59. 教員室にて
教員棟。なんとなく学園から隔離されているような感じの独特な雰囲気と威圧感のあるここは、出来れば赴きたくない所の一つだ。
実はここに来る前に武術棟のほうへ行ってみていたのだが、てっきりケイシー先生はいつも武術棟にいるのかと思ったら、今日は事務処理の仕事があるからずっと教員棟にいるということで、ここを訪れたわけだ。
教員棟の中のとある教員室の前で、オレは深呼吸しながら入るタイミングを伺っていた。この先は魔の洞窟、心の準備無しではたちまち緊張という名の怪物に飲み込まれてしまうだろう。
すーはーと軽く深呼吸した後、オレが意を決して扉をノックしようと一歩前に出て、手の甲を扉に当てようとした瞬間。いきなり扉がガチャリと開いて、目の前に金髪縦ロールな怪物……じゃなくて、ケイシー先生が現れた。
「……怖いのは分かるけど、そんな怯えた表情をされるのは心外なのだけれど…」
「ハイ、ゴメンにゃサイ」
「ほら、入って」
ケイシー先生に連れられて入った教員室は、教師かもしくはその関係者であろう人が見渡した限り、2人しか見当たらない。どうやら、他の人たちはお休みのようだ。
「せんせーやすまにゃいんですか?」
「ん?んー、事務処理がめんど…じゃなくて、忙しくて貯めちゃってね。今日はその消化なのよ」
……ほー……ケイシー先生、机仕事とか苦手なのかぁ……なんだか意外……。
そんなオレの好奇の視線に気がついたのか、ケイシー先生がコホンと小さく咳ばらいをした。う、うん。お説教が長くなったりしたら嫌だから、この話はここまでだ。
ケイシー先生に案内されてやってきたのは、窓際の席だ。机の上には色々な資料や報告書であろうものが乱雑に置かれていて、先程まで仕事をしていたんだろうなという事がわかる。先生は、ぱぱっと机の上の資料を一纏めにすると、オレに目線を合わせるようにしてしゃがみこんだ。
「さて、マオ。良い?ああいった場において、一人になってしまうのはとっても危険な事なの」
ケイシー先生は一旦小さく深呼吸して、真剣な面持ちで続けた。
「今回は運が良かっただけで、一歩間違えばあなたは命を落としていたのかもしれないのよ。仲間が周りにたくさんいたのに、頼るように行動できなかったのはいけなかったわ」
「例えば、私が後ろから追いかけてきていたのだから、私のほうに誘導するように移動するとか。他には、周りに仲間がいたのだから、自分が隙を作るだけに徹している間、仲間に大きな足止めができるような準備をしてもらうとかね。時には残酷な選択も必要かもしれないけれど、今回の場合は『仲間と共に行動をしましょう』という事。最大限自分を含めた全員が助かる方法を考えてね、自分だけが犠牲になれば良いなんて考えはいけませんよ」
「……はぃ……」
先生は人差し指を立てながら順立てて説明をしてくれた。うん……先生の言っている事は、尤もだと思う。ついオレをつけ狙っている事がわかったから、じゃあ囮になってオレだけで何とかしようと飛び出したけれど、いかようにもやり方はあったはずだ。
「でも……仲間を救いたくて体が動いちゃったのよね。その心はとっても大切で、尊いものよ。ともかく、無事でよかったわ」
ケイシー先生は一通り話し終わると、俯き加減にしょげていたオレの頭を微笑みながら撫でた。
「はい、お説教はおしまい」
「あの……手……」
「あの後、私もディアナに怒られて大変だったんだから少しだけ! ……んー……マオ、あなたやっぱりカワイイわねー」
ケイシー先生はオレの頭を撫でながら、ふんふんと鼻歌を歌っている。 ……うん、まぁゆっくりとした優しい手つきで、痛くもくすぐったくも無いからいいんだけど……。お説教の後だし、先生も先生で大変だったらしいし、振り払う事は出来なさそうだ。
「むかぁし、実家にチロルって子がいて、その子の事思い出しちゃうわ…ここを撫でられるのが好きだったかしら」
そういうと、ケイシー先生が手をオレの頬の下のあたりに当てて、ゆっくりと撫でた。いや、多分そのチロルって飼い猫の事だと思うけれど、オレは猫じゃ……。
にゃ、おー……?なんか、良いカンジ……?この良いカンジに身をゆだねていると、自然と目が細まって、喉からゴロゴロという音が鳴ってくる……。んむー……。
ケイシー先生はオレの喉から音が出たことに少しだけ驚きつつ、上機嫌でオレの顔を優しく撫でている。そんな中、後ろの方からすたすたという早歩きのような軽快な足音が聞こえてきた。
「……ケイシー。いい加減提出書類の準備は終わったか?」
「げっ……ディアナ」
足音の主はディアナ先生だったようだ。オレの後ろに立つ形で見下ろしているディアナ先生を見て、ケイシー先生はオレを撫でている手を止めて硬直した。どうやら、あの乱雑な書類たちはディアナ先生とも関係があるものだったらしい。
「もうほとんど終わっているわ!あと30分……いや、1時間待ってくれればいいから!」
「はぁ、早めに済ませるんだぞ。 ……ところで、マオが来ていたのか。丁度良かった、後で大事な話がある」
ケイシー先生は「分かってる!」と言って先程纏めていた資料をまた机の上に広げ始めた。
あっ、手が……。うー、もうちょっとだけ…………って違う違う!体に引っ張られるなオレ!オレは紳士でダンディでクールで獰猛でワイルドでごにょごにょ…。
……うん、落ち着いてきた。さて、ディアナ先生曰く、なにか後でオレに話があるという事らしい。口ぶりから多分お説教ではないと思うが、一体何用だろうか。
「あ、ごめんなさいねマオ。私からのお話はこれでおしまい。私はお仕事に戻るわ」
ふとオレの視線に気がついたケイシー先生が顔だけこちらへ向けて笑いかけた。ふむ、とりあえず、ケイシー先生への用事は片がついた。オレは何やら「はぁ……ケイシーはもう少しこう……」とぽつぽつと小さな声で呟いているディアナ先生の方へ向きかえった。
「せんせー、にゃんの話ですか?」
「……ん?あぁ、すまないがここでは話しづらい。私はまだここに野暮用があるから、1時間……ふむ、2時間後くらいに保健室を訪ねてくれ」
ふっと呆れたように笑うディアナ先生に、ケイシー先生が「ちょっと!1時間で終わるって言ったでしょ!」と文句を言っている。
……二人とも今は忙しいようだから、オレは退散するとしよう。
ついに3000ptを突破しました……!感謝感激です!




