第四章 第94話 学級対抗戦ー① 初日
「――――――よし。これで良いかな」
学級対抗戦当日。早朝午前五時。
霧に包まれた街の中。俺は、ある建物の前に立っていた。
その建造物は、以前、ギルフォードと出会った時に密談を交わした―――魔道具によって入り口が隠されている隠れ家だ。
その古い造りの家屋の壁にそっと手を触れた後、俺は、背後にいるメイドの少女‥‥コルルシュカへと声を掛ける。
「コルルシュカ、もう一度確認しておくが‥‥この隠れ家に、ギルフォードの奴がやってくる可能性は低いんだよな?」
俺のその言葉に、コルルシュカは無表情でコクリと頷く。
「はい。ギルフォード様は用心深い御方です。一度使用した隠れ家には、痕跡を消すために、数か月の期間を開けないと絶対に戻っては来ません。なので、ご安心を」
「そうか。それじゃあ遠慮なく、この家を計画に使わせてもらうとするかな」
俺はもう一度、レンガ造りの三階建ての家屋を見上げる。
コルルシュカの話によると、この家には入り口を隠す魔道具だけではなく、外に音を漏らさない防音の魔道具も使用されているらしい。
その点から見ても、あの計画に利用するにはこれ以上ない、うってつけの場所といえるだろうな。
「‥‥さて。これで準備は整った。あとの課題は‥‥学級対抗戦か」
そう。ついに今日から、学級対抗戦が始まる。
ベアトリックスを解放するためにも、オッサンメイドの処女が奪われないためにも、必ず、この戦いには勝利しなければならない。
だけど、正直に言うと、あまり不安はなかった。
この二日間、ロザレナとルナティエの剣を見て来たが‥‥やはり、あのお嬢様方には才能があることを再確認できたからな。
貪欲に前へと進み、不屈の闘志で前線で剣を振り続ける―――こちらが教える全てを柔軟に吸収していく、天才型のロザレナ。
状況を分析し、活路を見出しながら戦うチームの司令塔―――一つを極めることはできないが、多種多様な手段を用いて戦場を動かす能力がある、才人型のルナティエ。
元々敵同士だったあの二人は、互いが互いに欠けたものを補うかのように、各々、役割をもって剣を振るっている。
いつも喧嘩が絶えない二人だが、剣士としてはこれ以上ない、相性が良いコンビと言えるのではなのだろうか。
これから先、あの二人がどのように成長していくかが、楽しみで仕方がない。
「‥‥お嬢様? 笑みを浮かべてらっしゃいますが‥‥どうかいたしましたか?」
「いや、何でもない。ただ、教え子たちの成長が嬉しくてな。教育というものはこれほど面白いというものなのかと‥‥思わず驚いてしまっていた」
「教え子の成長? 教育?」
「いや、なんでもねぇさ。忘れてくれ」
俺は踵を返し、満月亭へと向かって歩みを進めて行く。
そんな俺の後ろを、慌てた様子で、コルルシュカは付いて来た。
そんな彼女に、俺は肩越しに声を掛けてみる。
「お前、レティキュラータス家に帰らなくて良いのか? そろそろ、マグレットが起きてくる頃合いだろう?」
「あの、その‥‥今日はメイドとして、ご主人様のお見送りをさせていただこうと、そう思いまして。前回は慌ただしく、ろくにお嬢様にメイドとして従事できなかったじゃないですか? ですから‥‥どうか、このコルルめに、メイドとしての御役目をさせてください、お嬢様」
「んなの、別に気にしなくても良いのに。俺はもう貴族でも何でもねぇ、ただのメイドだ。同業者として対等に接してくれても構わないんだぜ?」
「‥‥申し訳ありませんが、それは不可能です。私は何があっても、お嬢様のメイドで在り続けます。何人たりとも、私からアネットお嬢様のメイドの座を奪わせません。例えお嬢様が私を解雇しても、自称メイドとしてお嬢様のお傍におりますから。ストーキングしますから。ご容赦してください」
両手の拳を握りしめ、無表情で、ふんすふんすと鼻息を荒げるコルルシュカ。
俺はそんな彼女に思わすプッと、吹き出してしまう。
「本当、お前って奴は面白いメイドだな。興奮しても常に無表情ってのが、見ていて本当に面白い」
