第四章 第97話 学級対抗戦ー④ フランシア平原
校庭で、全クラスメイトの出席を取り終えた後。
担任教師であるルグニャータの指示に従い、俺たち黒狼クラスの生徒は、時計塔の地下へと降り立っていた。
地下室には、五メートル程度の大きさの――先端が尖った柱型の結晶石が七つ、横一列に並べられており、それ以外は特に何かが置かれている様子はない。
光り輝く結晶石が照明代わりになっているのか、地下室の一室は思ったよりも明るい様相となっていた。
「では、これからみんなには、この‥‥一番端っこにある【転移】の魔法石に触れて貰って、フランシア平原へと転移して貰うニャ~。生徒たちの護衛のために、先に、鷲獅子クラス担任のブルーノ先生が向こうに行ってらっしゃっるので、フランシア平原に辿り着いた生徒のみんなは先生の指示に従って待機して待っててください。じゃっ、出席番号順でいくニャ~。出席番号一番、アストレアさん、前に出て~」
「は、はい!!」
出席番号一番、衛生兵部隊 部隊長、アストレア・シュセル・アテナータが前へと出る。
コーラルレッド色の長い髪の少女は、立ち上がり、緊張した様子で、カチコチとゴーレムのような挙動で魔法石が置かれている台座の前へと進んで行く。
その途中、彼女は何故か何もないところで転びそうになり、相変わらずのドジっ子ぶりを発揮するが‥‥転倒することはなく、アストレアは無事に魔法石の前へと辿り着いた。
「それじゃあ、アストレアさん、魔法石に触れてください」
「わ、わかりましたっ!!」
彼女はおっかなびっくりといった様子で、魔法石に触れる。
するとその瞬間、アストレアの身体は一瞬にして消滅し、視界から姿を消していった。
その光景を見届けたルグニャータはコクリと頷くと、手に持っていた名簿を見つめて口を開く。
「それじゃあ、次は‥‥出席番号二番、アネットさん、前へ出て~」
「はい」
列の前へと出て、魔法石の前へと立つ。
すると、背後からロザレナに声を掛けられた。
「ちょっと待って、アネット。もう一度確認させてもらうけど‥‥貴方、本当に武器はそれで良いの?」
列の先頭に立っていたロザレナは、俺の右手にある愛刀箒丸を見つめ、再び口を開く。
「魔法の杖だったら、今朝、貸し出し用のものが学校で用意されていたじゃない? 高いけど、いくらかお金を支払えばレンタルできるというのに‥‥何で箒を持って行くのよ?」
「今のレティキュラータス家の財政を考えれば、ただのメイドである自分に魔法の杖のレンタル料を支払うのは‥‥あまり良くないことではないのでしょうか?」
「で、でも、貴方がせっかく覚えた魔法を披露したいのなら‥‥あたしは、別に‥‥」
「申し訳ございません、お嬢様。少し、いじわるを言ってしまいまいした。私はこの戦い‥‥杖の代わりに、この箒をぜひに使わせていただきたいのです」
「それは‥‥何で?」
「私にとっての魔法の杖は、お嬢様がくださったあの杖だけですから。ですから、あの杖以外のものを、私は使う気は一切ありません」
「え‥‥?」
目をパチパチと瞬かせ呆けた顔をした後。
ロザレナは頬を紅く染め、ジト目をして、唇を尖らせる。
「‥‥‥‥‥‥この女ったらし」
「え?」
「良いから、もう、さっさと行きなさいよ! このスケコマシメイド!!」
顔を真っ赤にして怒り狂うロザレナに首を傾げつつ、俺は再び魔法石と向き合う。
ベアトリックスの話によると、どんなに魔力のある魔術師といえども徒手空拳のままでは、せいぜい魔法の射程範囲は5~6メートル程度の距離が限界なのだそうだ。
だが、魔法は、杖のような長物を使うことによって、その飛距離をいくらでも伸ばすことが可能になる。
長物であれば何でも杖の代用品として扱えるらしく、極論、物干し竿でも杖として代用できるらしい。
しかし、まぁ、当然のことだが‥‥魔法の杖として作られていないただの長物を使っても、良くて射程範囲30センチ伸びるか伸びないかくらいの誤差範囲という話らしいがな。
上物の魔法の杖であれば、10メートルだとか20メートルだとかの距離の長距離射程を手に入れられるという話だが‥‥まぁ、それは、俺が武器として箒を選んだ以上、仕方のないことか。
ふぅと大きく息を吐く。
そして俺は、左手を伸ばし――――目の前にある魔法石に、触れた。
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魔法石に触れ、視界が暗転した直後。
目を開くと、そこは、周囲に柱が聳え立つ‥‥六角形の形をした、薄暗い祠の中だった。
背後に視線を向けると、祠の中央に、先ほど触れたものと同じような形の魔法石の姿が見て取れる。
俺はその光景を確認した後、前を振り向き、明かりが見える方向―――祠の出入り口へと、歩いて向かっていった。
「‥‥‥‥‥‥綺麗な場所、だな」
祠から出ると、そこに広がっていたのは‥‥広大な草原と青い空が広がる、周囲を深い森に囲まれた平原の姿だった。
空には、囀りの声を上げる小鳥たちが飛び交っており、その向こうでは、大きな入道雲がこちらを威圧するように見下ろしている。
心地よい初夏の風にポニーテールを揺らしながら、俺は思わず、その風景に魅入ってしまっていた。
「―――――――見渡す限りの草原と、森、青い空‥‥ここが、フランシア平原か」
フランシア平原。
かつてこの場所は、王国と帝国が激しい戦を繰り広げた、古の戦場だったらしい。
『王歴756年ーフランシア領戦役―反乱帝徒討滅作戦【フランシア平原の戦い】』。
