57. 課外授業 (5)
……戦いは終わった。
森は何事もなかったかのように静かになり、少し冷たい空気が吹き抜けるだけだ。しかし、オレたちの周りは風や斬撃、そのほか魔術で荒れており、その戦いが事実だったとありありと伝えている。
ユウは完全に辺りが静まったのを確認した後「ふぅ」と小さく一息つくと、オレとサキのほうへとゆっくりと歩いてきた。
「ユ……な、で……」
「マオちゃん……無理にしゃべらなくても大丈夫だよ」
オレがユウに「なんでここに?」と訪ねようとすると、ユウは微笑んで、目に掛かりかけていたオレの前髪を優しく横へと流した。
「森の中で丁度応援を呼びに来ていた、ウィリーくんとフォリアちゃんに出くわしてね。急いで駆け付けたの」
「えぇ……二人には、応援を呼んでくるのをお願いして、私だけマオを追っていたのですわ。そしたら途中でユウさんに出くわして、共にこちらへ」
……なるほど、王子たちもどうやら無事のようだ。と、なると、ユウはこの森の中をサキに追いつくレベルで疾走してきた訳か……え、冷静に考えると怖……ま、まぁそれは置いておこう……。
「はい、マオちゃんこれ」
ユウは腰に掛けた小袋から小さな小瓶を、オレの目の前に持ってきた。
……ひぇ……こ、これは…………。
瓶の中でゆらゆらと揺れる青紫色の液体…人体に流れる魔力に作用して、治癒力を高め、その場しのぎの医療が出来る水薬、ポーションと呼ばれたりしている物だ……。
しかし、ポーションなんて綺麗な名前がついているけれど、これは断じてそんな代物じゃない。
こいつの別名は『冒険者の舌殺し』。味は物凄く苦く、臭いはとんでもない薬臭。その上、水で薄めると効果が小さくなってしまうから、飲んだ後の十数分は水を飲んではいけない。とりあえず治す!とにかく治す!後は知らん!!という思想のもとで作られた物だから、味や使用感は完全に度外視されているのだ。なんでも偉い学者さんが一度、これは流石にと味を直そうとしたらしいのだが、匙を投げたらしい。色んな意味ですさまじい薬だ。
オレは必死に首をぶんぶんと横に振って拒否するが、二人はほらほらと薬を押し付けるばかりである……。
……うぅ……。
…………うぅー……。
……………ううぅー……しかたにゃいぃぃ……。
オレはぎゅっと目を閉じて口を小さく開けた。ユウがゆっくりと瓶を傾け、口の中に流し込まれる。ごくりとそれを飲み込むと、口の中に青臭いえぐみが広がる……。自然と涙が出てきて、口が半開きになってしまう。
……ぶえぇぇぇ……に、にがぁ……。
「に゛ゃぁぁ……うえぇぇん」
「マオちゃん……!よく頑張ったね、偉い偉い」
「にゃでるにゃバカぁぁ……ふえぇぇ……」
とりあえず痛みは引いたオレはユウの手を、サキにしがみつく形で避けつつ、口の中のえぐさが引くのをじっと耐えた。数十秒くらい悶えていたが、ようやく苦みと涙が引いてきた所で、向こうの方から誰かが駆けてくる音が聞こえた。どうやらケイシー先生のようだ。
「皆さん!無事!?」
「はい、負傷者が一名いますが、命に別状はありませんわ」
大急ぎで駆けてきたケイシー先生の服は上から下まで土まみれだ。オレが逃げている途中から姿が見えなくなってしまったが、何かと戦っていたか、もしくは必死に追ってきていてくれていたのだろう。
「ふぅ……よかった……。マオ、やってくれましたね……」
……あ゛。
「もう…恐らくは、魔物が自分を狙っていた事が分かっての行動だと思うけれど……はぁ、今は体に障るから、お説教はその体を治してからね」
「……ゴメンにゃサイ」
……うー……失敗したのかも……。
オレがサキの腕の中でシュンとしていると、途端に抗いきれない眠気がオレを襲った。いよいよ体力が限界らしい。うつらうつらと目が閉じかかっているオレを見て、ユウが着ていたブレザーをオレに被せてからゆっくりとオレの頭を撫でた。
「……もうすぐ救援の人達も来るだろうから……おやすみ、マオちゃん」
「……ん、むぅ……」
この……従ってなるものかぁ……。
オレは眠くないと気合で目を開けようとしたが、瞼が鉛を通り越してダンベルのように重く、もう意識もかなり朦朧としてきていて、目の前のユウがぼんやりと滲んで見える。
……ダメだ……あー、意識が闇に……。
…………この後、起きるのヤダなぁ…。
―――……。
「寝てしまいましたわね」
「……きっと、今まで凄く頑張ってたんだね……」
ユウは「さて」と声を上げると、すぐそこにあった木にタンと飛び乗って魔物や野獣が居ないかを見渡した。すると、ここより少し先、救援の人たちはもう既にそこまで来ているようで、近くで複数人の足音が聞こえる。この辺りは安全だろう。
サキは大丈夫というユウの手のサインを確認すると、ふぅと一息ついて、その場の木にもたれながら地面に腰かけ、すぅすぅと寝息を立てているマオを、そっと膝に寝かせた。
「……手も足も傷だらけ。本当に、あなたは……」
頬を触っても起きないマオに困ったような笑みを浮かべたサキは「心配させて……」と言おうとしたところで口を噤んだ。 ……そして、眠るマオに視線を落とし、優しく撫でてから、再度口を開いた。
「……ありがとう、マオ。私たちを守るために駆けていくあなたの背中は……とても格好良かったですわ」




