75. カフェテリアにて (3)
昼下がり。夏の気配に沸き立つ王都の一角、装飾の施された絢爛なカフェテリアの中、声にならない声が晴天の空に木霊して消えた…………。
「ふぅ、成敗完了じゃ」
「は、はわわ……」
驚愕したオレの目線の先。とんでもない色をした液体の入った瓶を無理やり口に突っ込まれたカラクが、青い顔をしながら白目をむいて倒れている。じ、ジーザス……。
一連の犯人はふぅと一息つくと、上に手をスッと挙げて、パチンと指を鳴らした。すると、どこからともなく顔を薄黒いベールで隠した屈強な男たちが現れ、この場を囲った。
……い、いやいや、何この状況……。というか、指鳴らして呼ばれた人たちもこの惨状を目の当たりにして、どう見ても動揺していらっしゃいますが……。
「連れてってくりゃれ……ハァ。色々とすまんの、マオ。怖がらせたかの?」
「イエ、メッソーもにゃイデス」
回収されていくカラクだったものを尻目に、オレはとりあえず二次被害にあわないように、背筋を正してククに返事をした。しかし、もうカラクがヤラれてしまった後でなんなのだが、オレ、特に何もされていないし、とりあえずケーキ食べたいだけなんだけど……。
「あの、でも、べつにオレ、にゃんもされてにゃい……」
「ん?あぁ、大体の事情は察しておる。今回は良い機会だからぶっ飛ばしてやっただけじゃから、気にするな」
オレが怒らせないようにおずおずとククに弁明したが、どうやら、ククの恨みはまた別の所にもあったようだ。
ククは回収されていったカラクが見えなくなったのを確認すると、最後に残っていた一人に「これを後で彼奴に飲ませて」と、紙で包まれた粉末を渡して、解散を指示した。恐らく、解毒剤とかそういった物なのだろう。指示された男が一礼して去ると、大きなため息をついて先程カラクが座っていた場所にククが腰かけて大きなため息をついた。
「はー、明日は女子会というに……。まぁ、良いか。わしも紅茶を貰おうかの」
ククはそう言うと、テーブルの真ん中に置かれているベルをチリンチリンと鳴らし、先程のウェイトレスさんを呼び寄せた。
……グルだったからだろうか、カラクがククに代わっても、ウェイトレスさんは特に困惑する様子もなく、常に微笑を浮かべながら、ククの注文を聞いている。なんというか、プロだ……。
オレが手を付けずに背筋を正していたからだろうか、注文が終わると、ククが「食べとっても良いぞ」と笑顔でこちらに言った。そう、まだケーキは半分くらい残っている。紅茶は少し冷め始めてしまったけれど、食べてもいいなら気にせず続きを頂こう。
このケーキは先端のほうより、周りのほうがホイップがたくさん乗っている。まだ、メインディッシュとも言える白く輝くホイップの山が残っているのだ。これが食べたかった……っ!
その白き山にフォークをゆっくりと這わせ、掬うようにふわふわなスポンジと共に持ち上げる。クリーミーな香りと共にフォークの上に佇むソレは、まさしく至宝だ。オレは目を輝かせながら、それを、そっと口の中へとそれを招き入れる……。
……ふわぁ……まろやかな舌触りと口の中いっぱいにクリームの甘味が広がって……んにゃはぁ……しあわせ……。
「……ふふふ」
「…………あっちむいてて」
「それはもったいない」
オレの食べる様子を見て、ククがにんまりとした笑顔を見せている。どうも、オレが何かを食べるときは周りから熱視線を感じてならない。見ても面白いものじゃないんだからな、まったく。
表情が見えないように少しだけ俯き加減にフォークを進めていたが…………む、むぅ、食べ終わってしまった。とても美味しいケーキだったけれど、ちょっとサイズが小さめだ。暇があればまた食べに来たい。お小遣いが足りれば、だけれど。
「そういえば、マオは今日は何しに王都に来たのかの?」
「ん……その、えと……」
ケーキが無くなってお皿をじっと眺めていたオレにククが尋ねた。そうだ、何だか有耶無耶になりかけていたけど、今日の目的はカッチリした服を求めてきたのだ。しかし、当のククがどんな反応をするかは分からないけれど「服を買いに」というのは、今やオレの中でぶっちぎりのNGワード。「じゃあ選んであげる」なんて言われた日には何を着せられるのか分かったものではないのだ、何とかごまかさないと。
……うむむ。しかし、良い、言い訳が何にも浮かんでこない。完全に言い淀んだオレに対し、ククが首を傾げている。は、早く何か言わないと……。
「おさんぽ、デス」
「……嘘じゃなぁ。あのなぁマオ、嘘を付くときは相手の目を見て堂々と言うのがコツじゃぞ」
……この短時間で兄妹にまったく同じことを指摘された。同じく嘘を上手く吐けよって言ってくる辺り、ククはカラクの妹なんだなぁと感じる。
そんな事を考えながら冷めてしまった紅茶をくいっと飲み干そうとしたその時だ。
「……む?下が騒がしいの?」
エントランスの方から、何やらざわざわと話し合うような声が聞こえる。何かあったのだろうか?
