89. 夏の浜辺の戦い (3)
本日は、澄み渡るような快晴である。空は高く、燦燦と太陽は輝き、その光で緑たちを育んでい……いや、ぶっちゃけよう、暑い。周りを見渡すと、クラスの連中も手を扇いだり、服の裾をぱたぱたと揺らしている。
さて、何故こんな炎天下にいるかというと……今日が、臨海授業の初日、移動日だからである。ここから海まで、とある移動手段を以って移動するため、その為の便を待っているわけだ。まぁ、乗ってもあちぃのは変わらないだろうけど……。
「あーうーあちぃ……」
オレは首元のボタンを2つ外して、首元をパタパタと仰いだ。猫耳もあるせいか、尚更暑い気がする……。あと、背中。散髪禁止令が出てからずっと背中を包み込める長さだから、すごく蒸れる。むー、サキに髪、まとめてもらえばよかった。自分だと何故かうまくいかないんだよなぁ。
前に後ろにと仰いでいる、オレの様子を見て、セシルがぎょっとしたような表情をすると、オレの斜め前にばっと立って、小声で「ちょっと」とオレに話しかけた。
「あの、ね?マオ。そうやって無闇に胸元を開いちゃだめだよ」
「……べつによくにゃい。あっついんだけ――」
「ダメ」
ぐぬ……ディアナ先生もそうだが、なぜか皆、オレの恰好に対してだけやたら厳しい気がする。
「オレにだけきびしい……」
「そうじゃないですわ、マオ。貴女が無防備すぎるだけ」
「そう。ちゃんとした格好で。ね?」
「わ、わかったよ……」
オレは渋々外していたボタンを1つだけ閉じてため息をついた。そうこうしていると、学園の敷地の外のほうから、巨大な乗り物がゆらゆらと迫ってきた。そう、これが今日、乗車するハイキャリアーと呼ばれる大きな馬車だ。
馬車、と言いながら、その実、陸クジラと呼ばれる生物が、その巨体で大きなワゴンを引いていて、車体は土属性の派生、動かすもののを応用した浮力が掛けられており、少しだけ宙に浮いている。
その他、車体がでかいのに理由があったり、陸クジラとしか相性がよくなかったりといった細かいお話はあったりするのだが、要は『低空飛行する大型の乗り物』である。今回のように、クラス単位に及ぶ大人数を一気に開けた場所に運ぶなら、こちらが都合が良いわけだ。
「おぉーでけぇー」
「俺初めて乗るわ」
皆、一様にそばに迫ったデカブツを見上げながら、感想を言っている。オレ自身はコレを見るのは、母さんの職業柄何度も見ている為、あまり新鮮味はない。だが、乗車するのは、昔に一度、母さんにわがまま言って、貨物用のハイキャリアーに乗せてもらってそれっきりなので、乗車用の物に乗るのはこれが初めてだ。
しばらくすると、上のワゴンからカタカタと橋脚が地面へと下りてきた。どうやらここから乗り込むようだ。
……ふむ、しかし、デカいというのは実に良い。やっぱり巨大な何かというのは、少年心をくすぐってとてもワクワクする。早く乗ってみたい。
オレがそわそわと尻尾を揺らしていると、それに気が付いたセシルがクスリと笑って、オレに乗る順番を譲ってくれた。なんというか、モテる男ムーヴである。
……まぁ、オレは気にせず乗るけどなっ。
オレはセシルに「あんがと」と、笑いかけたあと、ひょいっと足を橋脚に掛けて、てこてことそれを上り始めた。橋脚は、自動で下りてくるための機構が組み込まれているせいか、結構段差がある。その段差を短くなってしまった脚でぴょんぴょんと登っていると……何だか後ろのほうが微妙に騒がしい。
「後ろ姿もかわいいけれど……し、心配になりますわね。ふらふらしてる」
「ま、マオー。急ぐと危ないよー」
どうやら後ろのギャラリーがハラハラしながら見つめているらしい。いや、傾斜は急ではあるけど、手すりもあるし流石に落ちないって……。
オレは後ろを振り返って怪訝な顔をして気にすんなと手をヒラヒラさせて合図を送ると、頂上までひょいひょいと足を進め、頂上にたどり着いた。
ハイキャリアーの中はフラットな造りになっており、椅子と机が数個端の方に置いてあり、それ以外の所に絨毯のようなものが敷かれている。絨毯の上の適当な所に座っておけということだろう。
