婚約破棄~で始まる物語……もう止めない?
某有名ジャンプ作品のDVDを流し見していて勢いで書いてしまいました…………(;^ω^)
煌びやかなパーティー会場に集まったのは、まだ年は若くとも王国の今後を担う貴族家の令息令嬢たち。
一生に一度である学園の卒業を祝うパーティーに各々があつらえた正装、ドレスを纏い歓談する中、この場で最も位の高い人物である第三王子が壇上に登った。
それは傍らに婚約者ではないピンク髪の男爵令嬢と背後にその取り巻き、更には婚約者である公爵令嬢を忌々し気に見下すという……ありていに言えば、最早説明不要の状況。
勝ち誇った目で見下す第三王子、怯えるように、しかし公爵令嬢にだけ見えるようにほくそ笑む男爵令嬢、更にその令嬢を愛おし気にナイト気取りで守ろうとしている男共。
対する公爵令嬢は突然の事態に戸惑っているように装いつつ、その実は全てを分かった上で用意周到に準備を終えていて……その瞳は『あ~あ、やっちゃった』とでも言わんばかり。
それは卒業パーティー名物の断罪劇のプロローグ……下手をすればコレから王国の王位継承権が変わる、派閥が激変する、と集まった人々はこれから始まるであろう茶番劇を息を呑んで見守っていた。
しかし、当初は意気揚々と公爵令嬢を見下していた王子だったが……唐突に遠い目になり、やがてどこも見ていない様子でボソリと呟いた。
「なあ……婚約破棄する~で始まる物語……もう止めない?」
「「「「「「……………………は?」」」」」」
カラカラカララララ…………
その瞬間訪れたどうしようもない静寂の中、何かが風にあおられ転がる音だけが会場に響き渡った。
この人は一体何を言っているのだろう?
その時、まさに会場の気持ちは一体となった。
公爵令嬢も会場の貴族家令息令嬢たち、ピンク頭の男爵令嬢や取り巻きの男たちでさえ気持ちを一体にしてしまうくらいに王子の発言は意味不明であった。
しかしそんな空気の中でも、やはり王妃教育を受けて来た公爵令嬢はさすがであり、すかさず気を取り直して発言する。
「あの……殿下? 一体何をおっしゃっていらっしゃるのでしょうか?」
それは奇しくも第三王子にあらぬ罪を着せられた際に言うつもりだった言葉であったが、王子は激高する事も無く、ただ力なく空虚な笑みを浮かべた。
「だってさぁ~、どうせこの後俺が浮気相手の言葉を鵜呑みにしてドヤ顔で断罪しかけてから全部理路整然とやり返される断罪返しが待ってんだろう? その上で俺は良くて廃嫡、悪けりゃ幽閉の上で飼い殺し。もっと悪けりゃ去勢されて放逐、労働も碌に知らない俺は早々に野垂れ死ぬってのが関の山なんだろ~? もう何回目だよコレ」
その目は暗かった……何処までも暗く、どこまでも深い漆黒。
まるで過去何百何千と葬られてきた何かが憑りついたかのように話す姿は……恐怖をあおるというよりはやさぐれているだけにも見える。
やがて彼は壇上にそのまま座り込んでおも~い溜息を吐いた。
「ざまぁ展開って考えると……まあ公爵令嬢、君は良いさ。これまで苦労させられた上で浮気されて体よく断罪されるところをやり返すってんだから証拠集めての倍返しは正当な反撃だと思うよ?」
「……え? あの、ちょっと殿下?」
コレから男爵令嬢への不当な扱いで断罪してくると思っていた第三王子からの、まさかの浮気を認める発言に公爵令嬢は「え!? 不貞負だったのを認めるの!?」と驚愕する。
「だけどここからの展開は無理があり過ぎるだろ? 理路整然と公爵令嬢に事実無根を突きつけられた後、そこから偉ぶって威厳あるかのような顔で国王陛下が出て来るんだろ? 今までは様子見ていたとか信じていたとか、マジで国王としてクソみたいな口上垂れ流してさ~。どうせ会場の袖かドアの向こう辺りにいるんだろ!?」
「!?」
やけくそ気味の声に一番びっくりしたのは……本当にそこに待機していた国王陛下。
それは本日は所用で出かけているという事にしておいた裏工作をアッサリと見抜かれた事以前に、自分が正に言うつもりだった事をクソと称された事に対する驚愕であった。
