82. 敵情視察 (3)
今回はユウの視点となっています。
うーん……ふわぁ……たしか、マオちゃんが訪ねて来ていたような……今何時……。
目を開けて、そのまま目だけ動かして、窓の方を見ると、半開きになったカーテンから、赤い日が差している。きっと今は夕方……。春であればそろそろ日も落ち切っている頃。日の長くなった夏らしく、まだ辺りは夕暮れに赤く染まっているようだ。
ふと、おでこの上のひんやりとした感覚に気が付いた。もぞもぞと体をゆっくり起こして、額のそれを取り上げてみると……水で濡らしたタオルのようだ。少々絞りが甘く、若干じっとりしていて、乗せられていたおでこの周りの前髪が少しだけ湿ってしまっている。
たしか、寝入ってしまう前に……そう、マオちゃんがやってくれたんだっけ。
(あはー……マオちゃん、今は非力だもんね……っふふ、可愛い)
私はいつもは見せないマオちゃんの気遣いに心躍らせながら、自分の額に手を当てた。……うん……うん、熱も随分収まったんじゃないだろうか。少し寝ただけでも随分回復出来たみたい。これもマオちゃんのお蔭かなぁ。
「さて……と」
そう、今週はククちゃんは実家の会合とパーティに出席している影響で、学園にはいない。スーディーンは特殊な国だ、こういった人脈づくりは学生の身とはいえ、欠かすことができないようだ。だから、今はこのお部屋に独りぼっち。同居人も使用人もいないわけだから、全然家事をやってない。貯めてしまうのも良くないし、動ける時にやってしまわねば。
と、家事をする……はず、だったのだけれど……。
ベッドから体を起こして、向こうを見やった時に気が付いた。開いたままのクロゼットから見える、いつも使っている洗濯物の篭が、空っぽだ。あれぇー……たしか、洗濯物はあそこに入れていたと思ったんだけれどなぁ……。それだけじゃない、心なしか、部屋の中が綺麗に片付いている……。
ふと、よく見ると……あら?なんだか可愛らしいサイズのブレザーが掛かっている。これは……うん、こんな小さな可愛いサイズのを着れるのは今、全生徒を探しても一人しかいない。
「んむぅ……」
「へ?」
私が「あれぇ?」と首を傾げていると、横から声が聞こえてきた。隣のベッドを見ると……。
あ、あらぁ……マオちゃんがククちゃんのベッドで寝てる。小さなおててには本が握られていて、足だけベッドの外に放り出されている。
恐らく、ベッドに座りながら本を読んでいたけれど、飽きて寝てしまったのだろう。これって……もしかして。いや、もしかしなくても、なのだけれど……。全部、マオちゃんがやってくれた……のだろうか。
というか、なんだったら、私がいつもやっているお掃除より綺麗にできている気がする。そういえばマオちゃんのお部屋って物凄く閑散としているけど、いつも綺麗なんだよね……。
……じょ、女子力ぅ……!はっ……じゃ、じゃあ、お皿とかも……?
私は、マオちゃんを起こさないようにそっとベッドから下りて、すぐそばに掛けてあった肩掛けをかけながら、そろりそろりと台所に行くと……わぉ、片付いている。軽く掃除までしてくれたようで、ゴミ一つない。そして、台所の上にカップとスプーンだけ出ている。中身を見てみると……刻んだパスタが入ったチキンスープのようだ。寄ってみてみると、横には大きな字で『食え』とだけ書いてある紙。この字はマオちゃんで間違いないだろう。
(優しい……っ!!)
いつも、懐いていない猫が威嚇するみたいな態度を取っているマオちゃんが、お掃除もお料理も、看病もしてくれたようだ。夏風邪なんて最悪だと思っていたのに、予期していないサプライズに思わず風邪に感謝しそうになってしまう。
置いてあるスプーンで一口掬って食べてみると……味を薄く調整してあって、弱っているときでも食べやすいようになっている。
……うん……優しい味……お母さんは料理ができないから、料理人の料理ばかりだったけど、これが家庭の味……なのかな。なんとなく、胸がほんのりする心地だ。
私は両手でカップを包んで熱の魔術を詠唱し、そのスープを温めなおすと、カップを部屋まで持って行って椅子に座った。夕暮れが照らす部屋の中、静かに2人きり。言葉にするのが少し難しいけれど、なんだかとっても……いいなって思う。はぁ、起きたら帰っちゃうんだろうな、うー、ククちゃんと3人部屋にならないかなぁ……。
……マオちゃんの作ってくれたスープを飲み終わり、カップを台所に置いてから、寝ているマオちゃんの前に来た。今まで何度か見てきたけれど、やっぱり可愛い寝顔……前よりも長くなった銀色のまつ毛に、ぷにぷにのほっぺ。お化粧をしていないのに、瑞々しい唇。
顔に掛かってしまった絹のような銀の髪を優しくよけると「うぅん」という、鈴のような声が口から出る。きっと、この言葉が一番似合うと思う「まるで天使だ」。
お掃除と言い、スープといい、なんだかんだ言いつつ、結局優しいのがマオちゃんだね。意固地でムキになっちゃう所も、素直で一直線な所も、そんなところも大好きで、大好きで、会って、剣を交えている頃から、ずっとこの子しかいないと思っていた。
だから……。
「ねぇ、マオちゃん……」
小さく語りかけてみる。もちろん返事はない。
「……お嫁さんになってほしいな。ずっとずっと、本気で言っているんだよ?」
これはずっと、マオちゃんに言ってきた台詞。
お母さんは何度も「お嫁さんになって、ずっと幸せだ」ってお父さんが亡くなってからも語ってくれていた。そうやって、大切な人を遺してしまったとしても、幸せにできるなら、私はマオちゃんをお嫁さんにしたいって思うんだ。マオちゃんは何だか嫌がっていたけど……ね。
「はーあ。今はライバルなのかなぁー」
私は小さくため息をついて、マオちゃんのほっぺたをぷにと押してみた。指が包まれるような柔らかい感触がする。一方のマオちゃんはちょっと不機嫌そうな顔をした。
そんな反応に癒されながら、時はゆっくりと過ぎていった……。
……ちなみに、その後、目を開けたマオちゃんを送り届けた時は顔を真っ赤にしていた。どうやら日が落ちる前にこっそり帰る予定だったようだ。
心配になって留まっちゃって、さらに寝ちゃう辺りが本当にマオちゃんらしい。自分では絶対に認めないだろうけど、マオちゃん、本当に危なっかしいから、守ってあげなきゃって思う。
やっぱりマオちゃんはお婿さんじゃなくて、お嫁さんだね。