オレは少しだけ見回して、丁度良さそうな端の方の絨毯にストンと腰を下ろした。ふむ、結構厚めの生地のようだ、座り心地は悪くない。そんな風に思いながら手で絨毯をさわさわと撫でて確認している所で、後ろからセシルとサキ達が追い付いてきた。しばらく三人で座りながら、乗ってくる連中を眺めていたが、程なくしてクラス全員が乗り切ったようだ。見渡すと、意外とまだ動き回れる余裕がある。流石ハイキャリア―。座席はエコノミーな感じだが、馬車とは比べ物にならない快適さである。
……が、しかし……暑い。やっぱり暑い。送風機でもつけてくれればいいのに、そういった類の物は見当たらない。
「……せしる、あつい」
「うん。そうだけど、僕に言われてもなぁ。こんなところで水の魔術を放つわけにもいかないし」
「魔術……あ、それでいいじゃん」
流石セシルだ、頼りになる男だぜ。授業で習ったようなアイスニードルのような高威力魔術をぶっ放せば大惨事だが、要は抑えてしまえばいいのだ。回路をこうやってこうやってぇ……あとはここに風を埋め込んでー……。詠唱……は、氷の物を代用できるだろ、多分。
「こおりのかぜ」
オレが手のひらをぱっと上に開くと、そこから氷を含んだつむじ風がふわふわと回り始めた。氷のつぶが不揃いで、風もちょっと不格好なまわり方をしているようだけれど、涼を取るだけだし、これでいいや。
「マオ、こんな事も出来ますの……?」
サキは驚きながらオレの手のひらでくるくるとまわっているつむじ風を眺めている。まぁ、確かに授業では魔術はこんな使い方をしないから、物珍しいかもしれない。そして、サキの声に気が付いたのか、一人の女子生徒がこちらへと歩いてきた。
「急に涼しくなったと思ったら、マオちゃんだったんだねぇ。私にも当たらせてー」
「ん。いいよ」
オレは指でくるりと円を描いて、出力を少しだけ強くしてつむじ風を差し出した。
「ずるいー!わたしも!」
「あ、それじゃあ私も!」
「いいなー、私もー」
「もふらせてー」
しかし、それが悪かったのか、一人また一人と、オレの所へとゾロゾロと集まりだし、あっという間にオレの座っている所だけ人口密度が高くなってしまった。ていうかどさくさに紛れてなんか違う要望も混じってたぞ……ってぇ、頭を撫でるな耳を触るなぁ!!?
「それにしても、マオちゃんは魔術をまるで遊ぶみたいに使うよね」
「うん、普通はこんな事できないよー」
すっかりもみくちゃにされている中、女子生徒が渦巻いている氷の渦を見ながら呟いた。たしかに授業でこんなものは習わない。が、授業で習った分を組み合わせると、色んな魔術を生み出せるから、応用次第では結構便利に色んな事が出来るんだなぁなんて思っていたのだが……。
「その顔……マオ。授業聞いてなかったでしょ。魔術は魔術陣の回路通り、詠唱通りにしか顕現しないんだよ」
「ん?だからほら、ちょっと回路いじって……」
「ソレ、色々と間違ってるよ。あと詠唱も間違ってる」
セシルはオレが指で描いた魔術陣を一つ一つ指し示しながら間違いを指摘した。聞く限り……どうやらコレじゃまともに発動しないらしい。マジか。え、じゃあオレの手のひらで浮いてるこの陣はなんだ?
……もしかして。
「こおりのかぜ」
オレは今発動している魔術を消して、魔術陣を描かず、詠唱も行わずに右手を差し出した。すると、今度は陣が描かれることもなく、手のひらから先程のつむじ風がしゅんしゅんと音を立てながら現れた。こ、これはー……。
「……これって」
「うん、魔術……ではないね」
「……にゃんてこったい」
どうやら、知らずのうちに謎パワーを扱ってしまっていたらしい。しかもこんな送風機みたいな使い方で。
……まぁ。でも……。
「快適だからいいや」
「え、えー……いや、でも。マオがそう言うなら……」
謎パワーだろうが何だろうが、今、ココ暑い。涼、コレで取れる。つまり何も問題はあるまい。
オレは変な遠慮をせずに何個かこおりのかぜをその場に生成すると、壁に寄りかかって一息をついた。まだ海までの道は長い。少しでも快適に移動できるのならば、イカとの戦いにも身が入るというものだろう。




