体視力と俊敏性はとっくに、学生の域を超えていらっしゃいます」
「【戦士としての目】って‥‥何なの!? アネットっち!!」
ロザレナがルナティエと騎士たちの夜典で戦う前。
彼女は修行で、俺が放った『唐竹』を何度もその身に受けて来た。
あの唐竹は、剣の称号の最下級『剣鬼』レベルの剣速だった。
この学校に称号持ちと同格の生徒など、早々はいないだろう。
故に、俺の剣速について来れた彼女の俊敏性に、当然ながら雑兵である一兵卒が追いつけるわけがないのだ。
「‥‥勿論、お嬢様の成長は、それだけではないんだがな」
ジェシカとの日課のランニングや、ルナティエから指示された真剣の素振りにより、基礎体力と筋力もこの一か月で相当上がっているに違いない。
ついこの前までただの素人だったというのに、その吸収力の速さには驚くことばかりだな。
俺個人で言えば、お嬢様には剣など持たずに平穏に暮らして欲しかったのだが‥‥彼女に剣の才覚があることを、剣士として、改めて認めざるを得ない。
「ふむ‥‥。ロザレナ級長がこのまま敵を屠っていってくれるのなら、我らが魔法で前衛を援護する必要は無くなるのではないのか? 魔法兵部隊の部隊員はここで、茶でも飲んで休んでいても良いのではないかな?」
「シュタイナーくん、何ふざけたこと言っているんですか! ロザレナ級長だって、流石に相手クラスの前衛を一人で倒すことは不可能ですって!」
「ルーク殿の言う通りであります。それに、級長殿は敵の親玉の元へと駆けて行った様子でありますからね。残りの雑兵は全て無視している様子であります」
「む‥‥。本当だな。残りの雑兵どもは、ロザレナ級長を無視してまっすぐとこちらに向かって来ているな」
「‥‥」
「? アネット殿、どうかしたでありますか? 何だか、難しい顔をしておられますが?」
「‥‥あ、いえ。ただ、相手の動きが妙だな、と。まるでお嬢様を敢えて相手にしていないような動きをしているように見えたので‥‥」
「言われてみれば、確かに‥‥。普通だったら、級長を囲い込んで叩くようなことをしてもおかしくないでありますよね? さっきみたいに」
これは‥‥‥‥恐らく、シュゼットの指示なのだろうな。
好戦的な彼女のことだ。きっと、ロザレナと一対一で決闘を行いたいのだろう。
だから、敢えて彼女を泳がせている、と‥‥。野郎、随分と舐めた真似してきやがるな。
それほど、ロザレナを脅威と思っていやがらないのか?
俺の予想では、シュゼットとロザレナの力の開きに、そこまでの差は無いと見ているのだが‥‥。
「みなさん! 止まってください! 剣兵隊が、毒蛇王クラスの前衛と接触しました! これより、交戦が始まります!!」
ベアトリックスのその言葉に、俺たち魔法兵部隊は足を止め、杖を構える。
10メートル程離れた距離で、剣兵隊たちが木刀を手に、毒蛇王クラスの生徒たちと斬り合っている姿が見て取れた。
その光景を視界に捉えると、ベアトリックスは一歩前へと出て――交戦中の敵軍に杖を差し向け、大きく声を張り上げる。
「―――――詠唱準備、開始! 目標、毒蛇王クラス剣兵隊!」
「「「「はい!!」」」であります!」
皆、ベアトリックスの号令に同時に頷くと、杖に手をかざし、目を伏せ、詠唱を開始し始めた。
俺も仲間たちと同じように、箒に手を当て、魔法の詠唱を開始する。
「鋭利なる氷塊よ。我が敵を穿て‥‥」
詠唱を唱えた瞬間。箒の先に、魔力の渦が溜まって行くのが感じられた。
そして十分に魔力が満ちたのを感じると、俺は瞳を見開き‥‥交戦中の敵へとまっすぐと箒を構え、魔法を発動させた。
「――――――【アイシクル・ランス】!!」
その瞬間。箒の先から15センチ程の氷柱が射出され、勢いよく敵の元へと飛んで行った。
仲間たちも時を同じくして、魔法の発動を成功させる。
「【ファイアーボール】!!」「【エアブレイク】!!」「【ショックウェイブ】!!」「【アースパイル】!!」
