69. 閉店明けの登校
治験明け……。
完全にやらかした感じになったオレはかのミロス王国のずっと東部のさらに奥地に存在しているとかなんとか言われているNINJAのような足取りで登校していた。
しばらくはユウ……は、まぁ……良いとして、ククには、顔を合わせたくない。今出会ったら死んでしまう……。しかし、オレだって一端の学生なのだ、学業を疎かにはできない。正直、思い出す度に穴を掘って埋まりたくなる衝動に駆られるが、何時までも閉店しているわけにはいかないのだ。
ということで、このような感じになっているわけである。
ハァ……今のオレはNINJAマオ。シュリケェン?や、シメナーワ?を使って忍び、闇に生きる孤高の存在……。
「マオ、おはよう。こんな隅っこで何やっているの?」
「まって。いまひたってるから」
「……え、えぇ……?」
通学路の端の生垣の中、ミロスのほうから運ばれてくる東風薫風に吹かれながら孤高を気取っていたオレの目の前にいつもの青髪が見えたが、今はもうちょっとこの余韻に浸っていたい。一方のセシルは「またよく分からない事を……」というような顔をしているが、少しだけ待たせておこう。
「……ふぁ……くしゅん」
ん…鼻の頭に草が乗ってくしゃみが…。オレのくしゃみに反応してか、目の前に現れたセシルが「ほらもう」と言いつつ、生垣からオレを引っこ抜くと、ストンとその場に降ろして、ぱっぱと服や髪についた葉っぱを両手で払ってくれた。うーむ。もう少しNINJAでいたかったけど、見つかってしまったからには仕方がない。
心の中でセシルにNINJAと対になる存在とかなんとかと言われているSAMURAIの称号を与えつつ、丁度良いガードを得たオレはセシルを盾にしながら学園へと登校することにした。
「……なんで後ろに隠れてるの?」
少し歩いたところで、右ヨシ左ヨシと辺りを確認するオレに苦笑いを浮かべつつ、セシルが尋ねた。
「その……ちょっと……にゃ」
……恥ずかしいから、治験の事はぼかしつつ、セシルに返事をしたオレだったが、目の前に長い白髪をふたつに束ねた見覚えのある髪型が見え、咄嗟にセシルの真後ろに避難した。そこから数歩……特に反応は無し……バレてない……はず。この隙に、もう一度ちらりと前方を見たが……姿は見えない。ふむ、無事やり過ごせたようだ。
「ふー」
「おつかれかの?ほれ、ハンカチ」
「ん、さんきゅーにゃ」
オレは横からにゅっと現れたハンカチをお礼を言いながら受け取ると額に流れかかっていた汗を拭った。
……うん?
「おはよう。無事なようで何よりじゃ」
「……あ……あ、あうあ……」
突然真後ろに現れたククにオレは驚きと焦りと羞恥とその他諸々の気持ちで、目を丸くしながら言葉にならない声を口から零した。と、というか、いつのまに後ろに……ま、まさかククが本当のNINJAだったのか……!?
「いや、普通にこちらに歩いてきてたよ」
「んむ。視線を感じたと思ったら、銀の髪が見えて、何しておるんかのと思うてな」
「ふ、ふかくぅ……!」
くそう、陰に隠れた際にどうやら前方不注意だったようだ……NINJAマオ敗れたり。オレが拳を握りしめて、己の不覚を噛みしめている所、ククはしげしげと興味深そうにこちらを見つめている。
「普段はこんなカンジなんじゃなぁ…改めて。ユウのルームメイトのクク・リシッタ・スピネルじゃ。先日はー……ふふ、めんこかったの」
「ふぇ……う……そのぉ……」
う、うぐ…お、思い出させないでほしい…。既に真っ赤になっている顔と、ちょっとだけ零れた涙を隠すように手に持っていたハンカチを顔に押し付けながらククを見上げると、ククは空を仰ぐように目を逸らして、目に手を当てた。
「……マオ、その表情は反則じゃ……」
……何やらよくは分からないが、何かがツボに入ったらしい。
しばらくしてから「絶対ほかのところでむやみにその表情をつくるでないぞ」と念押しをされたが……うん……まぁ、先日の事を怒ってはいなさそうだし……良い、か?
