86. みずぎ (3)
「ということで、マオちゃん預かっていてもらえませんか」
「ええ、ええ。もちろんです!では、マオ様。こちらへどうぞ」
ユウは両手で脇に手を回してひょいとオレを持ち上げると、店員さんにずいと手渡した。ユウの腕の中から、店員さんの腕の中に移る……かのように見えたオレだが、黙って渡されるオレではない。
そう、一瞬の隙。ユウの手がオレから離れるその刹那。体をこう、ぐいっと!
「あら?ダメですよ。大人しく待ってないと、めっ、ですよ」
……しようとしたが、すぐさま店員さんに捕まえられ、腕の中にすっぽり収められてしまった。ぐ、ぬぬ。なんたることだ。ここから強引に腕を振り払う事もできなくはないが……一応、これでも紳士で通しているわけで、冒険者でもない、ユウみたいな怪物でもない一般人に手をあげるのは良くない……。
「ふふ、可愛い。はぁー……可愛いお耳……ぷにぷにほっぺ……どことなくいい香り……やっぱり逸材ですねぇ」
そんなオレの気もしらず、店員さんは恍惚としながら、オレの頭をさわさわと撫でている……ナチュラルに子ども扱いしよって……。
「夢がまた一つ叶いました。私、ずっと可愛い子に可愛い服を着てもらって、それで一緒に幸せになるのが夢だったんです」
「ぅ……そ、そぅ……」
上を見上げると、店員さんは幸せですという感じの満面の笑みだ。そ、そんな事言われたら、尚更着ないっていう選択肢が無くなってしまうんですが……。オレがたじろいでいると、ラックを一つ挟んだところにいたサキが「これかしら?」とつぶやいて、そそくさとこちらへと戻ってきた。
「マオ、まずはこれを着てみてくださいます?」
「……もってきちゃったか……」
ぐぬ……致し方あるまい。ここは店員さんの夢を叶えるため、心を無にして挑むことにしよう。
サキから手渡されたそれは、胸の所にワンポイントのリボンの入ったベージュ色のワンピースのような形の水着のようだ。落ち着いた色だし、これくらいなら抵抗もないだろうか……。
オレは店員さんに連れられるまま、奥のカーテンへと向かい、するすると色んなものを脱ぎ捨てる。そして、目の前に例の水着。ま、まぁ、こんなのいつも着せられてるような物とそう変わりない。心を無にするんだ。心頭滅却すれば水着なんてなんともない。
で、まずは……うん?上と下が一体型……?どこかにホックとかボタンがあったりするんじゃないのか?いや、だがそんな感じの物は見当たらない。ということは、首の所から足……って事だろうか?大丈夫?伸びちゃわない?
…………。
「……サキぃー……着方がわかんにゃい」
「あ、あらら。私も水着は詳しくないですし……」
「あら。水着は初めてですか?では私がお教えいたしますね」
カーテンの隙間から頭だけひょっこりだしてサキに文句を言った所、すかさず店員さんがフォローに入るため、こちらへとやってきた。そして、慣れた手つきで、水着をぱぱっと用意し、オレの足元を掬って水着の中へと誘導した。やはり首の所から着るらしい。
「尻尾、失礼しても?」
「……へ?……あっ」
水着を太ももまであげてもらった所で、店員さんがオレに尋ねた。一瞬なんのことだと戸惑ったけれど、そうか、そうだった。尻尾の存在を忘れていた。というか、コレってレディメイドであれば、当然尻尾穴なんてものは存在していないと思うのだが……。
「ご安心ください。ちゃんと尻尾がある方用に調整してありますよ」
店員さんはオレの言わんとした事を先回りして伝えてくれたが……いや、お尻に尻尾を通す穴が必要なお客様ってオレ以外いないだろう。つまり、ここにあるコレって全部オレ用に調整されたものなわけですね……なんという無駄遣い……。しかし、本当は尻尾は触られたくないのだが……ここはお願いするしかないだろう。
「ハイ」
「では、失礼しますね……あ、もふもふ……」
「ひゃんっ!?ちょ、あのっ……はぅ!?にゃ、でたりっはっ……ひんっ!」
「あ、申し訳ありません。つい」
はぁはぁ……こ、この時点で疲労が……尻尾は触られるとぞわぞわするから、おさわりは厳禁なのだ。オレの声を聞いた店員さんは名残惜しそうに優しく尻尾を手で包むと、ちょうどお尻の上辺りに開いた穴へと尻尾を誘導し、お尻がぴっちりと水着で覆い隠された。そして、お腹、胸と水着が入っていき、最後に肩紐に両腕を通せば完了のようだ。途中肩に通すときに結構伸ばしていたように思うけれど、どうやら伸縮性のある素材で出来ていたらしい。
ただ、正直、ちょっとぴっちりとしすぎな気がする。お腹周りなんてボディラインが丸見えだ。まぁ、見られたとしてほそっこいお腹が見えているだけなんだけど……シックスパックが欲しい……。
「よし、通りましたね。あとは、お尻と胸の形をしっかりと整えて……」
「ふぁっ……ちょ、揉んでませんか!?」
「モンデマセンヨー」
店員さんに体をまさぐられ……どうやらこれで完了らしい。鏡に映る自分を見ると、似合っちゃうのが悔しくてたまらない……とりあえず、出るか……。オレはくるりと向きを変えて、後ろのカーテンを開けた。
「……ホラ」
「「「可愛い!!」」」
控えめに腕を広げて、水着を見せると、いつの間にやら選び終わっていたユウも加わって、視線が三つオレに集まる。うー。しかし、少し動くと、ぴちぴちするし、すーすーするしで、落ち着かない。世の女子はこんなのを着て海にくりだしていたとは……。
「ただ、ちょっと抑えめ過ぎたかしら。暖色だったらパステルピンクみたいな色のほうが良さそうね」
「うーん、マオちゃんの色って銀髪に淡い朝焼け色の瞳だから、どちらかというと寒色のほうが合わせやすいんだよねぇ」
「……くろいのとかにゃいの」
「黒はもうちょっと大人になってから、ですわ」
「おにゃい年にゃんだけど……」
まぁ、もうこれで二人とも満足しただろう、さっさとこれは脱いで返して……。
「マオちゃん、次はコレね!」
……ユウの手には次の水着が添えられている。他2人も似合いそう!とウキウキしているようだ。……致し方なし……。
オレはユウの手からその水着をさっと奪い取ると、勢いよくカーテンを閉めて、ぴちぴちの水着をぐいっと肩から外して脱ぎ捨てた。で、次の水着……。色はホワイト、トップとアンダーで分かれている。トップは大きなフリルのもの。周りを覆っているから、なんとなくボリューム感がある。アンダーもフリルがついていて、ひらひらしている。短いスカートのようだ。こっちは尻尾の部分がちょっと窪んでいる、穴に通さなくてもよさそうだ。
これはさすがに、着方はわかる。が、胸を覆う必要性が一体どこにあるというのか……ユウみたいな乳ならともかく……。自分の胸をちょっとだけ揉んでみても……うん、別に、膨らんでいない、と思う……思いたい。う、嫌な想像をしてしまった……さっさと着てさっさと終わらせよう……。
腕を通して……足を通して……。たぶん、これでヨシ。
「……ん」
「「「おぉー……!」」」
カーテンをさっと開けるとまた三人の視線が集まる。正直、かなり恥ずかしい。まぁ、これで正真正銘終わりだろう……。
「せっかくだから髪型も整えましょう、マオ」
「あ、次の水着ではアクセサリもつけて―――」
「はぁー……やはり逸材……素晴らしいです」
…………。
もうどうにでもなれ。




