幕間 オフィアーヌ家の晩餐会
《シュゼット視点》
王国の最北にある、深い森が広がった広大な大地ーーーーオフィアーヌ領。
領地の大部分を覆うフィアレンスの森の中央にあるのは、四大騎士公の一角、オフィアーヌ家の御屋敷。
現在、オフィアーヌ家には当主はおらず、先々代の当主が代理当主として一家のまとめ役を担っています。
その下に連なる血族たちは、皆、『フィアレンス事変』を機に一新された者たちーーーーつまりは、先代当主の弟方の分家筋の者たちであり、正当な血を引く者たちではありません。
現在、この家に居る正当な血を引く者は、当主代理であるご老公と、先代当主の唯一のひとり娘である、私‥‥シュゼット・フィリス・オフィアーヌだけ。
フフッ、この真実を知った者は、何故、先代当主の娘である私が聖騎士団に殺されていないかが、不思議でならないことでしょう。
詳しい部分は割愛致しますが、あの事件を引き起こした首謀者が、バルトシュタイン家と密接な関係を築いていた私の母親であったから‥‥だから私の命は守られている、簡単に説明するのであればそんなところでしょうか。
現在、私の母はお父様の弟である分家当主の妻となっている。
これだけ言えば、どんなに愚鈍な方でも察しが付くのではないでしょうか。
そう、私の母は、バルトシュタイン家並びに分家当主と共謀し――――先代オフィアーヌ家当主と第二夫人アリサ、そしてその子供たちを謀殺したのですよ。
先代当主、父、ジェスターは、政略結婚で妻となった私の母よりも、恋愛結婚で妻となったアリサを溺愛していた。
加えて、彼女のお腹にいる第二子が、私よりも多くの魔法因子を持っていたことが判明したから‥‥それがきっかけで、母は、父とアリサの子供の殺害を決断した。
そんな、些末な嫉妬の末に起こった惨劇の顛末。それが、『フィアレンス事変』の真実。
本当にくだらなさすぎて、吐き気を催しそうな話です。
本当に、愚劣極まりない――――今思い返してみても、馬鹿げた話。
「――――シュゼット様。お顔色が優れませんが‥‥大丈夫でしょうか?」
馬車の車窓から外の景色を眺めて、物思いに耽っていると、隣からエリーシュアがそう声を掛けて来た。
私はそんな彼女に微笑みを浮かべ、口を開く。
「久しぶりにお屋敷に帰るからでしょうか。少し、緊張しているのかもしれません」
「奥様は、シュゼットお嬢様の帰省にとても喜んでいると思いますよ? それに、お爺様や、他の方々たちだって‥‥」
「フフフッ。あの家の者たちが私を歓迎していると‥‥本気でそう思っているのですか? エリーシュア」
「お嬢様‥‥」
「オフィアーヌ家に蔓延るのは、権力と金に目がくらみ、奢侈を尽くす、欲深い醜悪な愚か者たちばかりです。誰も彼もが当主の座を狙って、目をギラギラと輝かせている。‥‥まったく、正当な後継者ではない者たちはこれだから。品がなくて、相手をするのにほとほと疲れます」
「‥‥‥‥シュゼット様は、やはり、ご家族のことがお嫌いなのですね」
「当然です、エリーシュア。私を当主に据えたいからと一家惨殺という暴挙に出た母も、呆気なく息子夫婦を王家に売り渡した祖父も、私に不快な視線を向けてくる義父も、当主の座を狙っている義理の兄たちも‥‥本当に‥‥本当に、全員、殺してやりたいくらいには、私は、憎くて仕方がないです」
「‥‥‥‥」
俯き、何も言えなくなったエリーシュアを一瞥した後、私は再び車窓に目を向ける。
そして、深い森が延々と続く外の世界を見つめながら、ぽそりと呟いた。
「異母兄弟である亡き兄ギルフォードと、産まれた直後に亡くなったとされる私の義理の弟か妹‥‥彼らと死んだお父様だけが、私の家族です。あのような醜悪な連中を家族などと呼ぶだけでも、うら寒い」
「‥‥‥‥シュゼット様‥‥」
「まったく。競う相手がいなければ、せっかく磨いたこの力も意味がありません。ギルフォードと、私よりも魔力があったとされる末の子‥‥あの二人と、ぜひ、当主を巡って争ってみたかったですね」
ほうっと重たい吐息を吐く。
車窓から見える満月は、そんな私を嘲笑っているかのように――――明るく、燦々と光を放っていた。
