第9話 元剣聖のメイドのおっさん、性別不肖剣士対決に決着を付ける。
「何故ッ!? 何故なのッ!? 何で私の攻撃を防ぐことができるの貴女ッ!? 意味分からない!! 意味分からないわ!!」
先程の、全力を込めて放ったであろう一撃。
その一太刀を完璧に防ぎ切った俺の様子を見て、ジェネディクトは慌てふためく。
だが、気を取り直したのか、奴は再び俺に向けて双剣を構え、戦闘態勢を取り始めた。
「まぐれ・・・・今のは絶対にまぐれなのよッ!!」
その瞬間。
ジェネディクトの愛剣、双剣のシミターから放たれる神速の斬撃が、再び俺を斬り殺さんと、青い火花の軌跡を無数に描きながら飛んでくる。
常人の目には留まらぬ速度で繰り出されるその連撃は、正しく世界最速の剣戟といえるもの。
周囲一帯に剣閃を飛ばす、回避不能の五月雨斬り・・・・・それは、最上級剣技と称すのに相応しいレベルのものだった。
「おいおい、ガキ相手に容赦なさすぎだろ・・・・」
この剣の雨を前にしては、どんなに腕に自信のある強者であろうと、無傷のままこの斬撃を防ぎきるのは不可能と思える。
現『剣聖』であるリトリシア・ブルシュトロームでも、この剣を無事に防ぎきる手段は・・・・俺の知っている生前のリティの実力であれば、この五月雨斬りを回避しきるレベルの実力は持ち合わせていなかっただろうな。
つまり、この剣戟は、『剣聖』をも超える頂に立つ者の剣技。
世界最高峰の、剣士の頂点に立つ者が放つ、絶技だった。
(・・・・・・・・・・・・・・だが!!)
だが・・・・・そんな絶技だろうが何だろうが、世界最強の剣聖であった、過去の俺には・・・・・アーノイック・ブルシュトロームには、脅威にもなりはしなかっただろう。
まったく、この程度で、俺を殺せるなどとは思うなよ、【迅雷剣】。
「はぁっ!!!!!!」
剣の雨に恐れずに、一歩、強く足を前に踏み出す。
空気の流れ、剣の動きを読めてさえいれば、何も恐れることは無い。
その剣閃が向かう先をー---奴が俺のどこ斬り刻もうとするのかを事前に予測できてさえいれば、無数に飛んでくるこの斬撃の雨といえども、防ぐのは造作もないことだからだ。
ジェネディクトの重心の動きを計る。
ジェネディクトの目線を追う。
剣を持った人間が、相手の身体に剣を振り降ろすその時。
振り降ろされるその型は、主に8つ分類される。
上段から頭部を狙った振り降ろしが『唐竹』。
右斜め上段から首元を狙った振り降ろしが『袈裟斬り』。
右横から腹部を狙った打ち払いが『左薙』。
右斜め下から下半身を狙った振り上げが『左切上』。
下方から局部を狙った振り上げが『逆風』。
左斜めから下半身を狙った振り上げが『右切上』。
左横から腹部を狙った打ち払いが『右薙』。
左斜めから首元を狙った振り降ろしが『逆袈裟』。
その8つの攻撃の型を剣士が行う時、どのような動作のパターンを取って剣を放つか。
生前の知識から、俺は完全にそれを把握できていた。
だから、集中して相手を観察し、常に先回りして先手を打ってればー--相手の剣を弾くのは容易なことこの上ないこと。
俺は、ジェネディクトが行う攻撃の型を予見し、口に出しながら防衛の態勢を取る。
「袈裟斬り、左切上、左薙、唐竹、袈裟斬り、右薙、右切上、唐竹、袈裟斬り」
自身の身体に向かって放たれた剣閃を全てをダガーで弾き、相殺することで回避することに成功。
その光景ー----どの型から斬撃を放っても完璧に防御してしまうその状況に、ジェネディクトは剣を振る手を思わず止めた。
その後、呆気にとられたようにポカンと口を開け唖然とすると、眼を見開き、奴は半狂乱になって叫び声を上げ始める。
「は・・・・・? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?」
そして俺から距離を取り、離れると、奴は信じられないものを見るかのような目でこちらを睨み付け、ゼェゼェと肩で息をし始めた。
「な、何で・・・・何で全部防げるのよおぉぉぉぉぉぉッ!? だって、だって可笑しいでしょぉッ!? 私の、私のこの剣は世界最速なのよ!? それがー---それがこんな、ただのメスガキに!! それも剣士の血を引いているとは到底思えない見窄らしい使用人風情に!! な、何でお前なんかが、何でお前なんかが私の剣を目視して、止めることができてるっていうのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? こんなの絶対に可笑しいわぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