「むー‥‥」
「‥‥ありがとな、コルルシュカ。どんな時でもメイドでいてくれると言ってくれたお前のその言葉は、とても頼もしいよ。いつ何時も一人じゃないって、安心できる。お前が俺のメイドで、本当に良かった」
「‥‥? お嬢様?」
「それじゃあ、行こう。もうすぐ、朝陽が上るからな」
そして前を振り向くと、俺は、そのまま聖騎士駐屯区へと続く橋へと歩いて行った。
この先、もしも俺がヘマをして、この国を出て行かなければならないことがあったとしても。
きっとコルルシュカだけは、俺の味方でいてくれる。
そう考えると、心の奥がどこか‥‥軽くなったように感じられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「オーホッホッホッホッ!! ご覧なさい、ロザレナさん、アネットさん!! 蛇女のメイドを捕らえてやりましたわーっ!!」
「むーっ!! むーっ!!」
コルルシュカと学園の前で別れ、寮に戻ると、そこには金髪ドリルお嬢様と、腕と足を縛られ猿轡を咥えさせられたコルルシュカそっくりのメイドの少女‥‥エリーシュアの姿があった。
その光景に、俺は、丁度二階から降りてきたばかりのロザレナと共に、玄関ロビーで二人して首を傾げてしまう。
「あの、ルナティエ様‥‥。これは、いったい‥‥」
「見て分かりませんの? 学級対抗戦当日に、シュゼットのお気に入りメイドの女をひっ捕らえてきたんですわ!! これで、あの蛇女のメンタルに少しでもダメージを与えることができたでしょう!! わたくしってばやっぱり策士ですわぁ~!! オーホッホッホッホッ!!!!!」
「いや‥‥だからルナティエ、それワンパターンなのよ‥‥あたしたちの時にも人質作戦、やってきたじゃない‥‥」
そう言って頭を振ると、ロザレナはエリーシュアの猿轡を外し、声を掛けた。
「貴方、大丈夫?」
「ぷはっ‥‥はぁはぁ‥‥。あ、あんたたち!! こんなことをして、恥ずかしくないの!? 卑怯者!!」
「それを言うなら、あたしじゃなくてあの女に言って。貴方をここに連れてきたの、あいつの独断だから」
そう言ってロザレナはルナティエを指さすと、ルナティエは口元に手を当てて高笑いをし始める。
「オーホッホッホッホッ!! 卑怯者結構!! どんなことをしてでも勝利を掴みにいく‥‥それがこのわたくし、ルナティエ・アルトリウス・フランシアの戦い方ですわーっ!! 足元を掬われる方が悪くってよ!! オーホッホッホッホッ!!!!」
「ふんっ。どうせ、シュゼット様に勝てそうにないから私を人質にしようとしたのでしょう!? でも、残念だったわね!! あの御方は、私なんかいなくても無事に勝利を収めるに違いないわ。私に人質の価値なんてゼロよ!!」
「ふんっ。そんなこと、端から分かっていましてよ? これはただ、毒蛇王クラスの人員を減らすために行使した、軽い先制攻撃、盤外戦術の一手‥‥。まぁ? 先に盤外で攻撃してきたのは貴方たちなのだから? これくらいやられても文句は言えないでしょうけれど?」
「? 先にやったのは私たち? いったい、何を言っているの?」
「フフッ、オホホホホホ‥‥。このわたくしが、気付いていないとでも思っているのかしら? 貴方のご主人様が、わたくしたちのクラスのアリス・キェス・リテュエルを裏から操って、内通者にしていたこと‥‥まさか、隠し通せているとでも思っていたんですの?」
「え‥‥?」
驚いたように目を丸くさせるエリーシュア。
彼女だけでなく、ロザレナも同様に驚いた表情を浮かべていた。
「待って、ルナティエ‥‥それ、どういうことなの?」
「簡単に説明致しますと、わたくしたちが級長の座に座っていることを快く思っていないアリスさんを、シュゼットさんが手駒にして、クラスの情報をリークさせていたんですの。例えば、能力の検査結果表などとか、ね‥‥」
そう言ってロザレナにニヤリと笑みを浮かべると、ルナティエはエリーシュアを見下ろし、腕を組んだ。
