第四章 第96話 学級対抗戦ー③ 顔合わせ
黒狼クラス、生徒数、40名。欠席者、0名。
毒蛇王クラス、生徒数、37名 欠席者、三名。
校庭には、両クラスの生徒たちが向かい合うような形で四列を成して、待機していた。
どうやらこれから担任教師が来るまで、俺たちはここで立って待っていなければならないらしい。
まだ真夏ではないにしても、初夏に足を踏み込みつつある今の季節でグラウンドのど真ん中で突っ立ていなければならないというのは‥‥中々、応えるものがあるな。
俺は列の中央付近で立ち――――スカートのポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭って「ふぅ」と短く息を吐いた。
―――――――その時。
突如、向かいにある集団から、翡翠色の髪の少女‥‥シュゼットがこちらへと向かって歩いて来た。
その光景を見て、先頭に立っていたロザレナとルナティエは、すぐさま前へと出る。
そして両者は三メートル程の距離で立ち止まると、互いの顔を見つめ、無言で睨み合い始めた。
そんな険悪な空気が周囲に漂う中―――先に沈黙を破ったのは、毒蛇王クラスの級長、シュゼットだった。
彼女は口元に閉じた扇子の端を当てると、キツネのように目を細め、柔和な笑みを浮かべる。
「フフッ‥‥フフフフフフフフッ。これは、私事の話なのですが‥‥困ったことに、今朝方から、私のメイドが姿を眩ましているのです。もしかして、貴方の仕業なのでしょうか? ルナティエさん?」
その言葉に、ルナティエは黄金のツインテールをふぁさっと優雅に風に靡かせると、口元に手の甲を当て、小さく笑い声を溢した。
「ホホホホホ。いったい何のことを言っているのか分かりませんわねぇ? 単に、そのメイドは貴方の元で働くのに嫌気が差して、逃走しただけなんじゃないですのぉ?」
「そうですか。確かに、その可能性もありますね」
コクンと頷いた後、シュゼットは再度、口を開く。
「‥‥‥‥話は変わりますが‥‥学級対抗戦当日だというのに、ご覧の通り、私のクラスからは二名、欠席者が出ています。何でも欠席したお二人は、突然、お腹を壊したという話です」
「‥‥」
「あの二人に共通するのは、昨日、お昼に食堂で食事を摂っていたということ。調べたところ、数ある生徒たちの中で食中毒を起こしたのは、私たち毒蛇王クラスの二人だけという話です。‥‥不思議なことが起こるものですね。同じメニューを食べた者の中で、私たち以外に症状が一切出ていないだなんて」
「もしかして、わたくしが‥‥食堂にいるコックを買収して、下剤でも混ぜた‥‥そう言いたいんですの?」
「ええ。貴方ならばそれくらい、やるでしょう?」
「そうですわね。やりますわね」
フフフフフと笑い、オホホホホと笑い、お互いに笑みを浮かべて睨み合うシュゼットとルナティエ。
そしてシュゼットは目を伏せ、フッと小さく嘲笑の声を漏らすと、静かに口を開いた。
「まぁ‥‥いくら毒蛇王クラスの生徒を削ろうが、私がいる限り、勝敗は変わらないのですけれどね。軍戦とは数がものを言うと、書物の中ではよく書かれていますが‥‥それは真っ赤な嘘です。凡百など、真の天才の前では、ただの烏合の衆でしかない。弱者どもがいくら束になろうとも、一の強者には敵わないものですから」
「‥‥あたしたちが束になったところで、あんた一人にも勝てないって‥‥もしかしてそう言いたいの?」
「はい。その通りです、ロザレナさん。ルナティエさんがいくら策略を考えようが、ロザレナさんがいくら剣の修練を積もうが、貴方たちでは私に傷一つ付けることは叶わない。産まれた時から既に決まっているのですよ、才能の差、人生の勝者と敗者というものは、ね」
クスクスと笑い声を溢すシュゼットに、ルナティエは眉間に皺を寄せ、ギリッと歯を噛み締める。
そんな彼女を一瞥すると、ロザレナは前へと出て、シュゼットと至近距離で顔を見合わせた。
ロザレナのその姿に、シュゼットは小馬鹿にするように首を傾げる。
「どうかしましたか? あぁ、もしかして、努力は人を裏切らない‥‥努力すれば天才にも勝つことができる、みたいな、そんな寒いことでも仰るのですか?」
「‥‥‥‥よ」
「はい?」
ロザレナはすぅと深く息を吸うと――――――大きく声を張り上げた。
「あたしは、いずれ、剣聖になる女よ!!!!!!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は‥‥?」
「あんたが何者だろうが、関係ない!! あたしは、ただ、あんたという壁を乗り越えるだけ!! 天才だとか才能だとか、正直、そんな話はどうでも良いのよ!!!! あたしたちが交わすのは言葉ではなく、剣一本だけ――――そうなんじゃないのかしら!!!!」
その言葉に、呆気にとられたようにポカンとした表情を浮かべるシュゼット。
その後、彼女の背後にいる毒蛇王クラスの生徒たちは、一斉に大声で笑い声を上げ始めた。
「け、剣聖になるだって!? あの女、その言葉の意味が分かって言ってんのか!?」
「バカだ、本物のバカだぜ、あれは!! ギャハハハハハハハハハハッ!!!!」
「あんたみたいな何の実績もない女が、剣聖になれるわけないじゃない!! それどころか、剣神‥‥いや、称号持ちになんてなれるはずががないわよ!!!! ケヒャハハハ!!!!!」
腹を抱えて大声で笑い出す、毒蛇王クラスの生徒たち。
大勢の人間に自分が馬鹿にされ、嘲笑されている中でも、ロザレナの横顔に迷いは見て取れない。
燃え盛るような紅い瞳で、ただまっすぐとシュゼットだけを見据えて―――不敵な笑みを浮かべている。
