63. 復元魔術
本日は快晴! ……ではなく、曇り。何となく、夕立が降りそうな天気だ。
授業が終わったオレは、ディアナ先生の治験を受けるべく、保健室へと赴いていた。あの後知った事だが、ディアナ先生は父さんと母さんに事前の了承を貰うべく伝書を飛ばしていたようで、両親も内容は把握し、許可をしているようだ。
……息子が人外になったと聞いて、取り乱して無いと良……い……あぁ、うん。オレの両親はそんな事で驚くタマではないですね。ともかく、家族公認という事のようだ。
体調も特に問題なし。昨日もちゃんと夜の8時には寝たし、朝ごはんも食べたし、顔も洗ったし、歯みがきもした。野菜はこっそり残したけど問題ないだろう。バッチリだ。オレが保健室の扉を背伸びしながらコンコンとノックすると「どうぞ」と中から声が聞こえる。扉を開けると、ディアナ先生が準備をして待っていたようだ。
「ああ、マオ。来たな。まずは健康診断をさせてくれ。はい、バンザイ」
「……? ばんざい」
ディアナ先生に言われた通り両手を上げると、ディアナ先生はオレの胸元のリボンを解いてから、上着をすぽんと抜き去り、シャツのボタンを上から順に外した……って、あのー……。
「……ぬぐくらい自分でできる……」
「あぁ、すまん。つい、な」
全くー……。ユウにしてもサキにしてもだが、オレが15歳の男子だって完全に忘れているだろう……。むくれたオレを尻目に、ディアナ先生は聴診器をぺたぺたとオレの体に当ててから、体の至る所をぷにぷにと触診し「ふむ」と小さく呟くと、オレに「もう着ていいぞ」と促してから、サラサラとカルテにペンを走らせた。
「どこかが痛いとか、倦怠感とかは?」
「にゃいです」
オレの回答を聞いたディアナ先生は、机の上に置かれた箱から何やら黒い手袋を取り出して、きゅっと自身の手を覆った。おー、なんだかカッコイイ。
「……問題ないようだな。では、今から復元魔術を試みる。そこのベッドに横になってくれ」
先生に言われた通り、靴を脱いでから、ベッドに横になる……むむ……緊張してきた。オレが硬い表情をしていると、ディアナ先生は空中にひらひらと魔術陣を書き始めた。円陣はどんどんと装飾に彩られ、青白い大きな円が次々と出来上がっていく。
この図式を頭に入れているというのがまず凄いのだが、その指先は繊細かつ素早い。まるで音楽を奏でているかのようだ。流石先生。これは期待……!
一通り、魔術陣が出来上がった所で、先生はピタリと指を止め、今度はボソボソと詠唱を始める。すると、空中の魔術陣は輝きだし、オレが横になっているベッドを包み込んでいく。
「秘された記憶、呼び起こせ……」
先生が詠唱を終えたところで、光は一層輝いて、オレの体を覆った。しばらくすると、段々と光は収まり、保健室は元の明るさへと戻っていく。オレは光が完全に消えたところで、自分の体を見える範囲で確認してみたが……。
尻尾、ある。頭の上、猫耳。手、ぷにぷに。足、細足。服、ぴったり。パンツー……は、やめておこう。う、うーん?どこも変わっていない…気がする。
「ふむ……即効性は少しだけ盛り込んだが…変化は見られないな。どこかが痛いとか、怠いとか、変化は無いか?」
「……にゃにも……?」
「……現状効果無しか。ともかく、その魔術の効果は二日後には切れる。それまでは要観察だな。私は今回の治験に関して一度レポートを纏めねばならん。経過も気になる、しばらくここにいなさい」
「……はぁい」
そこからはディアナ先生がカリカリとレポートを書いている間、オレはベッドに座ってぷらぷらと足を揺らして、考え込んでいた。
…むぅ。どうやら、復元魔術は上手くいかなかったようだ。実は今、魔術耐性があったり……?これがもしかして、あのヘンテコ魔法の自己強化か……?だとしたら、なにもこんなところで発揮しなくてもぉ……。
……あれから、多分1時間くらいだろうか。オレが考えるのに飽きてうつらうつらと船を漕いでいると、ディアナ先生がレポートを纏め終わり、更に紅茶も一杯飲み終わって、こちらを眺めていたようだ。視線に気がついたオレは「起きてます」とアピールするためにビシッと背筋を伸ばした。
「ふむ。ここまで待っても、特に変化は無し…か。今日は帰っても大丈夫だが、何かあったらすぐに連絡するように。私も必ず連絡がつくように、確実にこの部屋には誰かが居るようにしよう。君の寮母の方にも連絡はしてあるから、そちらでも良い」
「……むぅ、わかりました」
オレは肩を落としながら外に出ると、曇り空はより一層黒さを増して、今にも雨が降り出しそうだ。魔術の事もあるし、どこにも寄らずに真っすぐ寮に戻った方が良いだろう。
…………トボトボと寮へと歩を進め、丁度女子寮が見えてきた時にそれはやってきた。
「……ん……はれ……?にゃに、これ……」
突然視界が滲んで、足の力がふっと抜け落ちて、立っているのが辛くなってきた。オレは咄嗟に丁度道の横にぼんやりと見えるベンチにふらふらと歩を進め、抱きつくように登って腰かけた。空はいよいよ空気が重くなり、ひたひたと雨が降り出した。しかし、帰ろうにも体が動かない。
せめて傘を……そう思い、カバンに手を伸ばしたところで、ついに意識が途切れ、突っ伏すような形でベンチに寝ころぶ事になった。
―――……。
「ふー。わしもここに慣れてきたものであるなぁ」
古めかしい言葉を使う一人の少女が赤い唐傘をくるくると回しながら、女子寮1番館に歩を進めていた。右目の下には朱の化粧。肌は浅黒く、目は黒曜。白い長髪を二つ、緩く下の方で束ねてある。背丈は小さめで、夏だからか大きく開いている胸元から見事なフラットボディが見える。
彼女の名前はクク・リシッタ・スピネル。ここから南、スーディーン国の名家、リシッタ家の次女だ。父からの王都の高級ホテルから通えという話を蹴っ飛ばし、今は寮生活を満喫している。
「じゃが、ユウのあのヘンテコ料理はやめてほしいとは思うがのー」
彼女の部屋は16号室。同居人はユウだ。前回の料理も、サンドイッチも、結局あの後、少しだけ臭いが残って大変だったようだ。ククは鼻歌を歌いながら、スーディーンではあまり降らない雨を堪能していた所で、道の向こうのベンチに目が行った。
「……おや?あれはぁ……」
ベンチの上には、雨に濡れながら倒れ込んでいる銀の幼女の姿。先ほど力尽きたマオだ。ククは大急ぎで駆け寄って「これ!大丈夫か!」と声を掛けたが、マオはただ静かに息をするばかりだ。
「こ、こりゃ大変!あわわ、ともかく寮にぃー……いや、でもわし一人で運べるか……」
ククは体力が無い。今も武術的な授業は受けておらず、薬学を専攻していて、そこまで筋肉は無い。しかし、目の前にはずぶ濡れで倒れている幼女。見過ごすわけにも行かず、意を決して唐傘を放り投げてマオを抱き上げた。
「おや?意外と軽い。これは重畳じゃが……ちゃんと飯食っておるか心配になるな……ともかく、急がねば」
ククは「よっこいせ」とマオの体勢を整えると、よろよろと千鳥足になりながら寮へ向かって走り出した。




