70. おでかけのマオ
今、オレは王都の端っこまでやってきている。
服装は、頭は髪を後ろで一つに纏めて、いつもの地味なベレー帽の中に仕舞い、服はぶかぶか目なワイシャツズボンセット。今日はデートとか、無理やり連れてこられたとかではなく、一人で買い物にやってきたのだ。はー……いつも制服でスカートを履かされているせいか、ズボンを履くと、防御力の高まりを感じる。
さて。何故、買い物に来ているかというと……女子会とやらをOKしてしまってから、残すところあと1日。聞いた話だとシィがこれを企画していたとの事で、イベント事が大好きな奴なだけあり、かなり手広く人を集めていたようで、参加人数も多いようだ。つまり、女子会とは何かしらパーティ的なものなのだろうと予測した。
しかし、今日になってオレはあることに気が付いた。パーティだとしたら、着ていく服がない。
まあ、ぶっちゃけ女子会とやらがどんな服を着ていけばいいのかはよくわからない。母さんが出かけていくときはー……うん、流石に服まで覚えていないからさっぱりだ。
ただ、今回行くルーン・ウインドはなんというか、華やか? ……な店である。つまり、フォーマルな服にすればいい……と思う。多分。最悪浮いてしまったとしたら、それを理由にお菓子だけ貰ってエスケープしよう。そうしよう。
フォーマルな服だが、見合うような服が、実は一つだけある。ユウとのデートで着せられた薄青のワンピースだ。けれども、あんな高そうなものを着ていくのは御免だし、なにより、可愛さアピールみたいな感じになるのは絶対にお断りだ。フォーマルといえば、やはりタキシードやモーニングコートだ。今まで着ていたジャケットとかワイシャツとかは軒並みぶかぶかなので、新しいものを買わねばならない。 ……ドレス?はは、御冗談を。
……だが、誰かを誘うと、その『御冗談』を着せられかねない。だから『ひとりで』服を買いにいかねばと、朝から王都へとやってきたわけである。
さて、まずはお店を探さねば。ここ、アルカ王国はシャムロック家の影響が強く、歴史的に見ても服飾には事欠かない。その時々の流行は、ほとんどアルカ王国が発信地だと言っても過言ではない。そんな国の王都ともなると、色々な服のお店が色々な所にある。庶民向けから上流貴族御用達まで様々だ。適当に歩いていても、何かしらのお店にぶつかるだろう。
オレは頭の耳を隠すためのベレー帽を深めに被りなおして、尻尾がズボンからはみ出していないのを確認してから、早速探索を開始した。
「ここはー……くすり屋。ここはー……ざっか屋?ここはー……ベーコン。うまそう」
……一つ一つ、店をつま先立ちで覗き込みながら中を伺っているが、なかなか服屋に出会えない。今回、誰かにばったり居合わせても困るからと随分端の方に来ていたが、このあたりの区域はベッドタウンになっているのか、どちらかというと生活雑貨が多いようだ。恐らく探し求めているものは、ここには無さそうに思う。仕方がないから、もう少し中央寄りの方へと行ってみよう。
……街道を中央に向かってオレが一人でぽてぽてと歩いている折、気が付いたことがある。何やらちらちらと目線を感じるのだ。
な、なぜだ……?耳も尻尾も隠れているし……特に目立つ格好でもないはずだ。もしかして、どこかに穴でも開いていて、見えてしまっているのだろうか……。
少々不安になったオレは一旦すぐそばの路地裏に続く建物の陰になっている道に逸れると、大急ぎでズボンを確認したが……特に穴が開いているような所は見当たらない。
「ねぇ、貴方……」
「っひゃい!?」
ズボンで無ければ帽子か?と、帽子を外そうとしたところで、突然後ろから声を掛けられ、オレはぼわぼわに膨らんだ尻尾を体の後ろに隠すようにして振り返った。振り返ると、ロングスカートにエプロンをつけた、いかにも作業着な感じの服を着ている20代くらいのお姉さんが、オレを見下ろしていた。
「あら、随分可愛い子……どこから来たの?迷子?」
「…………。」
……あぁ、そういうことか……。帽子は確認するまでもないようだ。
どうやら道中感じていた視線は、「あの子、迷子か?」の視線だったらしい。学園の敷地だと、もう何も言われなくなってきていたから、なんだか感覚が麻痺していたけど、王都だとそうもいかないようだ。
「オレ、これでも15歳で、きょうは服をかいに来ただけで、まいごじゃにゃいです」
「15……?オレ……?え、えぇと、お姉さん、この辺りに住んでいて、別に怪しい人じゃないわ。その、ね?おとうさんやおかあさんとはぐれちゃったのかな?」
「む、むう……」
学園だと制服を着ているから、それでも納得してくれる人は多かったが、今は私服だし、そうも行かないらしい。 ……以前来た時はユウが隣に居たから何にも言われなかったんだな……ぐぬぬ、これは困った。
そんな最中。オレが手をこまねいて、何とか説得をしようと、ぐるぐると思考を巡らせていると、突然後ろから影が差し、オレの頭に手が伸びて、ぽすぽすと頭を叩かれ、上から声が聞こえてきた。
「ああ、この子は私の連れだ。どうやらはぐれてしまったようだ」
「はぁ?」
何言ってんだコイツと思い、上を見上げると、褐色肌に金の長髪の、へんな形のサングラスのような黒い眼鏡をかけた恐らく2~30代くらいの男がオレを見下ろしてにかっと笑っている。
顔は……大分イケメン。堀が深く、鼻はすらりと長く、眼鏡の奥に見える群青の瞳がそれを引き立たせている。服は、何故だか野暮ったいマントに、ハンチング帽。まるで適当に取ってつけたような服装で、どこかちぐはぐな感じだ。
「と、いうわけで。ごめんね☆」
男は茶目っ気を作りながら、お姉さんにウィンクすると、ひょいとオレを持ち上げてお姫様だっこをすると、そのまますたすたとまた中央へと向かう道の方へと歩き出した……。
オレはしばらくの間、何が起こったのかよくわからずキョトンと硬直していたが、ふと我に返って向こうの方を見やると、取り残されたお姉さんがぽかんとした表情でこちらを見つめているのが見えた。
……ま、まあ……抜け出せたけど……ってェ!
