60. どたばた結果発表
さて、あと2時間……ディアナ先生も準備があるだろうから2時間半くらいだろうか。丁度ぽっかりとあいてしまった時間でオレはユウを尋ねて勝負の結果を聞くことにした。
……そういえば、休日に一度ユウに無理やり連れだされてデート……のようなものをさせられた事はあったが、アイツが普段、休日はなにをして過ごしているのか知らない。
現在の時刻は大体14時といった所。もし出かけているとしたら、寮には居ない可能性が高そうだ。むむ、どうしたものかと頭をひねってみたが…まぁ、寮の部屋を訪ねる以外にアテがあるわけでもない。2時間半しかないわけだし、寮に戻っていなかったら今日の所は諦めるとしよう。
……それに、その方が『マオ様に負けてしまった……どうしよう!』と、思う時間が長くなるに違いない。くっくっく、精々慄くが良いわ!
オレはぽてぽてと歩を進め、ようやく女子寮の前まで到着した。この足だと建物と建物を移動するのが遠くて大変だ……。さて、それは置いておいて。玄関口の待機所でお茶を飲んでいた寮母さんに軽く「ただいまー」と挨拶をしつつ、オレは奴の部屋へと向かった。
ユウの部屋は16号室で、オレの部屋から3つ部屋を挟んだ先にある。今までオレのほうからユウを訪ねる時はBクラスに直接果たし状を叩きつけにいくことしかなかったから、こうやってユウの部屋を尋ねるのはこれが初めてだ。
「ユーウー!いるー?」
オレは両手を口の横に添えながら、ユウの部屋の扉に向かって声をあげてみた。 ……しばらく待ってみたが、返事はない……むぅ、留守か? ……ならば仕方ない。
オレは諦めてユウの部屋の前から去ろうとしたとき、何やら鼻にツンと来るような刺激臭……のようなものを感じた。不思議に思って、くんくんと臭いを追ってみると…うん、目の前のユウの部屋の扉の隙間からその臭いは出ている。な、なんの臭い……?
しばらくすると、今度は何かが焦げたような臭いに変わった……ま、まさか……火事!?
そうであれば大変だ。オレは大急ぎで、ユウの部屋の扉のノブをガチャリと下に引っ張ると…む、普通に開いたんだけど……?
「……ぶぇ!?にゃにこれぇ!?」
扉で封をされていた臭いが一気に解き放たれ、苦くて、すっぱくて、臭くて、甘ったるい、とても名状しがたい臭いが突き抜ける。しばらく涙目になりながら口と鼻を両手で抑えていると、角にあるキッチンのほうからひょっこりと、ユウが顔を出した。
「んー? ……あっマオちゃん起きたんだね!いきなり扉開けて、どうしたの?」
「こっちのせりふ!にゃにこの臭い!?」
「臭い?ああ、今お料理の練習してて」
…………。
…………は……え、今なんて言った……?り、料理……だと……?
「ば、バカバカ!りょーりきんし!だれをころす気にゃんだ?!」
「ころ…ちょっ、ひどぉい!私だってお料理できるはずだもん!」
「とにかくいまつくってるのはもったいにゃいけど捨てて!!!」
「そんなー!?」
オレは制止するユウの手をすり抜けて、ずかずかとキッチンに入り込むと、その臭いのもとを確認した。皿の上には、一見、何の変哲もなさそうな大判のバタークッキーのようなものがあるが……。オレは横の壁に掛けてあった鍋掴みをジャンプしながら取って、手に装着した後、それを一つ拾いあげて割ってみた。
……うわぁ……今日はどす黒い……。
「ユーウー……」
「……えへ、失敗しちゃったー……かも」
こいつはまったくー……!ユウの料理は見た目は普通で、中身がヤバいというある意味、敵を欺き殺すという意味においては最強の料理だ。本当にこいつはなんでこう攻撃力に振り切っているんだ……。
オレは辺りを見回して、ゴミの回収袋を発見すると、大急ぎでそのバタークッキーのようなものを放り込んで、まだ焼いていないであろう生地……うわ……緑と黒のマーブルカラー……生地もといマーブルマターを、入っていたボウルを振って落として袋に詰めると、厳重に封をした。そして、換気扇だけでは出力不足のようだから、部屋の臭いを入れ替える為、ベランダへの窓を解き放った。はぁー……初夏のさわやかな空気が流れ込んでくる。これで良いだろう。