眼を真っ赤に充血させ、ガチガチと歯を鳴らし、絶叫するジェネディクト。
そんな奴に対して、俺は鼻を鳴らし、首をコキコキと回した。
「ハッ! 汚ねぇ唾飛ばして喚いてんじゃねぇよ、カマ野郎! 剣士だったら、相手の動きに合わせて先んじて剣を振るのは当たり前のことじゃねぇか。そのご自慢の速さにかまけて、まさか初歩的なことを忘れてんじゃねぇのか? テメェ」
「相手の動きに合わせて剣を振る・・・・? な、何を言っているのかしら、貴女。確かに、素人剣士の遅~い剣戟ならば、相手の動きを予測し、先手を打つ、そのようなこともできるでしょうけど・・・・私は世界最速の【迅雷剣】なのよ?? この私の尋常ならざる速さの前で、『見切り』など・・・・そんなこと、できるわけがないでしょう?? バカなの??」
「あ? 何言ってやがんだ。現に今さっき俺は、お前の剣を見切ってみせて・・・・・」
・・・・そうか。
何故か、今さらになって気付く。
最初の一撃を抑えることに成功した後、くらいだろうか。
その後、奴の剣速を完璧に抑え込めていた、ということは・・・・。
それはすなわち、俺が奴の速度を超えたということに他ならない。
「・・・・・ハッ」
戦闘中に髪紐が切れたのか。
俺は、ポニーテールが解け、いつの間にかユラユラと揺らめいていた自身の長い後ろ髪に指を通し、それを手で靡かせ、フワッと、空中に髪の毛を漂わせる。
そして、静かに短く、息を吐き出した。
「あぁ、そうか。そういうことか。俺はもうー---テメェの速度を超えてしまったんだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「テメェが弱者を痛ぶるのが趣味の変態で助かったぜ、ジェネディクト。何度も何度も治癒魔法使って蘇生してくれたおかげで、こうして俺はこの身体の仕組みを理解し、以前の勘・・・・いや、それ以上の力を得ることができたんだからよぉ。まったく、テメェには感謝してもしきれないぜ。なぁ?」
「何を・・・・何を、言っているの?? 何で、貴女、私に感謝しているの?? 訳が分からない・・・訳が分からないわよ、オマエッ・・・・!!!!!」
突如、さらに距離を取るように、ジェネディクトは背後に飛び退く。
そしてそのままこちらに掌を向けると、奴は呪文の行使し始める。
掌の前に魔力の揺らめきが見えることから、攻撃魔法を行おうとしていることは明らかだ。
「魔法? まさか、テメェ・・・・・」
「ンフッ、どうやら理解したようねぇ。貴女が賢い子で助かるわぁ」
俺は肩ごしに背後へチラリと視線を向ける。
少し離れた場所ー---そこにいるのは、不安そうな顔でこちらの戦いを見守っている、ロザレナたちの姿だ。
まったく、最初から分かっていたことだが、とことん性根が腐った野郎だな。
俺は呆れたため息を吐きつつ、まっすぐと剣を構える。
「いいぜ、やれよ」
「フッ、フフフフッ、ホッホホホホー-ッッッ!! やれ、ですってぇ?? まったく、自分の力に過信しすぎるのはどうなのかしらねぇ、お嬢ちゃん? 私、これでも特二級魔術師の力を持っているのよ?? 分かってる?? この私が攻撃魔法を放ったら、そこの後ろのガキたちは間違いなく・・・・・・・・」
「いいからさっさとやれって言ってんだろ。いい加減、お前のその顔も見飽きたところだ。何をやっても俺を殺せないということを良い加減、ここで理解させてやる。長年の因縁に決着を付けるとしようぜ?? カマ野郎」
俺のその挑発の声を聞いた瞬間、ジェネディクトは顔面を憤怒の色に変えると、こちらに向けた掌の中に青白い光の渦を産みだし始める。
その光の渦はバチバチと火花を放ち始めると、突如、槍の形をした雷へと姿を変貌させた。
その光景に、背後のガキどもがゴクリと、唾を飲み込んで慄いている気配が感じられる。
そんな彼らに対して、俺は後ろを振り向かずに、大きな声で言葉を放った。
「見ていろ、クソガキども。俺は・・・・・俺は絶対に、てめぇらを、守り抜く!!!! その瞬間をしっかりと、眼に収めておけ!!」
「射抜け、【ライトニング・アロー】」
そう、ジェネディクトが呟いた瞬間。
雷の槍が、青い軌跡を描きながら、こちらへ向かって射出される。
