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64. 治験 (1)

ここから少しの間、三人称視点です。どうしてもこのシチュを入れたかったの、ユルシテ……。

 

 夕立は通り過ぎ、夜の星が一つ、二つと輝きだす頃。


 ユウは傘を差さなくて良くなったことにちょっと喜びつつ、寮を目指していた。今日は魔術科の教室の掃除当番で、帰るのが遅くなっていた。雨が降りそうだとは朝から聞いていたので、遅くなって降られるのも嫌だなぁなんて思っていた所で、丁度良かったようだ。


 もう向こうには寮が見えてきている。外から窓を確認すると、自分の部屋の16号室は灯りがついているのが見える。一方ちらりと見た、20号室、マオの部屋は灯りが消えているようだ。


(ククちゃん帰ってきてるなぁ~。マオちゃんはお外でご飯かな?)


 そんな事を考えつつスタスタと歩を進め、寮の自身の部屋の前にやってきたユウは「ただいまー」と言いつつ、ドアを開けた。


 ……ここでいつもならば、ククが帰ってきているのならば「ああ、おかえり」と大体は言ってくれるのだが、今日は返事が返ってこない。


「……あれ?ククちゃんいるよね?」

「ん?お、おお、おかえり。ユウに気づいたからか……こ、これ。大丈夫じゃから」

「……んー……?どうしたの?」


 ユウが不思議そうに部屋を覗き込むと、ククに隠れるようにしている人影が見える。その人影は恐る恐るひょこっと顔だけ出して、ユウの顔を確認すると、またククの方へと引っ込んでしまった。何やら可愛らしい猫耳のついた薄青の着ぐるみパジャマを着ているが、間違いない、マオだ。


「かわいいの着てるー!」

「あー。うむ、道すがら見つけた時にはずぶ濡れだったでな。わしが着替えさせた……ユウ、お主なんでこんなの持っておるんだ?」

「ずぶ濡れ?何かあったの?」

「無視するでないわ! ……まぁ、何があったかというと……今まさに何かあっている最中……というか……」


 ククが困ったように視線を下にいるマオに移すと、マオは恐る恐るククの陰から出てくると、その小さな口を開いた。


「おねえちゃん……だあれ?」

「……んぇ!?」


 マオの、いつもとは全然違う震えたか細い声で紡がれた言葉にユウは吃驚して後ずさりした。さらにそのユウの大きな声に驚いたのか、マオはまたククの方へと引っ込んでしまった。ククは困り顔で自分に顔をうずめるマオを撫でながらふぅとため息をついた。


「……と、こんな感じでな。で、濡れたままにもしておけんし、拭いて乾かしてやったり、着替えさせたりしていたら懐かれた。寮母殿に相談したら、話は聞いているとの事で、今は医者を待っている所じゃ」

「そ、そうなの……何があったんだろ……」


 いつもとは違う随分としおらしいマオに戸惑いつつも、ユウはそろりとマオを撫でようとすると、その手を避けるように、マオはぐるりとククの後ろに回って、また定位置のように引っ付いて動かなくなってしまった。


「うー……ずるいずるい」

「そ、そんな事言われてもの?わし、こんなちびっ子の面倒見たことなどないし、困るんじゃが……お主、この前わしが家の都合で出ていた時、マオと一晩共にしていたのだろう?こう、いい感じに手懐けられんのか?」

「えぇ?うーん……」


 マオを見ると、ぎゅっとククに引っ付いていて、てこでも動かなそうという感想が出てきそうなほどだ。こんな時でも強情なのは変わらないんだなーと、ユウは思いつつ、頭を捻った。


 しばらくしてから「あっ」と気の抜けた声を上げたユウは自分の机に置かれたカバンの中に手を突っ込んでごそごそとまさぐると、中から紙袋を取り出した。紙袋には女性が牛乳瓶を運ぶ情景の絵が描かれていて、その上には「クッキー」と大きく印字されている。王都にある老舗のお菓子屋のクッキーだ。


「クッキー……?」

「こ、これは……その……前に失敗したから参考に……あははー……」


 ユウは飽きれたような表情でじとりと見ているククに苦笑いをしつつ、紙袋の中に入っていた缶から小さなチョコチップクッキーを一つ取り出すと、引っ付き虫になっているマオの方へとそそくさとやってきて、しゃがみ込んだ。


「マオちゃん、これ、食べない?」


 ユウが手のひらにチョコクッキーを乗せて、マオの方に差し出すと、マオはクッキーの香りに気がついて、ククに抱きつきながらユウを上目がちに見上げた。


「……くれるの?」

「どうぞ!」


 マオはおずと手をのばしてクッキーを受け取ると、じっくり観察して、鼻まで持ってきてくんくんと匂いを嗅いだ後、サクリと頬張った。すると、みるみるうちに目がキラキラと輝きだし、もうひと口を大急ぎで口に入れた。


「おいひいー!」


 クッキーに目を輝かせながら、にへらとふやけた笑顔をするマオをみて、ユウは「はうっ!」と胸を抑えながらよろけた。どうやら効果は抜群のようだ。


「か、かわ……!かわ……!は、反則級なんですけど、ねぇククちゃん!」

「わしに言うな、知らんわ!というかマオもクッキーで懐柔されるのはちょろすぎて心配になるんじゃが!?」


 三者三様にきゃいきゃいと賑やかに騒いでいるところ、玄関の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。その音を聞いたマオがピュンと素早い動きで、またククの方へ隠れたところで、玄関から息を切らしたディアナが現れた。どうやら、マオの異変を聞きつけ、大急ぎでやってきたらしい。いつも綺麗にまとめている髪は乱れて、眼鏡が少しだけ曲がっている。


「ハァ…………す……すまん、緊急なのでな。で、マオは……?」

「あー……ほれ、大丈夫じゃからー……」

「こっちに来てくれてもいいのにぃー」

「お主は黙っとれ」


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