74. カフェテリアにて (2)
前略 両親様。マオは、何故か嫁に来いとプロポーズされました。
い、いや。まだそうだと決まった訳ではない。聞き間違いかもしれないし、よしんば『よめ』だとして、真の意味を考えるんだ。
うーん、よめェ……?嫁……読め……?そ、そうか!何かを読めという事だな!そうに違いない!
「ろうどく……」
「んなわけないじゃろ。俺は残念ながら結婚しておるから諦めろ。末の弟じゃな」
「だれもきいてねーよ!」
ちくしょうぜってぇ嫁だこれぇ!というか、いきなり呼び出して縁談ってどういう事だ!?ともかく、絶対お断りだ。オレは机に両手で乗り出しながら詰め気味にカラクに食って掛かった。
「オレはおとこだ!」
「ふむ? ……ククはやらんぞ?」
「だからきいてねーよ!」
ぐぬぬ、オレの出会う連中はなんでこうも話が出来ない奴らなんだ。
……いや、待てよ?そもそもオレにいきなり嫁に来いと言った理由が分からない。ククには確かに、例の治験事件の時に…思い出したくないけれど…色々助けてもらったけれど、それだけで「じゃあお前嫁な!」なんて言いだすだろうか?
途端に静かになったオレの懐疑的な視線に、カラクはにやりと不敵な笑みを浮かべながら頬杖をついた。
「……ほんとのもくてきは?」
「まぁ、本当に嫁に来てくれるなんて思っとらん。レニスの森の魔術。あれ、お前じゃろ」
「もり……?」
レニスの森は、アルカ王国とイングス王国の国境の森の名前……あっ、課外授業のことか。
ディアナ先生から、その件に関してはベテラン冒険者の一斉攻撃だという話になっているが、カラクはどうやらあの魔術をオレが作り出したものだと疑っているらしい。どういう経緯でそれを知ったのかは分からないが、ディアナ先生から気をつけろと言われているし、ましてこの場で「はいそうです」なんて言うメリットは皆無だ。ここは適当にごまかしておこう。
「……チガウヨ?」
「……はぁー……バレバレじゃな。良いか?嘘をつくときは、堂々と、相手の目を見て、自信満々に言うのがコツだ。まして、そんな泳いだ目なんてもっての他じゃからな?」
……何故、オレはこの男に上手い嘘のつき方のレクチャーを受けているのだろうか。というか、コイツ平然とオレに嘘をつけと言ってきているようなものなのだが……。
「ま、これで首長連中の目的は達成。あとは違いました、無理でしたって報告するだけじゃな」
「ん、首長?」
「うむ、猫耳をした幼女がとんでもない魔術を秘めとると言われとってな。懐柔してあわよくば連れて帰れと。流石に手ぶらって訳にもいかんから、こうしてちょっと事前に細工した店にお主を連れてきた」
「……あー」
ここでオレはなんとなく理由を察した。恐らくはスーディーンの首長の一人が力欲しさにオレを確保するかもって所にカラクに白羽の矢が立って、アルカくんだりまで視察やら懐柔に来た、という所のようだ。
あそこの国は首長が複数人いて、いつも権力争いで水面下ではバチバチしている。そこで、あのとんでもない竜巻と光線があれば、他の首長を圧倒できると踏んだのだろう。でも、カラクはそんなのどうでもいいから、適当にオレに絶対に「やだ」と言わせる提案を吹っかけて、これでおしまいにする算段のようだ。
これでも御用商人の息子だから、そういった貴族の遠回しな面倒くささは何度か味わっている。カラクの方を見ると、やれやれというように首を振っているから、これが正解という事で間違いないようだ。
「そんな訳で、断るって宣言してもらえないかの? ……来たいなら、まぁ、なんとかするが」
「ことわる!!」
「はい、どうも」
言質を取れたカラクがにっこり笑った所で、ウェイトレスさんが「失礼します」とノックしてから、個室の扉を開けた。どうやら、丁度紅茶とケーキの準備が出来たようだ。仄かにサイランティーの香りがする。
「おまたせいたしました」
「付き合わせて悪かったの。ほれ、紅茶とケーキが来たぞ」
カラクはそう言いつつ、ウェイトレスさんに差し出された紅茶を飲んで、ふーとため息をついた。
……予め火の粉を振り払ってくれたと言えば聞こえは良いが、結局はスーディーンのお家事情に巻き込まれたのには違いない。このケーキはありがたくいただいておこう。
さて、オレの目の前には、運ばれてきた純白のケーキが一切れ。見た目はシンプル。間には赤い果実が均等に挟まっているようだ。生地はふわふわで、フォークでつついてみると、ふわりと優しくフォークを包み込む。そのまますっと下にフォークを這わせ、切り込みを入れると、弾力で元の形にもどろうとした生地がふわぁと浮かび上がってくる……す、すげぇ。これが、純白の乙女……!