5000年前、この大陸‥‥エリシュオンには、聖グレクシア王国しか国が存在していなかった。
だが、大きな内乱が勃発し、王国内部から帝国、共和国へと二つの国に分かたれた。
その内乱の際に、このフランシア領で、帝国の皇帝が率いる反乱軍と王家率いる聖騎士団が、領土を巡って相争った。
結果、帝国軍は敗れ、エリュシオンの西――バルトシュタイン領の付近にある、大陸の外れの荒れた地に帝国は居を構えることとなったのだ。
今では穏やかで自然に恵まれた平原地帯にしか見えないが‥‥大昔に、ここで人々が殺し合っていたと考えると‥‥何だか何とも言えない複雑な感情になってくるな。
そんな、殺伐とした過去の光景を想像しながら、ボーッとフランシア平原を眺めていると――突如、背後から声を掛けられた。
「‥‥‥‥アネットさん、だったかな。その反応を見るに、君はフランシア平原に来たのは初めてなのかな」
「え‥‥?」
背後を振り返ると、そこには黒髪の目の下のクマが深い男――――一期生鷲獅子クラスの担任教師、ブルーノ・レクエンティーが立っていた。
彼は、祠の影になっている場所からこちらに近寄り、俺の隣に立つと、ふぅと短く息を吐きだした。
「‥‥こんなに穏やかな場所が、過去、戦争に使われていた古戦場だったなんて‥‥そうは見えないよね」
「そうですね。私も今ちょうど、そのことを考えて驚いていたところです」
「でも、そこら辺の土を掘り返してみると、過去の遺物が結構出てきたりするんだよ」
「過去の遺物‥‥剣とか鎧の類、でしょうか?」
「うん。後は、身元不明の人骨とか、正体不明の壊れた魔道具らしきものも出てくる。僕は魔法薬学の教師でもあるけれど、考古学者の免許も持っていてね。休日はよく、ここで発掘作業をしていたりするんだ」
「歴史の研究がお好きなのですね」
「そうだね。僕は、家の事情で聖騎士になったけれど‥‥剣なんか振るうよりも、学問を追求する方が、何倍も好きだね」
そう言って、ブルーノは小さく笑みを浮かべた。
彼の横顔を見つめていると‥‥俺は、あるひとつの事実に気が付く。
「あれ‥‥? ブルーノ先生って、確か‥‥黒い瞳ではなかったでしょうか? 今、貴方の瞳の色が青く見えるのですが‥‥?」
「あぁ。これのことか。僕の目は、光が当たると青く光るんだよ。シアンブルーの瞳は王国にあまりいないから、不思議なのかな?」
「い、いえ、その‥‥」
「‥‥‥‥‥‥あぁ、なるほど。君も、僕と同じ瞳の色をしていたのか。今まで気にしたことも無かったから気付かなかった。面白い偶然だね」
そう言ってにこりと微笑むと、ブルーノはそのまま踵を返し、祠へと向かって歩いて行く。
「あまり遠くに行かずに付近で待機していてね、アネットさん。この近辺は魔物が殆どいないとはいえども、僕の目の離れた場所で何かあったら、流石に助けてあげられないからさ」
そう言葉を残し、ブルーノは去って行く。
女子生徒にモテモテの、いけ好かないキザ野郎かと思っていたが‥‥案外話しやすい奴だったな、あの男。
しかし、聖騎士の中にも、ああいう――剣を持ちたくない平和主義的な人間もいるのだな。
てっきり、バルトシュタイン家の人間たちみたいに、戦闘狂のイカれた奴ばかりみたいなイメージがあったから‥‥真っ当な人間がいるのには意外だった。
「さて。黒狼クラスの生徒たちが全員揃う前に、この地形を頭に叩き込んでおくとするかな」
平原と聞いた時には、陰で暗躍するのは難しいかと思っていたが‥‥周囲を森林に囲まれているこの平原であるのなら、問題はないだろう。
平坦な大地が続くばかりでもなく、ところどころに隆起した丘があるのも良い点だ。
これなら、学級対抗戦中、身を隠しながら移動することが叶う。
万が一実力を表に出すことになったとしても、物陰に隠れながらなら、衆目の目に映ることはない。
今回の作戦を実行するにおいて、この地形はとても良い形のフィールドと言えるだろう。
俺は、ポニーテールを風に靡かせながら、目の前に広がる平原にニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
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「‥‥‥‥同じ、青い瞳、か」
ブルーノは肩越しに、背後に立っているポニーテールの少女に視線を向ける。
その顔は、可憐で可愛らしい、ただの年若い少女のものだ。
別段、おかしなところなど、ひとつも見当たらない。
だが、その顔には‥‥何処か、彼には見覚えがある気配があった。
「あの顔、どこかで‥‥‥」
顎に手を当て数秒思案した後、ブルーノはハッとした表情を浮かべる。
「アリサ・オフィアーヌ‥‥? もしや、あの少女、オフィアーヌ家の血縁者、か‥‥?」
そう呟いた後、彼は頭を左右に振る。
そして再び前を振り向くと、フッと、小さく笑みを浮かべた。
「まさか、な‥‥そんなはずはない。在り得ない」
そう言葉を呟くと、彼は祠へと向かって歩みを再開させたのだった。
第97話を読んでくださってありがとうございました!
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次回も近いうちに投稿しますので、また読んでくださると嬉しいです!!
書きたい話がまだまだありますので、今月中に学級対抗戦、終えたいです!!(不安です笑
三日月猫でした、ではまた!!