「王子である俺には常に王国の影から情報があったから俺の行動は全て筒抜けで、断罪が不当な冤罪だったとかって……公爵令嬢が証拠にするのは良いけど、国を預かる国王が知ってて放置してた展開は無理があり過ぎるだろ」
そう言いつつ第三王子は壊れたような笑顔を浮かべて両手を広げた。
「こ~~んな大きな会場で王家の恥を晒す可能性のあるバカ息子だぞ? 影の情報で知っていたら尚更速攻で対処するもんだろ? やらかした後で冷酷な決断しました~とか言っても今更感が半端ない、それまで何もできなかった無能の証明じゃね~か!?」
「ちょ、ちょ、ちょ!? 殿下!?」
「他でもない王族が衆目でやらかすんだぞ? 今後の影響考えたって幽閉でも負傷でも毒殺でもいいからこの場に俺がいないようにするのが本当の意味で正しい王家の対応だろうがよ! 大人として、国王として今まで何もしなかったクセして今更威厳もクソもねぇっての! な~にが“そこまで愚かとは思わなかった!だ、ふざけんな!!」
このままでは色々とマズイ! そう判断した男爵令嬢も慌てて第三王子をガクガクと揺さぶるが、彼は更にヒートアップする。
「お前だって気に喰わなく無いのかピンク頭! 一体何百回バカ女やらされてきたと思ってやがる!! そもそもゲーム補正とか転生知識とか言うけど、元が日本人の時点で逆ハー画策するバカ女は無理があり過ぎるだろ!!」
「!?」
ぶわり! その瞬間、王子の全身から白い霧が発生したかと思うと一気に男爵令嬢の口から体内に侵入して行き……今まで儚げな雰囲気で第三王子の隣に納まっていた男爵令嬢の目が、みるみる第三王子と同じような暗黒を称えた暗いモノへと変化していく……。
そして……彼女も溜息交じりにその場に屈んで、いわゆるウ〇コ座りになった。
「……ま、そうっスよな。大本に日本人の常識があるなら“私は大勢のイケメンにちやほやされたいの、きゃは”みたいな思考自体があり得ないッスものね」
「そうだろ? 大体本来女性はそっち方面に強かなもんだ。計算高く男を転がそうと思っている女だったら尚の事逆ハーなんぞ狙うかよ。それも第三王子、公爵家の婿入りが無くなったら地位も何もかも無くすような危険物なんて……」
「無いわ~、そもそも先の知識を知っているからって実行する胆力があるのは変ですよ。一人部屋の中で必殺技を叫ぶのと同じくらいイタイ所業っすからね」
「あ~~分かるわ~~」
仲良さげに話す二人。
だけどその光景はさっきとは打って変わったやさぐれ者同士の愚痴の零し合い。
男女間に漂う恋愛感情の甘い雰囲気など影も形も無かった。
やがて取り巻いていた第三王子の取り巻きたちにも発生した白い霧がまとわりついて行き、学園では男爵令嬢の信者とまで言われた男共も似たように負のオーラを称えた瞳でウ〇コ座りになり始める。
「それを言うなら俺たちもそうだろ? この場にいるってだけで家の方は何も対処していなかったと同じ事。一人の令嬢に入れあげて自分の婚約者ないがしろにしている時点で切られていないと国にも他の貴族に示しが付かないからな~」
「そうですね、蜥蜴の尻尾切りというには余りに判断が遅すぎます。こうして公爵令嬢の前に立っているだけで暴行に至る危険は高いというのに、我々がここにいる事を容認している。それだけでも論外でしょう?」
「証拠集めしているヒマがあるなら証拠事俺らを潰してしまえってのな……」
「大体にして、内情を理解して救ってもらったから心を許したって展開だって、内情を知っていればまず“何で知っていたのか”を疑うだろうし、そもそも別の男侍っているだけでドン引きだろ?」
それぞれが王国内でも発言権のある貴族家の令息たちだが、彼らが漏らし始めた言葉に周囲の貴族たちは得も言われぬ異様な光景に戦慄を覚えていた。
何が異様かと言うと、彼らは誰一人として自分たちがコレから処断される事について確信しつつ、尚且つその事には一切悲観も絶望もしていない事である。
あえて言うならば……飽き飽きしているというか、達観している。
明らかに原因は王子から発生した霧……その陰鬱とした空気を作り出した霧はやがて連中からドンドンとパーティー会場に広がり出した。
その時、今まで全く姿を現す事の無かったイケメンが唐突に公爵令嬢の隣に現れた。
「あ、あれはまさか!?」