期待がこみあげてくる中、そのケーキの一片をフォークで差して口の中へと運ぶ……。
……っ……!
……にゃふぁっ……!にゃ、これっ……しゅ、しゅごい。ケーキ、しゅごい……!ふわふわ、あまあま……!も、もう一口!つぎはこの果実と一緒にっっ!!
ふ、ふぁぁ……!ちょっとすっぱいのに、何故かあまあまの生クリームと合う……!しあわしぇ……!
「……おー。うまそうに食うのう」
「……はっ!?」
い、いかんいかん。ついつい気が緩んでしまった。
しかし、これは……とんでもねぇケーキだ……!純白の乙女、にゃんて恐ろしい……!ふー……落ち着け。すぐ食べきってしまってはもったいない。まずは紅茶で一息……ん、この紅茶、随分香りが良いな。さすがサイラン、とても良い茶葉だ。
さぁて、お待たせしました、麗しの乙女よ。もう一口、にゃふふ―――。
「おいコラばか兄!!お主、まぁた勝手にわしに向けて監視の者を放ったじゃろ!!!」
「んにゃっ!!?」
もうひと口を頬張ってもごもごと口を動かしていたところで突然個室のドアがドカンと開いて、聞いたことのある声……いや、怒号が響き渡った。扉の方を見ると、ククが怒り心頭な様子で、カラクを射殺すような視線で睨みつけている。一方のカラクは「よう、元気か」と陽気に紅茶を飲んで、へらへらとしているようだ。そして、オレが驚いてフォークを落としたところで、ようやく対面の席にオレがいることに気が付いたであろうククが一転キョトンとした顔になった。
「……は?マオ?お主、なんでこんなところに?」
「カラクがケーキくれるっていうからついてきた」
「……。」
それを聞いたククは何故かカラクをさらにとんでもない顔で睨みつけた。先程までの余裕はどこへやら、その殺気にカラクは冷や汗を流しているようだ。おぉ……?ククもケーキ、食べたかったのだろうか。
「お、おいおいちょっと足りんぞ、マオ。大事なお話があったんだ。な?」
「ん?うむ。にゃんかよめにこいって」
「……よっ?! ……バ……カ……あ……に…………お主ィ……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょーっと待った。待とう、一旦落ち着こう、な?違うぞ?アレは方便だ」
オレが先程伝えられた事を話すと、さらにククから黒い殺気が立ち上がった。こ、こわ……。一方で、殺気を向けられている相手、明らかに狼狽えているカラクは両手をぶんぶんと振りながら、訳を話そうと必死だ。
「方便……?こんな幼気な子……マオに言い寄って飽きたらすぐ捨てると……?しかも義姉さんがいる身でかァ……?」
「ご、誤解だ誤解!誘拐でもナンパでもましてや幼女趣味でもないし、浮気もするつもりはない!」
「……あら、こんなところに失敗作のポーションが……」
「ま、まてまて!イムのクソじじいが無茶言ってきたから、その野暮用を片づけただけだ!その良く分からん劇物はとりあえずしまえ!」