そんな彼女の姿を見て、シュゼットは笑みを止め、突如、無表情となった。
そしてその後、大きくため息を吐くと、背後にいる毒蛇王クラスのクラスメイトたちへと‥‥ギロリと鋭い瞳を向ける。
「―――――――嗤うな」
その一言で、ピタリと、毒蛇王クラスの生徒たちは口を閉ざす。
その光景を確認した後、シュゼットは再びロザレナへと向き直り、いつものように柔和な笑みを浮かべた。
「剣聖、ですか。それはつまり、貴方は私など眼中にない‥‥そう言いたいのですか?」
「そうね。あたしにとってあんたは乗り越えるべき壁でしかない。悪いわね、あたしにとって踏破すべき真の相手は、他にいるの」
そう言って、ロザレナは一瞬、肩越しに俺の方へと視線を向けて来た。
そして再び前を向くと、笑みを浮かべた。
「誰に笑われようが、馬鹿にされようが、構わない。世間に認められなくたって別に良い。あたしはただ毎日剣を振り続け、目の前の壁を踏破するだけよ。あたしの牙が剣の頂に届く、その日までね」
「―――――――フッ」
シュゼットは突如、顔半分を左手で隠し、小さな笑い声を溢す。
そしてその後、彼女は今までの淑女然とした様子とは一変。
瞳を見開き、歯茎をむき出しにして、悪魔のような形相で笑い声を上げ始めた。
「ハハハッ‥‥アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!! 良いでしょう、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!! 貴方を私の獲物として認めてさしあげましょう!! そして、絶対に越えられない壁というものがあるということを、その身をもって教えてさしあげます!! この学校に敵などいないと、先ほどまでそう思っていましたが――――剣聖を目指すと、衆目の前で堂々と言い放つことができる貴方は、まごうことなき私の敵!! 全力を以って叩き潰してさしあげましょう!!!!」
「剣聖を目指すと言い放った、あたしが敵‥‥? ‥‥もしかして、あんたは―――」
「そうです。私も、過去、剣聖を目指していた時期がありました。ですから、私は‥‥貴方の夢を馬鹿にはしない。他者に嘲笑われても、自分を曲げないその精神力、心から敬意を表しますよ」
そう言って踵を返すと、シュゼットは背後の毒蛇王クラスの元へと戻って行った。
――――――シュゼットはロザレナを敵として認めた、か。
どっちにしろ、ロザレナお嬢様とルナティエはシュゼットと戦う気満々だったからな。
学級対抗戦中は俺もやらなければならないことが多いし‥‥彼女たちがあの女を相手してくれるなら好都合、か。
「恐らく‥‥‥‥ロザレナにとってこれは自分の夢を賭けた‥‥転機となる戦いになるだろうな」
シュゼット・フィリス・オフィアーヌは、恐らく、称号持ちと遜色がない実力者だろう。
この国では、称号を獲得することは剣士に取っての一種の到達点‥‥ある意味ゴールとされている。
剣の称号は、【剣聖】>【剣神】>【剣王】>【剣侯】>【剣鬼】の順で強く、定員は剣聖が1名、剣神は4名、剣王は10名、剣侯は20名、剣鬼は30名となっている。
称号を持った者を公式の決闘で降すことができれば、相手の称号を奪うことができ、その称号を会得することができる。
シュゼットは正式な称号を持っている剣士ではないが‥‥上一級魔術師としての実力を持っている以上、最低でも【剣鬼】や【剣候】と同等の力は有していると思われるな。
無称号のロザレナにとっては間違いなく、今まで戦った相手の中でも最大級の敵と言える存在だろう。
「―――――待たせたな、諸君。ではこれより、出席を行いたいと思う。口を閉じて、静かに整列したまえ」
顎に手を当て思考を巡らせていると、リーゼロッテとルグニャータが、時計塔の入り口から姿を現した。
二人はそれぞれのクラスの生徒たちの列の前に立つと、手に持った名簿を見つめ、出席確認を取りはじめる。
オレは、チラリと、向かいの列の前に立つリーゼロッテの背中を見つめた後‥‥右手の薬指に嵌めてある指輪を、そっと撫でた。
聖騎士団副団長は、代々、【剣神】と同等の力を持つ者が務めるのが習わしである。
つまり、これからオレが相手をしないといけないのは‥‥この国の最高峰の剣士だということだ。
そのレベルの相手と戦うのは―――5年ぶり、幼少の時のジェネディクト戦以来、か。
アーノイック・ブルシュトロームのゴリマッチョの身体と違い、今の少女の身である俺のこの身体は、生前に比べて筋力や身体能力が大分劣っている。
生前は馬車程の大きさのある大岩など簡単に持ち上げられたが‥‥今の俺は、そんなものを持ち上げることなどできはしない。
だから、【剣聖】だったアーノイック・ブルシュトローム時代の俺よりも、今の俺は確実に弱いのだ。
故に、いくら格下の【剣神】レベルの剣士だろうと、油断はできない相手だろう。
「まっ‥‥とはいっても、あんな若造に敗けるほど耄碌はしていないがな。こちとらお前らが赤ん坊だった頃から剣を振ってんだ。これくらいのハンデ、どうってことはねぇ」
そう小声で呟いた後、俺は右手に持っている箒丸をギュッと握りしめた。
さて、この学級対抗戦、俺はメイドらしく―――――――敵の掃除でもさせてもらうとするかね。
主人が活躍する裏で敵を掃除をするのも、メイドの務めだ。
背後をうろつく目障りな監視者を、塵ひとつ残さず綺麗さっぱり、掃除をさせてもらうとしよう。
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