「むー、お昼ご飯のつもりだったのにぃ」
「おにゃかこわすから!あーもー、ヘアゴムと椅子かして!そしたらユウはそっちすわってて!!」
「えっ?あ、はい、ドウゾ」
オレは差し出されたヘアゴムを奪い取って髪を後ろでひとまとめにすると、ユウが持ってきた低めの椅子をキッチンに立てかけた後、横の壁に掛かっていた大きいエプロンをひっかけながら、冷蔵庫を開けた。
……うん、なんというか、材料だけは色々とそろってんな……。シンクの横の棚には調味料も一通りある。ひき肉、玉ねぎ、卵を取り出して……ワイン……は、さすがに無いか……じゃあトマトペーストと塩コショウで―――……。
―――……。
「ほら!お昼ごはん!!」
オレは椅子から飛び降りて、出来上がったひき肉のオムレツをユウの前にびしっと差し出した。料理は母さんに教えてもらってから、ある程度は自分で作れるようになっている。最近は材料を買うのも面倒だし、本当に困った時しか作らないけど、味は見たから問題ないだろう。目の前にオムレツを差し出されたユウはキラキラした目でオレを見つめているようだ。
「いいの!?」
「お皿はじぶんであらって」
「うん、ありがと!いただきまぁす!」
ユウは嬉しそうにスプーンでオムレツを掬って、ニコニコしながら食べている。そんなにお腹空いていたなら自分で作ろうとせずにどこかで食べて来いよもう……そもそもクッキーがお昼ご飯ってどうなんだ……。
あと、寮は二人一組のはずだ。今、この部屋にはユウしか居ないけれど、同居人もあんな臭いが部屋に籠っていたらたまったものじゃないだろう。まったく、コイツは本当にキッチンに立たせてはならないようだ。寮母さんに言えば特別に封鎖してもらえたりしないかなぁ…。
「おいしいー!マオちゃんすごぉい!」
「え?そ……そう、かにゃ。えへ……じゃ、にゃくて!これくらいよゆーだ!」
ふ、ふん。おだてようったってそうは行かないんだからな。 ……まぁ、美味しそうに食べてくれているし、作ってやって良かったとは思う。オレはしばらく隣の椅子に座って食べている様子を眺めていたが、ユウは半分くらい食べ終わった所でスプーンを一旦止めた。
「ところで、何か御用だったの?」
「…………あ。」
そ、そうだ、あまりにショッキングな事が起きたせいで、本題がどこかへすっ飛んで行ってしまっていた。オレはコホンと小さく咳払いをして、ドアの辺りに仁王立ちすると、びしっとユウを指さした。
「しょーぶのけっかを聞きにきた!ほえ面かくにゃよ!」
……ポニーテールにエプロン姿では、全然威厳とか威圧感とかが出ない気がするが、この際気にしない。ユウはオレの啖呵を聞いて、キョトンとしたあと、「あ、そんなのあったなぁ」というような反応をしたてから何かに気が付いたのか、はっとして目を逸らした。
「……あー…………あぁー……あの、その……マオちゃん……」
「……むぅ?にゃにその反応」
「あ、明日にしない?その、ね。今は良くないかなーなんて…」
「は?にゃんで?」
「あーうー……その、ごめんねマオちゃん。結果なんだけど、マオちゃん助けに行くときに道中の小型をバサバサなぎ倒したせいか、首席ぃー……でした」
…………。
…………く、くううぅ……!そんな事が……!また、またしてもォ……!
「あーあー!でもほら!マオちゃんのあの援護が無かったら危なかったから!その、今回は引き分け!ね、ね?」
「うううぅー!どーじょーにゃんかいるかバカぁ!!これで勝ったと思うにゃよぉぉ!!!」
オレはエプロンや髪型やらをそのままに、ユウの部屋を飛び出した。
お、おのれぇ……!次こそは、次こそはぁぁぁー!!!!
念の為……。本当の火事の場合はドアノブは凄く熱くなっている可能性があるので、素手で無暗に触らないようにしましょうっ……!