特二級魔法、【ライトニング・アロー】。
その威力は、鋼鉄を誇る竜の鱗を穿ち、最硬級鉱石であるフレイダイヤに鋭利な傷を付ける威力だ。
生身の人間が喰らって、存命できるレベルの魔法ではない。
だが、そのスピードはジェネディクト自身よりは遅く、今の俺なら軽く回避できるレベルだった。
しかしー----俺がここで避けたら、【ライトニング・アロー】は真っすぐと、背後にいるロザレナたちを容赦なく貫くことだろう。
だから、俺がここで行えることはただひとつ。
それは・・・・【ライトニング・アロー】を、この剣を持ってして迎え撃つことだけだ。
「ふぅ・・・・・」
剣を真っすぐと構え、瞼を伏せる。
意識を集中させる。
その時ふいに、過去の情景が脳裏を過った。
『少年、君はこれから【覇王剣】と名乗ると良い』
そう口にして、切り株に腰をかけた男・・・・我が師匠である剣聖は、フードの奥からニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
俺は剣をブンブンと振って修練を続けつつ、横眼でそんな師匠にジト目を送る。
『【覇王剣】・・・・? なんだよそれ。どういう意味なんだよ、師匠』
『読んで文字通り、覇王の剣だ。全てを斬り裂き、覇者となる。少年、お前さんの剣はそういった剣だ』
『訳分からねぇよ、師匠。炎の剣を操るハインラインみたいに、【蒼焔剣】とか、分かりやすい名前を付けてくれよ』
『フフッ、少年、お前さんは自分が特異な存在であることを理解しているのかな??』
『特異? ええと・・・・異質? 人と違うってことか? 変ってことか??』
『そうだ、少年。お前の剣は、”この世に在るものを何でも斬ることができる”、恐ろしい力だ。そして何処から来たのかも分からない、異質で、奇妙な力でもある。正直言って、剣聖である私も今までこんな力は見たことが無くてね。正直、とても困惑しているよ』
『いつもスカした態度取ってる師匠を困惑させられるってのは気分が良いな。いいぜ、【覇王剣】。気に入った』
『・・・・・・そんなことで気に入られても困るのだが・・・・・まぁ、良い。アーノイック、何度も口酸っぱく君にはこう言ってきたが・・・・・・これからもこれだけは心に留めておくと良い。力はー---』
『分かってる。力は正しく使え、だろ? 強大な力は、使う人によって正義の英雄にも、邪悪な魔王にもなる。だから、強き者は決して闇に堕ちてはいけない』
『その通りだ。君のその力は、この世界の摂理を変えられる程の凶悪な力なのだよ、少年。だから・・・・だからどうか、祈らせてくれ。君の【覇王剣】というその名が、良き意味でこの世界に轟くことを。君のその力が、将来、君を孤独にしないことをー-----』
過去の情景を思い出した瞬間、胸の奥で歯車のような何かがカチリとハマる音が聞こえた気がした。
本気で剣を振ると決めた、この一瞬。
俺はいつも、この歯車の噛み合う音を聞くんだ。
何故、この音が聞こえるのか、その理由は何なのかは定かではないがー---これは、俺が力を使う時の、前段階に起こること。
上段に剣を構え、全力を以て……剣を振り降ろす。
何百、何千、何万、何億も行ってきたその動作を持ってして、俺の力は今ここに、発動する。
本気でこの世から消したいと思う対象が存在してこそ、【覇王剣】は発動に至るのだ。
この力に、生前は辟易したことが多かったが・・・・今はただ、アネット・イークウェスとして、この力が使えることが分かって良かったと、そう思っている。
だって、ロザレナお嬢様や、後ろにいる何の罪もないガキたちを救うことができるのだからな。
彼女たちを救えるのであれば、何でも良い。
俺を孤独にした憎むべきこの力を持って、今俺は、ここで自身に向かってくる悪意を討つ。
《ジェネディクト視点》
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
理解できなかった。
いや、理解、したくなかった。
あのメイドの少女が、剣を上段に構え、振り降ろしたその時。
私の放った【ライトニング・アロー】は、メイドの少女に到達する寸前で、露となって消えていった。
いや、それだけのことなら、まだ理解ができる。
何故なら、魔法をリジェクトした可能性だけなら、想像の範疇で考察することができるからだ。