「何かご存じなのですか!? 断罪後に脈略なく登場して弟の婚約者だから遠慮していたとか見守っていたとか屁理屈捏ねて、結局は父が怖くて何もしなかっただけのクセに弟のやらかしでこれ幸いと再婚約をしようとか考えて、またまた困っている時に何一つ手助けもしなかった根性なしで棚ぼた狙いの第二王子殿下……は!? 私は一体今何を……」
「ぐはああ!?」
しかし現れた第二王子は公爵令嬢のクリティカルヒットで臓腑を抉られ致命傷を負い吐血……早々に倒れ伏した。
しかし彼は歯を食いしばって顔を上げる。
「く……既に君にも影響が出始めているようだな。第三王子の体から発生しているあの霧は一種の怨念の塊。取り付かれた者はその場のテンションを駄々下げてまるで他人事のように自分を俯瞰で見るようになって物語の矛盾や粗が目に付いてしまう事によって物語の終焉をグダグダにしてしまうという恐ろしい存在、白気!!」
「ホワイト・エアー!?」
「君も既に感じているだろう? この茶番展開の無理さ加減を、本当は全ての人が分かり切っているのに逃れられない理不尽さを。僕に対して窮地に駆け付けたナイトではなく、何にもしなかったクセに今更何しに来やがったんだこのカスとか、そんな感じの白けた気分を……ぐぼう!?」
「ちょ!? 第二王子殿下! 確かにおっしゃる通りですけど自分で言って自分でダメージ受けないでくださいな!!」
再び吐血した第二王子に駆け寄る公爵令嬢だったが、既に彼は気を失っていた。
返事がない、ただの屍のようだ……。
その間にも白い霧はドンドンと広がって行き、公爵令嬢にもその影響は増大して行く。
やがて意識は朦朧とし、段々と自分自身の役割というモノに対して全ての熱が無くなって行く気がしてくる。
貴族の矜持とか公爵家令嬢のプライドとか、そういう当たり前持っていた感情ではない、根本的に自己を構成していたハズの重要な熱が……。
「そーなのよねー、大体悪役令嬢って役割にも無理があんのよ……家ごとの地位云々を考えたって婚約者が浮気した時点で大人の介入が無いのは不自然だもの。よくある教科書破いたとか階段から落とした~とか、そんなの剣と魔法の世界で階級を重んじる学園なら至る前に対処しなきゃいけない事じゃない。な~んで私が対処しなきゃならんのよ」
「そーだろあっちゃん、俺達このテンプレ展開やり過ぎてマヒしてたけどさ~。こんな浮気野郎を第三王子として放置している辺りでそもそも国が終わってんだろ?」
「ですよね~。私なんか男爵令嬢の立場で王子のエスコートでしかも新品のドレスをプレゼントされてるんですよ? 血税をこんな事に使って云々言う前に私が今、生かされている事自体が問題でしょうに……」
「テンプレとはいえ、何度も断罪されてっと無理が出て来るよな~」
そして徐々に徐々に、パーティー会場にいた者たちの全てがやさぐれた目付きになって地べたに座ったりウ〇コ座りになり、言ってはならない、知ってはならない自分たちの立場について愚痴り出していた。
白気……それは世界に生み出された凶悪な想念。
発生した経路を語る事は出来ないが、具体的には今まで何度も何度も無能を露呈して断罪されてきた王子たち、ヒロインたちの怨念……いや、愚痴の塊であった。
『さすがにバカすぎるだろ……』
『そこまで周りを見てないものか?』
『幾ら何でもビッチに引っかかり過ぎ……』
『取り巻きの一人ぐらいはまともでいろよ。何だったら王家が始末しろよ……』
それは彼らにとって聞いてはいけない、見てはいけない、知ってはいけない愚痴。
何故なら理解した瞬間にバカではいられなくなる、物語を成立させるための役を全うする存在を失ってしまう危険な心理であるから。
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しかしこのままでは自分たちの役割を全て忘れ去ってしまう、王子たちも「もう断罪劇って感じでもねーし別で飲み直すか、あっちゃん」「そうね……ピンクちゃんも行く?」「あ~行きますよ姉御」とか妙な感じで意気投合し始めていたその時だった。
パーティー会場に黒く禍々しい黒い霧が現れたのは……。