……耳を澄ましてみると、なんだか、聞き覚えのある声の気がするけれど……まぁ、他人の空似というヤツだろう。
「ここ、ねっ!!!!!?」
「ぶぇっ!?」
きょ、今日はドアがやたら勢いよく開く日だ。気にしなくてもいいやと紅茶に手を掛けたところで、またもやドカンとドアが開き、紅茶をこぼしてしまった。一体何事だと目を丸くしてそちらを見やると……か、母さん……?
先程聞こえてきた声は、どうやら他人の空似ではなかったようだ。母さんに続いて、後ろにはマリもいるようで、何やら尋常ではない雰囲気だ。
「マオ、無事!!?」
「え?は?にゃ、にゃに?どゆこ……にゃっ!ちょ、母さん!?」
オレの姿を見るなり、母さんが紅茶がこぼれているのも気にせず駆け寄って、ぎゅっとオレを抱きしめた。あの、よ、横でククが見ているんですけど……っ。というか、本当に急に何だ?何があったんだ??
「もう!おバカ!心配させて!」
「ほ、ほんとににゃに?どゆこと……?」
困惑したオレに、母さんは腕を緩めて、オレをその場にストンと立たせると、肩をがしっと両手で掴んで、額が当たる勢いで顔を詰め寄せ、オレの方を見つめた。
「知らない人に付いてっちゃダメって教えたでしょ!!しかもあなた、今はこんなに小さな女の子なのよ!!?」
「ひぇっ……」
ど、どうやらカラクに連れられている時に、どこからか目撃情報を聞きつけ、ここへとやってきたようだ。
「そ、それに関してはわし、ではなく、私から……どうやら、私の兄が多大な迷惑を掛けたようで……」
状況を察したククが怒気迫る母さんにおずおずと手を挙げた。それに気が付いた母さんは「あら……?」小さく呟いた。どうやら、オレ以外全然視界に入っていなかったようだ。ククはすっと椅子から下りると、丁寧に礼をしてから、事の顛末を流ちょうな丁寧語で話し始めた―――……。
「と、言うわけです。マオさんにはご迷惑をおかけいたしました。兄には私からすでに灸を据えてありますので、平にご容赦を……」
「リシッタ家の方、でしたか。いえ、事情は分かりました」
母さんもどうやらリシッタ家の板挟み的な事情を把握していたようだ。特に怒る様子も無く、静かにうんうんと頷きながらククの話を聞いている。
ふー。どうやら、大事にならずに済んだようだ。はぁ、全くカラクはとんでもねぇヤツだったぜ、いやーとんでもねぇとんでもねぇ。てことで、オレ、帰っていいですね、帰りますね、ご、ごきげんようー……。
「……この子にも十分言って聞かせますので」
「ぴっ!?」
嫌な予感を感じて静かに逃げようとしていたオレに対して、射抜くように母さんがピシャリと言い放ち、オレは忍び足を止めた。そろりと母さんの顔を見ると……どす黒い笑顔でこちらを見ている。
こ、これは……母さんのマジモードの時の顔だ。その威圧に耐え切れず、目を逸らした先、いつの間に間合いを詰めたのか、目の前に、マリもにっこりとした笑顔で立ちはだかっている。助けてほしいとククの方を見つめると、諦めろというように困り笑いを浮かべながら首を横に振っている。四面楚歌……これは、逃げられそうもない。
「……さぁて、マオ。言っても分からない、お菓子に釣られるようなおバカな子には何をしたら良いかしらぁ……?」
「……えへ」
「笑って済む問題じゃありません!!!今日は何事も無かったから良かったけれど、何かあったらどうするつもりなの!!!もーいつもいつも心配ばかりかけて―――」
「うわああぁぁぁん!!ごめんにゃさいいいいぃぃ!!!」