それにしてもフルネームが長い名前という事はククはスーディーン人だったらしい。 ……ん?そういえばさっき『スピネル』って……。
名前に宝石の名称が入るのはスーディーン国ではよくある事だ。そして、スピネルは薄桃色の宝石だったはず。確かこの前に、ユウの部屋から持って帰ってしまったエプロンに宝石の刺繍が……。どうやら、あのエプロンはククの持ち物のようだ。
……何だか色々とやらかした手前言い出しにくいが…失くして困っているかもしれない。仕方ない、正直に話そう……。
「あの……えと……クク、さん?」
「む?ククでいいぞ。なんじゃ?」
「エプロンかりっぱにゃしで……」
オレからエプロンと言う単語を聞いたククは「む?」と首を傾げ、考え込んでいるのか腕を組んで目を閉じた。 ……その数秒後に思い出したらしく「アレか!」と声を上げると、何やら複雑そうに笑いながら口を開いた。
「あー……エプロンは良い。わし、料理はさっぱりでな。アレはユウに合わせて買ってみたってだけじゃ。使う予定もないから、気に入ったならそのまま使うなり、要らなければ捨てるなりしておくれ」
「で、でもぉ……」
あの一件であれほど迷惑をかけて、その上なんか物を強請ったようになってしまうのは些か居心地が悪い。オレがどうしようかと手をこまねいていると、ククはそれを察したようで「……ふむ」と一言小さく声を上げて考え込んだ。
「あーそうじゃな、今度わしもはじめてなのじゃが『じょしかい』なる行事によばれてるんじゃが、マオもついてきてくれんかの?」
じょ、じょしかいぃ……?母さんがたまーにやっているアレのことか……?
というか、名前からして絶対女の子が集まって何かするものだろうが、オレはれっきとした男子だ。それに参加するのは場違いな気がする。
「オレ、だんし」
「いや、どこからどうみても女子じゃろ」
自分の顔を指さしながら行ってみたが、さらりと返されてしまった。うん、見た目は確かに幼女だけど……!しかし、折角先日の一件をチャラにしてくれようとしているのだから、ここで無碍にするのも良くはないだろう。だが、何かにつけて幼女に引っ張られるのは、男子としての体裁が……。
「せしるー……」
「えぇ、ここで僕を頼られても困るんだけど……うーん、行ってきたらいいんじゃないかな。あまいお菓子とかがあるかもよ」
「にゃ! ……ふぐぬー……」
進退窮まったオレは助けを求めるように横に立っているセシルに相談してみたが、お菓子という単語に少なからず心が揺れた。
そう、お菓子。最近甘いものが物凄く美味しく感じて、食べると、こう、体が浮き上がるような素晴らしい感覚があり、すっかりハマってしまった。しかし、お菓子と言うのは総じて何か可愛らしい感じにデコレートされていたり、お店がファンシーだったり、入りやすそうなお店のだとちょっと……味が苦かったり……。
……何が言いたいのかというと、お店にとても入りづらく、自分でなかなか買いに行けないから、あまり手に入らないのだ。最近はユウに貰ったクッキー以外、遠目でじっと眺めるだけだったから、余計に気になってしまう。
……あまい、おかし……。
ま、まてまて。最近食い気にやられ過ぎな気がする。ここは冷静に……いやしかし……おかし……。
「…………いく」
……欲望には勝てなかったよ……。
オレの返事を聞いて、うむうむと満足そうに頷いたククはカバンから小さな手帳を取り出しつつ、ペンでサラサラと何かを書き足した。どうやら、手帳には予定が書き込まれているようだ。
「では、週末に集合じゃな。店はー……ルーン・ウインドというらしいの」
「え゛」
「ん?」
ルーン・ウインド。新進気鋭のバルであり、先進的で常に新しい物を取り入れ、特に若い女性向けにターゲットを絞る戦略で、その規模を広げてきた……。と、母さんから教わったお店である。なぜ母さんから教わったか……まぁ、母さんが経営している店だからです、はい。くぅ、こうゆう所もあるんだよなぁ……買いにくいのはぁ……!
「にゃんでもにゃい……」
「お、おう……そうか?」