発動した魔法の消去・・・・・反・魔法無効化耐性を持った上級魔道具を装備していたか、あのメイドの少女自身に魔法無効化の加護、もしくは召喚した精霊に身を守らせていたか・・・・・等々、魔法を無効化する力だけで言えばこの世にはごまんとある。
だが・・・・・・遠く離れていた場所で、ただ剣を上から下に振り降ろしただけでー----この私の胸に斬り傷を付けたのは・・・・・いったい、どういう原理なのかが理解できなかった。
それも、斬撃耐性の上級魔道具を身に着けるこの私に・・・・これほどまでの鋭利な傷を付けることができるなんて・・・・・。
そんな力、聞いたこともない。
可能性があるとすれば、とっくの昔にくたばった、あの忌まわしき『剣聖』の力だけだが・・・・。
あのような逸脱した者の力を、こんな幼い少女が持ち合わせて良いはずがない。
だって、恐らくあの力は・・・・・・・数々の屍を越えて、修羅を越えた者にしか持ちえない、死体の山を重ねた者にだけこそ得られる逸脱者の力だからだ。
「へぇ? こりゃ驚いた。俺の本気の一太刀を受けて、その程度の傷で済んでいるとはな・・・・・。果たして、お前の武装が防御力に特化していたからなのか、将又、俺のこの身体の筋力がこの力についていけなかったからなのか・・・・理由は分からないが、こんなことは初めてだな」
そう言って、土煙の中から、メイドの少女が姿を現す。
彼女のその目は、私に嬲られていた時と一切変わらない。
ただこちらを真っすぐと見据えて、剣を構えて・・・・・地の果てまで追って、絶対に仕留めてやるという、狂人じみた覚悟のこもった目を、ギラギラと輝かせている。
そうか・・・・ようやく、理解した。
この少女は、あの男にそっくりなんだ。
私が生涯最も恐れ、そして最も畏敬を抱いた剣士、『剣聖』、アーノイック・ブルシュトロームに。
あの男が生きている間、私は恐怖で眠れない日々を、何十年も過ごしていた。
いつ、あの男が目の前に現れて、私の首を切断してくるのか、分からなかったから。
あの男の目が、異常なまでの澄んだあの瞳が、恐ろしくてしょうがなかったから。
そうか。
この少女に、私が恐怖を覚えてしまった理由。
あの瞳に宿る狂気が、あの化け物と同じなんだ。
だから私は、何度も向かってくるこの少女に、恐怖を抱いていたのか・・・・・。
得心がいった。
するとその瞬間、怒りの感情が消え失せ、心の中に彼女に対する敬意の感情が生まれる。
敵わない相手に挑み続け、勝利を得た・・・・・その高潔な剣士としての在り方に、私はいつの間にか、大昔に忘れはずの騎士の心を取り戻していた。
彼女のその姿に、いつの間にか畏敬の念を抱いていた。
「ゲホッ、ゲホッ・・・・・・・」
突如、口から大量の血液が零れ落ち、石畳をドボドボと紅く染め上げていく。
そして、直後、視界が霞んでいく。
まぁ、無理もない、わね・・・・この胸の傷、明らかに肺に到達している様子なのは分かっていたからねぇ・・・・。
最早、まともに立っていられるのも、限界、か。
何とか意識を保ちつつ、私は胸を押さえ、少女に笑みを向ける。
「・・・・・・貴女、名前、は?」
「アネット・イークウェス」
「そう・・・・・・・・アネット、ね。貴女、この私を仕留めたこと、褒めてあげるわぁ」
「ハッ、テメェもガキ売っぱらってメシ喰ってるクズ野郎の割りには、中々強かったぜ。この俺の全力の一太刀で立っていられた奴はお前が初めてだ」
「ンフッ、わ、私は、ただ単にアイテムで自分を強化していただけよぉ。な、生身で貴女と戦ったら、さっきの一太刀で、私は貴女に真っ二つにされて負けていたことでしょうねぇ・・・・・」
「前から気になっていたが・・・・・・・・・・テメェ、それだけの腕があって何故、悪事に手を染めた? バルトシュタイン家から追放されたのなら、冒険者で食っていけばよかっただけだろう」
「弱者を痛ぶるのが好きだからよぉ」
「嘘つけ。お前は最初、聖騎士団団長だった頃、そんなんじゃなかっただろ。騎士として、自分に誇りを持っていた奴だっただろ」
「わ、私のこと、何も知らないくせによくもそんな適当なこと言えるわねぇ・・・・・でも、そうね。大人には色々あるってことよ。まぁ、貴女はまだ子供・・・・・・そのうち、大きくなったら、理解できる・・・・・かも、ね・・・・・・」
ドサッと、音を立てて、私はその場に倒れ伏す。
意識を失う寸前ー----脳裏に浮かんだのは、幼少の頃の記憶。
バルトシュタイン家の離宮で、私の顔を美しいと褒めてくれた・・・・・母親の姿だった。