その黒い霧は徐々に人型に形を作って行き……しばらくすると三体の人型へと変化していく。
「待つのだ若者よ、テンプレの何が悪いと言うのだ! それは貴殿が新たなるジャンルと成れた事の証明。婚約破棄のバカ王子と言えば自分という確固たる地位を築いた証ではないか!!」
「爽快に反撃されて、しかも欠片も罪悪感を残さない事こそ小物悪役の華! てめぇは、いやてめぇらは新たなるジャンルのやられ役として出来上がったって事だヒャッハー!!」
「その通り! しかも実際には人に害を及ぼす事も無く浮気一本で最下層まで落ちぶれて尚同情を集めないやられっぷり……まさに我らの新たな仲間として相応しい!!」
「な……貴方は……貴方方はああ!!」
そこに現れたのはどこまでも黒く、そして小物感漂う連中。
悪人面にちょんまげ、悪趣味な紋付を着込んだ悪代官。
用途も理由も分からないモヒカンに肩パット、主人公たちに羽虫の如く四散させられるためだけに存在するヒャッハーな男。
そして人体実験を繰り返し、人には苦痛を押し付けるのに自分が痛いのは絶対に嫌ってタイプの、主人公と遭遇したらワンパンで終わるマッドサイエンティストのジジイだった。
彼らはまさしく物語を盛り上げる為に誰もに嫌われて、そして誰もが主人公に倒された時に『ざまぁ』と言わしめる……いわばその業界でのプロ中のプロ。
第三王子に取り付いた白気の想念達が歓喜に打ち震える……何故ならやられ役にとって彼らは雲の上の存在、神にも等しい先輩であった。
「第三王子よ、そして彼に取り付いた全ての後輩たちよ。貴様らの想いは良く分かるぞ。ワシとて毎週毎週斬り殺されるたびにも少しマシなやり口は無いのか? せめて主人公に遭遇しない悪事は出来ないモノかと悩んだものよ……」
「ま、まさか! 貴方のような確固たる存在でもそのような悩みを!?」
「ふん、ワシとて一介の人間、同じ展開の繰り返しでは時に白ける事もあった。だが後輩よ……物語はワシが無様に切り殺されねば爽快には終わらん。いわばワシ等は物語にとって主人公よりも絶対に必要な存在なのだ!」
「は!?」
その瞬間、第三王子に、いや第三王子に取り付いていた者たちすべての背後に落雷の如き衝撃が起こった。
「そうだぜヒャッハー! 俺達以外の誰がこんな役をこなせるってんだぁ? お前がやらかさなきゃ物語は転がらねえし、しまらねぇ……」
「ワシ等が爽快にやられた時こそ主人公は輝く事が出来る! 逆に言えば悪無くして全ては始まらん! バカ王子テンプレは新たな時代に必要だからこそ生まれた必要悪、至高の存在にして新たなる力なのだ!!」
『『『『『『『オオオオオオオ…………』』』』』』』
「せ、先輩方あああああ!!」
いつしか第三王子の瞳からは涙が流れていた。
それは彼だけではなく今まで散って行った全てのバカ王子たちの想念達の涙でもあった。
自分の立場すら理解しないバカさ加減が、王族のくせに貴族の礼儀どころではない常識の無さが、婚約者以外にホイホイと引っかかる股の緩さが、断罪後にやっぱり元鞘に戻ろうとする恥知らずさが……すべての情けなさが必要な事だったのだと認めてくれる先人たちがいる。
それを知った瞬間に立ち込めていた白い霧は晴れて行き……そして参加者の全てが倒れ伏すパーティー会場に、ただ一人第三王子は立っていた。
もうそこには先輩たちの姿は無い。
だが第三王子は先人たちの言葉を胸に、決意を新たに拳を握りしめた。
「分かりました先輩たち。俺はもう迷わない……バカ王子としての道を究めて、そしていつか貴方たちのようにやられ役のテンプレと呼ばれる存在になって見せます!!」
「…………ん……う~ん? あれ? 第三王子殿下??」
そして虚空に向かいよくわからん宣言をする彼の耳に意識を取り戻した公爵令嬢の声が聞こえる。
彼はそんな彼女に向かって人差し指を突きつけて、高らかに宣言した。
「公爵令嬢よ! 貴様との婚約を、破棄する!!」
特に明確なオチも無い話で失礼いたしました……(;^ω^)
宜しければ他の作品も見ていただければありがたくて、筆者の涙腺が崩壊します!!
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