91. 夏の浜辺の戦い (5)
「いーやーだー!!オレはこのまま浜辺でカニさんと遊ぶんだぁ!」
サキに連れられて更衣室であろう大きな施設の前まで来たオレは、サキの腕をぐいぐいと引っ張りながら抵抗した。先ほど袋の中身をちらりとみたら、水着はあのユウの選んだフリル付きのアレ。店内ならまだしも、白昼堂々とあんなもん着れるか!!
「もー、我儘言わないでくださいな!そのまま水に濡れたら大変でしょう!?ほら、クラスの子たちも皆着てますわ!」
サキは俺の腕をがっちりと掴みながら海の方を指差した。いやたしかに皆着ているけど!なんであんな半裸の恰好で楽しそうにしてんだ信じられん!もっと貞淑をだな!反論材料、反論材料はないか……あっ!
「だってセシルも!ほらセシルは着てにゃいもん!だからオレだって着にゃくていんですー!」
「折角選んだんだから、もったいないでしょ!」
そんなこんなで、オレとサキが扉の前ですったもんだあーだこーだ言い合っていると、突如後ろからにゅっと腕が伸びてきて、オレの胴をがっしりとホールドした。何事だと後ろを振り返ると……能面のように笑顔を張り付かせた短髪でガタイの良い女子上級生がオレを持ち上げていた。
臨海授業は以前の課外授業の森とは違って、他の学年の生徒も居る。もちろん上級生も来ているわけで……よく見ると、入口側に人だかりが出來てしまっている。
「貴方たち……さっさと中に入りなさい。みんなメイワクしているだろう?」
「も、申し訳ありませんでしたわ」
「ほら、猫ちゃんも。我儘言わないで、入るぞ」
「ねこちゃんじゃねー!オレはオトコだ!こんにゃとこはいんにゃいぞ!」
「……?どうみても、女の子だろ?ほら、行くよ」
「うにゃああぁぁ!!」
オレは全身でバタバタと抵抗を試みたが……上級生、それも、中々の体格。今のオレの貧弱腕力ではかなう事も無く……ずんずんと景色が流れ、ロッカーが立ち並ぶ部屋へと押し込められた。周りには……女、女、女……。
続々と生徒たちが到着しているのもあり、更衣室の中は人口密度が高い。うぅ、だからオレは男なんだってば……それに、更衣室を覗く趣味なんかない……。必死に下を見つつ、全てを視界にいれないようにしていると、目的地についたらしく、オレは優しく地面に下された。
「ありゃりゃ、やっぱりご機嫌ナナメ?ごめんってば。ほら、でも水着あるんでしょ?着替えて海で遊ぼうよ、ね?」
「……子供あつかいすんにゃ」
オレが色々と視界に入れないように下を向きながら話しているのを見て、上級生はさわさわとオレの頭を撫でた。
「うんうん、もうお姉さんだもんね。だから我儘言わずに水着、着れるよね?」
「だからー!!!」
あーもー!なんでこう皆して幼女扱いするんだコラ!!今はこんなナリだけど、元は歴とした15歳の健全な男子なんだぞ!異性だらけの更衣室に入れられる身にもなってみろ!!
しかし、オレの心の叫びと涙目の睨みつけは意味をなさず、更にはオレがぎゃーぎゃーと言っているのを聞いた周りの女子生徒達が「手伝おっか?」と集まってきてしまっている……。
あ、アウェイだ。アウェイすぎる。なんだこの空間は……。お風呂もそうだが、なんという監獄……。
「ほら、マオ。着替えましょ」
「う、うぐぅ……むううぅ……」
オレは今にも涙が出てきそうになるのを必死に堪えながら、逡巡した……が、どう見てもここからプリズンブレイクするには、力不足である。力が、力が欲しい。この監獄を脱出するための、圧倒的な力が……ッ!
……と、祈っても叶う訳もないわけで……結局オレはうな垂れながらしぶしぶと袋の中の水着を手に取り、無言でコクリと頷いた。
すると、集まってきていた女子生徒たちはうんうんと頷きながら、オレの着ていたシャツのボタンをしゃがんで外し始め……って。ちょ、ちょっと、手伝いは要りません。要らないってば。ひゃっ!?誰か尻尾触ったな!?おいコラサキ!見てないで助けっ……ちょ、オレがいる前でしょ服脱ぐな!!
はぅっ!だからしっぽはダメっ……んにゃあああぁぁぁ―――……。
……青い空、白い入道雲、青く煌めく海……照りかえす太陽の元……オレはフリルのついた水着を着せられている。日焼け止め用のクリームっぽいものを塗られ、髪も先程と一緒のツインテール。
似合っては……いる。備え付けられていた古い鏡を見てみたが、どこから見ても、可憐な幼女という感じ。自分自身にこう言う事を言いたくないのだが……こんな子が浜辺を歩いていたら「あの子随分可愛いなぁ」と思ってしまいそうな気がする。
で、サキに手を引かれて更衣室から出てきた所、丁度オレに対し、周囲の目線が突き刺さった。その視線は恐らく、好奇とか好意とか、そんな感じ……。そして、その目線の先にいるオレは、水着と言う名の布一枚の格好だ。
「あ……ぁ……ぅ……」
思わず口から言葉にならない声が漏れる。顔が熱くなり、逆に指先や足先はフルフルと凍えるように震えている。こ、こんなの無理。ほんと無理ぃ……!
とりあえずサキの後ろにささっと隠れて、真っ赤になった顔を隠すように、ツインテールを持ち上げて顔を隠したが……。
「ぐはぁっ……!」「はぅっ!?」「きゃわっ……」
なぜかその様子を見た周りの生徒たちが苦しみ?だして、俯いたり、手を合わせたり、天を仰ぎ見たりし始めた。
……いや、何?ホント何?意味がわからん……しかし、これで視線が幾分かオレから離れたようだ。すると、オレの一連の動きに気が付いているであろうサキがオレを見下ろして、まるで「なんてことを……」とでも言いたげな顔をした。
「マオ……」
「にゃんだよぉ……もうむりだから帰ろ?ねぇ……」
「……くっ、あざといですわ……」
あざといってなんだあざといって!こちとらもう一杯一杯だっての!何言ってんだというように睨みつけるとサキが観念したのか、手に持っていた薄手の上着をしゃがんでオレに着せた。む、ぶかぶかな分、ボトムスまでギリギリ隠れる。まぁこれなら……マシ……だろうか。
「ちょっと、周りの方々への刺激が強すぎるようですから、今日はその恰好で行きましょう」
「……まぁ、これにゃら……」
結局、この日はこの上着を一日借りて、過ごすことになったが……海に入ってみて、一つ、誤算というかとんでもない事に気が付いてしまった。
この体、びっくりするくらい泳げない。なんだったら耳に水がダイレクトに入るから、潜ることも出来ない。尻尾も海水に濡れると凄くべたっとして気持ち悪い。海に向かねぇ。
しかし、よくよく考えると、猫って水、嫌いだったな……。世の猫たちが水がダメなのって、これが原因なのだろうか……いや、まぁ、オレは猫じゃないんだけど。
イカ退治においては浜辺で迎撃することになるだろうから、支障はあまりないが、前線に立つことは無理そうだ。折角だから隙を見て前に出て、ナイフを振り回してやろうかと思っていたが、今回は大人しく魔術師らしく戦うことにしよう……。
更新遅くてすみません…っ!