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「全員揃ったか。では、これより晩餐会を始める。‥‥おや? 今日はシュゼットも同席しているのか?」
長方形の巨大な長机――――リフェクトリーテーブルの上座に座った老人、現オフィアーヌ家当主代理であるギャレット・クロウ・オフィアーヌは、末席に座る私に対して、そう言葉を放ってきた。
そんな彼に、私は目を伏せ、優雅に会釈を返す。
「お爺様、ご無沙汰しております」
「うむ。健在そうで何よりだ。‥‥そうだ、アンリエッタから聞いたぞ。聖騎士養成学校では無事に級長に抜擢されたそうだな。四大騎士公の末裔として、良き結果を残したな。流石はこの家始まっての才女、といったところか」
「ありがとうございます。これからもオフィアーヌ家の名に恥じぬよう、励んで行きたいと思います」
「うむ。二日後に開催される学級対抗戦とやらでも成果を残すこと、期待しているぞ」
「お任せを」
祖父に対して深く頭を下げる。
そして顔を上げると、私は柔和な笑みを浮かべた。
そんなこちらの様子に、突如、向かいの席からヤジが飛んでくる。
「‥‥おい、吸血鬼。何故、お前がここに居る? 今宵はオフィアーヌ家の家族だけが集まる大事な日なんじゃないのか?」
血縁上は従兄に当たる、義理の兄―――アレクセイが私にそう声を掛けてきた。
その不機嫌そうな顔に、私は口元に手を当て、微笑を浮かべる。
「お兄様、そのような酷いことを仰らないでください。母親は違えど、私は貴方の妹なのですよ?」
「はっ! 弟たちを殺し、その血を啜った吸血鬼が俺の妹を名乗るか! これは傑作だな!」
そう言って乾いた笑みを浮かべると、アレクセイは祖父ギャレットへと視線を向ける。
「お爺様。この吸血鬼が晩餐会の席に同席しているというのはどういうことなのでしょうか? 家族が揃うこの場にこの女が居るのは、おかしいと思いますが?」
その発言に、私の隣に座っていた豪奢な衣服を身に纏った女性―――私の母、アンリエッタは、ファーの付いた扇子を口元に当てると、嘲笑の声を溢した。
「フフフッ。アレクセイさん、うちのシュゼットちゃんに変な言いがかりは止してくださいますかぁ? あ・れ・は、事故として処理された出来事です。それを掘り返してシュゼットちゃんを犯人扱いするだなんて‥‥これだから歴史の薄いマルセロナ子爵家出身、第二夫人ロレイナの子供は! 躾がなってないというのがまる分かりですね! ウフフフフフッ!」
「亡くなった母上を愚弄する気ならば、許しはしませんよ!! アンリエッタ殿!!」
「べっつにぃ、貴方に許されなくても困りはしませんけれどぉ? 貴方は第二夫人、ロレイナの息子、それも次男。私は第一夫人、アンリエッタ・レルス・オフィアーヌ。どちらがこの家で力を持っているかは‥‥分かっていますでしょう?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる母に対して、アレクセイはギリッと歯を噛み締め、眉間に皺を寄せる。
そんな彼の隣に座っていた――黒髪の男、オフィアーヌ家の長男は、アレクセイの肩をポンと叩き、静かに口を開いた。
「アレクセイ。あの事件のことをここで口にするのはやめるんだ」
「何でだよ、兄貴!! この吸血鬼がジョシュアたちを殺したのは間違いないだろ!!」
「何度も言っているが、あの事件にはシュゼットが手を出したと言う確たる証拠が無い。ここで材料が不足している時点で、あの女を追い詰めるのは無理だ。諦めろ」
「で、でも!!」
「落ち着け。シュゼットを仕留めたいのならば機を待て」
その台詞に悔しそうに顔を歪めると、アレクセイはどかっと苛立った様子で椅子へと座り直した。
そんな彼を見下ろして「ふぅ」とため息を吐くと、黒髪の男はこちらに視線を向け、声を放つ。
「すまない。せっかくの晩餐会で余計なトラブルを起こしてしまったな。謝罪しよう」
頭を下げてきた彼に対して、私は微笑を浮かべながら開口する。