「残念ながら、アリスさんに渡した検査結果表は全て、わたくしがデタラメに書いたものですわ。誤情報を掴まされて残念でしたわね~、毒蛇さんたち~、オホホホホッ!」
「な、何で‥‥何で、アリスがこちらに寝返っているって、分かったの!? 私、シュゼット様とアリスが密会している時は、常に周囲を警戒して、周りを見ていたのよ!? あんたの姿なんて一切見なかったわ!! 変に目立つあんたの黄金の巻き毛なんて、見落とすわけがないし!!」
「当然ですわ。アリスさんの元には、情報兵部隊のわたくしの信頼できる部下を、常に派遣してストーキングさせていましたので。‥‥あぁ、何故、アリスさんがそちらに寝返っているって分かったかという点ですか? それはわたくしが敵だったとしたら、まず間違いなくクラスに悪感情を抱いている生徒を利用しますからね。少し考えれば誰でも分かること。自明の理、という奴ですわ」
「‥‥‥‥まさか、シュゼット様の策略が読まれたというの? こ、こんな、変な髪の女に‥‥?」
「変な髪じゃないですわよ!! ‥‥コホン。まぁ、シュゼットさんもこの程度のこと、気付かれても大したことはないと思ってるでしょうけれどね。それに‥‥ベアトリックスさんがもう一人のスパイであった以上、わたくしたちの情報は毒蛇王クラスに全て筒抜けとなっていたことでしょうし。彼女にとってこの件は、あまり痛手にはなっていないでしょう」
そう言ってため息を吐くと、ルナティエは「ただ‥‥」と呟き、不敵な笑みを浮かべる。
「ただ‥‥盤外でのやり取りで、このわたくしが遅れを取るつもりは毛頭ありませんわ。例え、魔法も剣の才も恵まれた超人だとしても、頭脳戦ならば敗けなくってよ。学級対抗戦のために用意した策は、これだけではないですから!! 覚悟しなさい!! オーホッホッホッホッ!!!!!」
そう言って高笑いするルナティエの姿に、ロザレナは柔らかい笑みを浮かべる。
「敵だった時は、性格最悪で卑怯で陰湿で、悪印象しかない女だと思っていたけれど‥‥味方になると、とても頼もしく感じるわね。そうは思わない? アネット」
「そうですね。ルナティエ様がいなければ、恐らく、黒狼クラスはスパイを野放しにしたまま学級対抗戦当日を迎えていたでしょうからね」
「む‥‥それって、あたしじゃシュゼットの策略は見抜けなかった、って、そう言いたいの?」
「人には向き不向きはあるものですから、お嬢様」
「むむむむ‥‥。何か、朝から腹立つこと言うわね、このメイド」
ロザレナに両手で頬をギューと引っ張られる、俺。
そして彼女にジト目を向けられ、俺は思わず眉を八の字にしてしまった。
「い、いひゃいです、おひょうさま‥‥」
「最近、好き勝手に動いている罰よ。貴方が裏で色々と動いているの、あたしが気付いてないとでも思った?」
「そりぇは‥‥そにょ‥‥」
「というか‥‥前から、どう突っ込んで良いのか分からなかったんだけど‥‥そのピアスと指輪、いったい何なのよ。貴方、そういうアクセサリー付けるのってあまり好んでいなかったわよね?」
「こ、こりぇは、ありゅ人から貰った魔道具です‥‥」
「ある人? ま、まさか、男‥‥じゃないでしょうねっ!?!?」
あ、不味い流れだ‥‥と思った俺は、即座にロザレナから離れ、逃走の動きを取る。
「お、お嬢様!! きょ、今日は学級対抗戦ですよ!? そ、そういう話は、戦いが終わった後でお願いします!!」
「あ、逃げるんじゃないわよ、アネット!! ちゃんと誰から貰ったか、話を聞かせなさい!!!!」
雨天の節、30日。学級対抗戦当日。
初夏の空気が漂う爽やかな空気の中、満月亭の朝は騒がしく過ぎていった。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
学級対抗戦編・・・・作中とリアルの時間軸を合わせたいので、6月中に終わらせたいところ・・・・果たしてできるのだろうか・・・・笑
夏に、短編で水着回が書きたい三日月猫です。
おっさんメイド(アネット)に水着を着せたい、今日この頃の三日月猫です笑