92. 夏の浜辺の戦い (6)
夜。夕食は海産物がメインの、味の薄いものが多かった。少量ずつ小皿に盛られているもので、名前はワショークというらしい。味が薄い割に美味しかったが、何というか、肉が無いのが少し不満だった。やはり男たるもの、肉を喰らい、筋肉をつけるべきなのである。あ?誰が全身ぷにぷにだこの野郎。
さて。この後はお風呂に入るらしいのだが、オレは颯爽と辞退し、今はディアナ先生の部屋から出て、渡り廊下のような所に来ている。
この宿は西館、東館と棟が分かれていて、今オレがいる西館が女子やディアナ先生がいる棟だ。そして、東側にはAクラスやBクラスの担任の先生と、男子たちが集められている。
……何が言いたいかというと、折角だから忍び込んでやろうというわけである。セシルには「ダメ」と言われたが、それで立ち止まるオレではないのだ。
それに、夕食時に、リジェが「枕投げ」なる遊びをするのがこの様式の宿に泊まる時にする時の習わしだと言っていたのが気になったというのもある。ディアナ先生がそんな遊びをするわけないし、混ぜてもらおうというわけである。大体、オレは男子なわけだし、向こうに混ざりに行ったとしても何も不都合はあるまい。
「よし、じゃあしゅっぱつー」
オレは渡り廊下を意気揚々とたったか走りだし、東館の前まで辿りつくと、珍しい横開きの扉をコソコソと開けて東館へと潜入を果たした。お風呂時を選んだのは正解である、人が少ないように思う。
それに、人目はあっても、何か「あれ?この子なんでここにいるんだ?」みたいな感じで遠巻きに見られているだけだ。恐らくは「迷子か?」的な見た目のフィルターが役に立っている気がする……よし、深くは考えない事にしよう。話しかけられても厄介だし、先生に見つかると連れ戻される可能性がある。早くリジェ達の部屋に行ってしまおう。
Cクラスの部屋は一階の端に固まっているらしく、この渡り廊下からそう遠くない位置にある。全員がお風呂に出払っているかもしれないが、そしたら端っこだし、部屋の前で待ち構えていれば良いだろう。
渡り廊下側にある休憩室と待合室のような広間を抜け、少し歩いた先。明確に共用のスペースとは区切られるように部屋が並んでいて、この先の部屋がリジェ達の部屋だ。ふはは、順調順調。
と、一番端まで到着した。恐らくはこの扉だろう。さーて、居るかな?
オレが扉をノックすると中から「誰だろ?」みたいに話し合う声が聞こえてきた。まぁ、部屋割の生徒ならノックなんかしないか。少し待っていると、扉がゆっくり開き、中から見覚えのあるクラスメイトの男子が顔をのぞかせた。
「よっ!いれて?」
「ほぁ!!?」
その男子は間の抜けた声を上げると「ちょ、ちょっとタンマ!」と小さくオレに言い残して、扉を閉めてしまった。見られたらマズいものでもあったのだろうか。
「ちょ、どうしよ、マオちゃん来たんだけど!?」
「え、えぇ!?こ、ここ男子しかいねぇぞ!?」
「ど、どうする!?どうすればいい!!こんな時にリジェは風呂行っちまったぞ!!?」
……うん、この猫耳は聴力が高いわけで、中の会話が丸聞こえである。何そんな慌ててんの。というか、早く入れてくれないとバレるってば。
それからあーだこーだと話していたが、しばらくの沈黙ののち、先程の男子がゆっくりと扉を開けた。
「と、とりあえず……は、はいる?」
「おう。おじゃましまーす」
よっしゃ、侵入成功。ふむ、ディアナ先生の部屋よりは少し大きいけれど部屋の造りはどこも均一なようだ。相変わらず、靴を脱いで入るというのが中々新鮮だ。このタトミ……タテミ?なんか良く分からん名前の床も干し草の香りが中々良い感じである。
「で……マオちゃん何しにきたの?」
「ちゃん付けすんにゃ。まくらにゃげしにきた」
「にゃげ……?なげ……あぁ、リジェが言っていた……って、こんな小さい子相手に枕投げつけられるわけねぇでしょうが!!」
「はーぁ!?オレにかかればまくらの100個や200個よゆーでよけられるんだが!?」
なんでこうも皆してオレをナメやがるのか!体は戦いを求めているのだ、四の五の言わずにかかってこいやオラァン!
と、オレがオラついている所で、バタンと扉が開いた。どうやらリジェ達も帰ってきたようだ……おや?セシルはいないようだ。
「マオちゃん!?ちょ、誰が連れ込んだんだ!?」
「ち、ちげぇよバカ!訪ねて来たんだよ!リジェ、お前が枕投げなんて余計な知識吹き込んだからだろ!?」
「あぁ!?枕投げは伝統行事だろうが!いいだろう、枕投げで分からせてやんよ!」
「上等だ!やってやらぁ!」
クラスの男子とリジェは臨戦態勢に入り、互いに布団から枕を抜き出した。何だか知らず知らずのうちに、場が温まってきた。これならここは、枕が飛び交う戦場となる事だろう。よしよし、アラソエー!
まずは男子がリジェ目掛けて腕っぷしに物を言わせて枕をぶん投げる。しかし、リジェは体を翻してそれを避けると、そのままカウンターの枕を投げ、男子がそれをキャッチする。そして、周りの男子もやんややんやと盛り上がり始め、参戦する数も増えてきた。なれば……!
「オレもマゼロー!」
よし参戦だ!さっそく傍にあった枕を持ち上げ……け、結構でかいな。まぁ、投げられない事も無いだろう。オレは両手でそれを持つと、全身を使ってそれをぶん投げようと構えた―――……その時。
「こーーーらーーーー!!」
扉の方から甲高い怒号が聞こえ、皆の動きが一斉に止まった。一様に声の方を向くと……サキとクラスの女子が数人に、ディアナ先生。どうやら、先程の声はクラスの女子によるものらしい。
「なにやっとるんだお前たちは……」
ディアナ先生は呆れ気味に呟きながらつかつかと部屋の中に入ると、枕を投げようとしていたオレの元に来た。や、やべ。
「マオ?何故ここにいるのかね?」
「えとー……えへっ」
「……はぁ。お前達、確保」
「「「あいあいさー!」」」
どうやら笑ってごまかすことは出来ないらしい……。ディアナ先生は、オレの反応を見てから合図をすると、入口に控えていた女子連中が部屋の中に入り、オレをすっと持ち上げた。
「は?え?にゃ、ちょ!まだ枕にゃげしてにゃい!」
「はいはい、大人しくしてなさいね」
「脱走にゃんこ、確保!」
「今から強制お風呂と簀巻きの刑に処します!」
「よかろう、行け」
は、え?お……フロ?ば、バカバカ!こんな公衆なお風呂なんて絶対入らないぞ!オレはここで枕投げの喧嘩に華を咲かせるんだ、離せぇ!
「「「らじゃー!」」」
「にゃぁっ!?ちょ、やめ!うにゃあああああぁぁぁぁ!」




