65. 治験 (2)
マオさんが元に戻るまでは三人称視点となります。
「……ふむ。 ……ふむ……」
ククにくっついて離れないマオを宥めすかして、なんとか診察が開始できたディアナはマオの様子をじっくりと観察しつつ腕組みをした。一方のマオはベッドに座りながら居心地が悪そうに体を揺らしている。
「ちょっと、魔術を展開するぞ。痛くはせんからそのままにしていてくれ」
そういうとカバンからルーペのような形をした魔道具を取り出して、ディアナは長めの詠唱を始めた。しばらくすると、ルーペのレンズの部分がぼんやりと白く光を帯びてきて、中に小さく文字が映し出された。これは最新鋭の検査キットの魔道具だ。対象の者の情報を予めスクロールに登録することで、大まかな現在の情報を出力できる優れものだ。
「……身長……む、少々縮んでいる……?妙だな、ヒストリカルロールバックの魔術はかなり少量の施術だったはず……。それも、最新ヒストリカル参照としていて、ほぼ入学頃としたはずなのだが……。身体魔力……は、以前と同じ異常値……パッチ式も外れかけている……。イレイス……む、こちらはかなりの速度で進行している……ライフガードだけ正常…このような現象は見たことが無い……」
ディアナはルーペを覗き込んで、ブツブツと何やら長く呟ている。
彼女は高身長で、目つきは鋭い。大体このような場では怖がられたりするので、小児診察はいつでも気を使っているのだが、緊急ゆえか、イレギュラーな事故のせいか。今日はかなり学者の性質が出ているようだ。
「あの、先生。マオちゃんは?」
魔道具を向けられて今にも逃げだしそうなマオを見てユウが心配そうに尋ねたところで、ようやくこちら側へと戻ってきたのか、ディアナはハッとしたような表情をした後、ずれてしまっていた眼鏡を直して複雑そうな笑顔を見せた。
「あ、ああ。すまない。少々マオの体の事で治験をかけていてな。今回想定外の事態となってしまったのだ。恐らく魔術の作用による記憶と体の巻き戻りが起こっているが……効力が切れれば元に戻るようにしてある」
「そうなんですか……。マオちゃんはいつまで……?」
「可逆式の終了が早まっているのを確認した。本来ならば明後日の夜頃までの予定だったが、おそらくは明日の昼頃には元に戻るだろうな」
それを聞いたユウとククはほっと胸を撫でおろした。その様子を不思議そうに見つめているのはマオだけだ。
「……その他はいたって健康。入院まで必要では無さそうだ。しかし、この後何かあっても困る、私もこの寮にしばらくいることにしようと思うが……」
ディアナはそう呟いて、「マオを預かろうか」と言うために、マオの方を見つめたが……一方のマオが限界が来たのかすぐ隣のユウの服の裾をぎゅっと掴んで少し潤んだ目で機嫌を伺うように見上げた。それに反応した二人が「「ん゛っ……」」と声にならない声を飲み込んできゅっと口を噤んだ。
「……は、離れたくないようだし、悪いが明日までマオを預かってもらえないか?」
「もちろんー!ね、ククちゃん」
「ん?あー。うむ、わしも構わん」
ユウにとっては願ったり叶ったりのお願いに、ユウは心の中で小躍りしながら承諾をした。一方のククも「仕方ないのう」などと言いつつ、そわそわしている。ククに妹や弟は居ない。姉が一人、兄が三人いて、ククが末妹となる。今まで、こんな風に妹のような存在に懐かれる事は無く、お姉さんのように振る舞えるのが少しだけ嬉しいのだろう。
「では、私は予備の部屋を借りなければならないからな。相談をしてくる」
二人の反応を確認したあと、ディアナは乱れたままになっていた衣服や髪を整え、カバンを持ち上げた。
そして、ユウをぎゅっと掴んでいるマオの方へ向きかえって目線を合わせるようにしゃがんだ。
「……このお姉さんたちが一緒にいてくれるから、いい子にな」
ディアナがマオの頭に手を乗せて軽く撫でると、耳をピコピコと揺らしながらマオは俯いた。怖がっているのか、はたまた照れているのかは分からないが、しおらしいいつもとは違う反応に、ディアナはふっと笑いながら立ち上がった。
「はーかわいい。このまま持ち帰って、滅茶苦茶に甘やかして可愛がってもふもふしたい」(ふむ、大丈夫そうだな。また見に来るが、二人に迷惑を掛けないようにな)
「せ、先生!多分思っている事と言っている事が逆です!!」
……どうやら正気では無かったらしい。しまったというように口に手を当てたディアナは「滞在許可を取ってくる!ではな!」とそそくさと逃げるようにユウの部屋を後にし、三人が残された。
しばらくの静寂の後、ポカンとしていたククとユウの元にマオがぽてぽてと歩いていき、上目気味にもじもじとしながら尋ねた。
「……いっしょ?」
「うん、一緒にいようね」
「……いっしょ!」
終始不安そうにしていたマオだが、一緒にいる事が出来るという事を確認すると、花が咲いたような無垢な笑顔を見せた。すると、ユウにピシャリと電撃が走り、一瞬体が硬直したかと思った次の瞬間…顔を目一杯綻ばせてがばっとマオを抱き寄せ、「きゃー!」と黄色い声を上げた。効果は抜群を通り抜け、限界突破をしたようだ。
「うー!!かわいいかわいいかわいいかわいい!!もーずぅっと一緒にいるうううー!!!」
「ちょぉっ……ば、馬鹿もん!一日じゃ、い・ち・に・ち!!潰れてしまうじゃろが、離さんかい!!!」