火球、風の刃、小さな電、土の苦無など、多種多様な低級の魔法が、毒蛇王クラスの生徒たちへと襲い掛かる。
その光景を捉えた毒蛇王クラスの生徒たちは、瞬時に大きく声を張り上げた。
「おい! 魔法だ! 一旦さがれ!」
彼らはバックステップで後方へと飛び上がり、剣兵隊との距離を保っていく。
そしてその後、魔法は標的に着弾することはなく‥‥地面に当たり、霧散していった。
魔法が敵に命中しなかったことに、隣にいるヒルデガルトは悔しそうに地団駄を踏む。
「くやしーっ!! 何であーしのファイアーボールを避けちゃうのさ!! もう少し射程距離があったら、当たっていたのにー!! むきぃぃぃ!!!!」
「いいえ、ヒルデガルトさん。これでも十分な成果ですよ」
「え、でも魔法当たんなかったんだよ? ベアトリっちゃん」
「後衛から魔法が撃てるだけで、相手への牽制に繋がります。御覧ください。彼ら毒蛇王クラスの剣兵隊はこちらを警戒して、前衛との交戦を止めてしまいました」
なるほど。魔法は当たらなくても、牽制として、有用に働くこともあるのか。
‥‥とはいっても、俺の氷の魔法は‥‥敵の周囲に着弾するどころか、5メートル先の地面に落ちて、粉々に砕けてしまっているけどな。
やはり、杖として作られていない箒では、10メートル先にいる標的に魔法を当てるのは困難そうだな。
自分で選んだ武器とはいえども、この結果には少々、堪えてくるものあるぜ‥‥。
「さぁ、今度は少し距離を詰めて、再度、魔法を放っていきましょう。――――魔法兵部隊、前進!」
「「「「はい!!」」」であります!」
魔法兵部隊の大きな声が戦場に轟き、俺たちはベアトリックスの後に続き、草原を駆けて行った。
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「両クラスの剣兵隊は交戦を始めたか。‥‥そろそろ、頃合いか」
リーゼロッテは丘の上で一人、崖下で戦い合っている黒狼クラスと毒蛇王クラスの生徒たちを静かに見つめていた。
その視線の先にあるのは―――ポニーテールのメイドの少女の姿。
リーゼロッテは、学園長であるゴーヴェンの指令でこの一か月、あのメイドの少女を学園内で常に監視し続けていた。
だが、これといって、アネットがオフィアーヌ家の血縁者である証拠を手に入れることは叶わなかった。
強いて言えば、魔法因子の多さがその証拠に繋がるかもしれないが‥‥それは、明確な答えに繋がっているわけではない。
ゴーヴェンの指令は、雨天の節の終わりまでに彼女の正体を暴くこと。
その指令の期限は今日この日――雨天の節の終わりである、学級対抗戦の日までであった。
リーゼロッテは今日この日に、アネットの正体を暴く算段でいた。
何故なら、生徒同士が乱戦を行っている戦場であれば、隠密剣士である自分なら周囲に気付かれずに彼女を攫うことなど造作もないと、そう考えていたからだ。
「‥‥‥‥フッ。かつては聖騎士団副団長として、数多の猛者たちと戦ってきた身であったというのに、まさか今ではメイドの少女を攫うことになろうとはな。運命とは不思議なものだ」
そう言って頭を左右に振ると、リーゼロッテは眼鏡のブリッジを中指で上げ、再度口を開く。
「だが‥‥大恩人であるゴーヴェン様が危険因子と感じておられるのなら、か弱いメイドの少女だろうと容赦なく拷問し――その出生の秘密を吐かせてやるとしよう。もし、オフィアーヌ家とは関係のないただのメイドであったのなら‥‥残念だが、その時は始末しなければならないな。まぁ、たかがメイド、消えたところで誰も問題として問うまい」
藍色の髪を揺らすと、彼女は丘から飛び降り、森の中へと音もなく静かに消えて行った。
第100話を読んでくださってありがとうございました!
以前話していた100話記念のアネットの前世の話は、学級対抗戦編が終わった後に投稿する予定です!
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