「おろせこのやろー!」
「おっとっと……すまんすまん」
オレがじたばたと暴れた所で、男は碌な抵抗もせずにオレをすっとその場に下すと、ほうほうと唸りながら不躾にこちらを観察しはじめた。
「……でぇ?あんただれ?」
「はっは、ここじゃあ名乗れないな」
オレが不機嫌に睨みつけながら尋ねると、男は大きな口を開けて笑うと、オレの帽子をひょいと取り上げた。そして、帽子の中にしまってあった髪がパサリと下に流れ、猫耳が露わになると、男はにんまりと笑った。
「思った通り。君、例の学園の一年生だね?」
「にゃあ?!かってにとんにゃ!かえせ!」
オレがぴょんぴょんと帽子にとびかかるが、コイツ、やたらと背が高いせいで全然届かない。その様子を見て、男はカラカラと楽しそうに笑っている。こ、こいっつ……。もう、本当にいきなり何なんだ。こんな奴、知り合いには居ないはずだ。
「はっはっは、可愛い可愛い。まこと面白きことだ……おっと、方言には気を付けないと」
「かーえーせー!!!」
「すまんすまん、揶揄いすぎたな」
男はそういうと、少し低い位置に帽子を降ろした。オレは、ようやく奴の手から帽子を奪い返すと、オレは急いで、帽子を深く被りなおして、奴を睨みつけた。まったく酷い目にあった。
「さて、お主……じゃない、君と少し話がしたくてね?」
「やだ!」
「あーあー、すまなかったって。 ……そうだな、最高級のケーキを御馳走しよう」
「…………。」
オレは奴を訝しげにじとりと睨みつけた。こんな事があった矢先だ、騙そうとしているに違いない。男は、そんなオレの視線に「ふむ」と、唸って考えるそぶりをしているが、まだその余裕そうな表情を崩さない。というか、学園の一年生だという事も知っているみたいだし、本当に何者なんだ……。
「……そのケーキは普通の店じゃ絶対に食べる事が出来ない代物なんだがなぁ」
……む、見え透いた嘘を……流石にその手には乗らない。
「別名は純白の乙女。きめ細やかだが、濃厚なクリームはまさに絶品」
……むー……。
「フォークをあてがうと、雲のような生地が優しくそれを受け止め……」
……む、むむー……。
「口に運べば官能的な甘味が口の中に広がり……」
…………じゅるり。
「そこから、恋のような甘酸っぱい果実がそれ引き立て、しかし、後に引くことのない味は、まるで一夜の夢のよう……」
………………ま、まぁ?話くらいなら?しても別に大丈夫だろう。いざとなったら魔術を使って逃げればいいんだし?
「はぁ……しかし、君が要らないというならば仕方がない…」
「……いる」
「ふ、はっはっは、それはありがたい。では、ご案内いたしましょう。お嬢様」
「……その呼び方はいらにゃい」
奴はくすりと笑うと、オレの手を下から掬い上げるように持ち上げ、先導を始めた。
……純白の乙女……どんな味だろう。
―――……。
「こ、これは……」
……王都の店の物陰。学園の制服を着た男子生徒が、考え込んだ様子で佇んでいた。深緑の髪と瞳。「マオちゃんを見守る会」会長、リジェ・プリストその人である。
今や会員は倍増し、学園内でマオは知らず知らずの内に迷子?と言われなくなったり、いきなり求婚なんて話にならないなど、恩恵を受けている状態にまでなっている。
そんな彼の視線の先には…大人の男と手を繋いで歩く、幼女……もとい、マオの姿。
リジェは前世の記憶から「その手の輩」については、当然熟知している。誘拐という考えに行きつくのも当然の帰結だろう。しかし、流石にマオの交友、家族の顔までは知らない。男が父だという線も考えられるし、ただ手を繋いで歩いているだけで、衛兵を呼ぶわけにもいかない。
「…………よし」
リジェは何かを決心して、ポケットから手のひらサイズの筒を取り出した。
これは、伝書筒という魔道具である。中には小さな紙が一枚入っていて、その紙を、別の伝書筒へワープさせる事で、長距離の伝言が可能になる代物だ。まだこの世界では、電波、電話、電信という概念は無い。現在は無理くり魔術を駆使して、このような通信手段が取られている。
しかし、ワープは、物凄く高度な魔術だ。そして何より燃費が最悪である。筒の小さな紙を1枚ワープさせるだけで、筒に嵌めてある魔核は使い物にならなくなってしまうほどだ。さらに、固定の座標にしか飛ばせない為、受け口は大体家に備え付けられたりしている場合が多い。だから、緊急時や本当にすぐに連絡を取りたい場合以外にはあまり使われない。
リジェは小さな紙に今回の目撃情報と目撃場所を簡単に書き記すと、学園のとある筋に向けて、筒の魔術を発動させ、伝書を送信した。 ……送信後、元の場所をもう一度覗いてみると、もう既に男とマオはそこにはいない。どうやら、先へと歩いて行ってしまったようだ。
「何事も無いといいけど……」
リジェはポツリとそうつぶやきながら、その場を後にした。
更新が物凄く遅くなって申し訳ありません……!
理由はお仕事とポケモンでした……!