「私を仕留めたい、ですか。フフッ、相変わらず好戦的ですね、お兄様は。‥‥いえ、ブルーノ先生、と、そうお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「別に、好きに呼んでもらって構わない。ただ、学校ではあまり僕に絡んで来ないでもらえると助かる。僕は、聖騎士養成学校ではブルーノ・レクエンティーと、そう名乗らせてもらっているからな。オフィアーヌ家の人間であることは極力隠したいんだ」
「何故、オフィアーヌ家の性を名乗らないのですか?」
「簡単な話だ。四大騎士公の名を語れば、金に目がくらんですり寄ってくる人間が後を絶たないからだよ。あと、邪な好意を持った女生徒も寄ってくる。そういうものが僕は凄く嫌いだ。うっとおしいのが苦手なのでね、できる限り静寂な暮らしを好みたい」
「フフッ。オフィアーヌ家の家名が無くても、どうやら女生徒にはおモテになられている様子ですが? 鷲獅子クラスの担任教師である貴方は、一期生の女生徒たちの間でもとても人気のようですよ?」
「迷惑甚だしい話だ。顔だの金だの身分だのですり寄ってくる女性を、伴侶にする気などは毛頭ないというのに。僕はいずれこのオフィアーヌ家の当主になる男だ。伴侶にも、それ相応の気品がある人物を選ぶつもりだよ」
「いずれオフィアーヌ家の当主になる男、ですか。フフッ、フフフフフッ。分家出身の分際で、よくもまぁそこまで分不相応のことを言えますね。何処からその自信が出てくるのでしょうか? 死に化粧の根でも服用なさっているのですか?」
「別に、自信があるわけではないさ。ただ‥‥君を当主に据えたら、このオフィアーヌ家が終わる‥‥と、僕はそう考えているからね。必然的に僕が家督を握らざるを得ないと、そう結論付けたまでだよ。何か可笑しいことはあるかな?」
そう言って、私はブルーノの漆黒の瞳と視線を交わし合う。
どこにでもいる、クマの深いくたびれた男に見えるが‥‥その実、彼は元聖騎士だったことから、剣の腕がそれなりにある。
魔法因子もそこそこあるので、現オフィアーヌ家においては私に次ぐ実力者と言っても良い相手だろう。
彼ならば‥‥少し、遊んでみるのも面白いかもしれない。
私は唇を舐めて、目を細めた。
「お兄様。ひとつ、余興として‥‥私と決闘でも致しませんか?」
「決闘、だと‥‥?」
「ええ。クスクス‥‥もし、元聖騎士の教師が、生徒に敗北‥‥それも妹に敗けたとしたら、いったい世間は貴方をどう見るのでしょうね。教職を辞めさせられる‥‥なんてことになったら、私は思わずお腹を抱えて笑い転げてしまうかもしれません」
「‥‥」
「あら? だんまりですか? フフフッ、義理の妹に良いように言われているというのに、それでもあなたは元聖騎――――」
「ゴホン!! やめんか、お主ら!!」
険悪な雰囲気の私たちを見かねてか、祖父、ギャレットは大きく咳払いを溢した。
その声に、私たちは同時に姿勢を正し、上座に座るギャレットへと頭を下げた。
「申し訳ございませんでした、お爺様。少々、熱くなってしまいました」
「申し訳ございません。お爺様」
その声にうむと鷹揚に頷くと、ギャレットは、上座から長机に座る‥‥総勢6名のオフィアーヌ家の血族たちを見回していく。
長男、ブルーノ・ウェルク・オフィアーヌ。
長女、シュゼット・フィリス・オフィアーヌ。
次男、アレクセイ・ウェルカ・オフィアーヌ。
次女、コレット・ヴェール・オフィアーヌ。
分家当主 デッセル・ボーク・オフィアーヌ。
第一夫人 アンリエッタ・レルス・オフィアーヌ。
この六名が、現在、オフィアーヌの名を名乗っている血族たちだ。
本来であれば、私を除けば、彼らはオフィアーヌ家の分家、ネーレスシア家の名を名乗っていたはず。
それなのに、『フィアレンス事変』をきっかけに、オフィアーヌ家の人間として、四大騎士公の仲間入りを果たしてしまった。
紛い物が、堂々とこの屋敷を闊歩している‥‥私はそれが許せない。
今はまだその時ではないが、いつか必ず、血の粛清をして――正しいオフィアーヌ家に戻してやろうと、私はそう思う。
服に付いた染みを取るように‥‥綺麗さっぱり、この屋敷を美しいものにしてやるとしましょう。
それが、亡くなった兄ギルフォードと、もうひとりの名も知らぬ兄弟へのせめてもの弔いでしょうからね。