56. 課外授業 (4)
……もう魔術は間に合いそうにない。オレは覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じて体を縮こませた。
そして……衝撃波は容赦なくオレに襲い掛かり、大きく後ろへと吹っ飛ばされて、勢いよく後ろにあった背の高い岩に叩きつけられた。
「カハッ……!」
王子の防護魔術が効いているとはいえ、体に物凄い衝撃が掛かり、思わずえづいて、その場に崩れ落ちた。未完成の巡らせるものも、衝撃のせいで意識が濁ったせいか、魔術がバシュンと音をたてて消え去って、体が言うことを聞かなくなる。
……痛い。意識が少しずつ、闇に染まっていくのを感じる。ぼやけ始める視界には、黒いトカゲがにじり寄ってきているのが見える。
「こ……の……」
……目から流れ落ちる涙をそのままに、オレは動かない体を無理矢理に動かして、よろよろと腕を前に突き出す。怖い…本当は、今にも泣きじゃくりたくなるほどに怖い。けど、諦めない。諦めないのがオレの取柄だ。しかし、魔術を詠唱しようにも、声を発しようとすると、背中が酷く痛み、口が回らない。
お願い……ここだけ、この瞬間だけでいいから、何かを……!
オレは自分の中に感じる魔力をただ目の前に集めて、祈った。
……すると、霞む視界の端に、ふわふわと空へ向かって漂う、銀の粒子が見え始めた。銀の粒子は次第に数を増し、空へと舞い上がっていく。一方のトカゲは……警戒したのか、空へ舞う粒子に当たらないようにと一歩後ずさりして、こちらを見据えている。
その時だ。
「マオちゃん!!」
「マオ!!」
丁度オレとトカゲを挟んだ横の藪から、斬撃と共に叫び声が聞こえてきた。オレが視線だけをそちらにやると、サキとユウが鬼気迫る表情でこちらへと突っ込んできているのが見える。
「マオちゃんから……離れろォ!!」
ユウは剣先に魔術を乗せて、斬撃をトカゲに向かって思い切り振り下ろしながら放った。その一閃に、トカゲはオレから遠のくように後ろに飛び退いて、空いた間合いに二人が割って入った。
「風刃渦まき、切り刻め!トーネード!」
サキはトカゲを睨みつけ、すぐさまレイピアの先から竜巻を発生させると、急いでこちらへ向かってきて、オレを抱き上げた。
「……こんなに傷だらけになって……」
サキは目に少しだけ涙を溜めていて、服や髪は乱れていて、全速力で走ってきたのがわかる。何故かこの場に現れて、竜巻の向こうを睨みつけているユウも髪の端に木の葉が付いたままだ。どうやら急いで駆けつけたらしい。
「グぉオぉ!」
オレがごめんとかありがとうとか、何て話せばいいのか分からないなぁなんて、ぼんやりとした頭で考えていると、竜巻の向こう側から雄たけびが上がった。風に巻き上げられた葉や木の隙間から目を光らせたトカゲが見える。どうやら、ダメージはほとんど負ってはいないようだ。
そして、トカゲは風が止むと同時に、口を大きく開いた。あの衝撃波のブレスだ。
オレがふるふると震える手で、闇の壁を呼び出そうとしたが、それよりも早く、ユウが詠唱を素早く済ませて、左手を前に突き出した。
「我らに光の加護を、ライトシールド!」
王子の物より大きめの半透明の壁がブレスの前にキンと音を立てて現れ、ブレスを受け止めると、周りの木々がメキメキと音を立てて斜めになるように倒れた。ブレスを防いだ壁は端のほうからだんだんとヒビが入ってきていて、ブレスが終わるころにはボロボロになっている。
「これでっ!光明集いて貫け!レイ!」
ブレスが止み、壁が崩れ落ちると同時に、ユウは詠唱をして、左手から光をヒュンと飛ばした。しかし、トカゲは今度はブォンと尻尾を大きく振って、その光を弾き飛ばした。
さらに、ユウはタンと地面を蹴って、トカゲに急接近すると、剣を一振りするが、刀を返すように尾がその一振りを受け止める。体を捻ってもう一太刀振り下ろしても、また尾が剣を受け止め、体には届かない。
剣が当たると、ガキンという甲高い音がしているから、あの尻尾は相当硬そうだ。どうやら、自切して逃げるような代物では無いらしい。
「……く、ダメ、かぁ」
ユウが刃こぼれどころか、刃がボコボコになった剣に目を落としつつ呟いた。超人のユウといえど、このトカゲにはまだ力及ばないようだ。 ……トカゲはそのまま尾を右へ左へとブンブンと揺らしながらこちらに迫ってきている。
……どうしよう。どうすればいい……ほうほうの体で考えが上手くまとまらないが、オレはサキの腕の中で、考えた。
そんな中、まだオレの体のそばを漂い、サキとオレを包み込んでいる銀の粒子に目が惹かれた。
……不思議とその粒子をじっと見ていると心安らぐ気がする。
………………あ……。
オレはふと、無意識にその粒子に向かって魔術陣を書くのと同じように、指をゆらゆらと動かした。段々と出来上がってくるものは、線がよれよれで、子供の落書きのような、三日月と、花の絵。
そんな絵を書き終わると、その絵に粒子が吸い込まれるように集まり、今度は薄暗い光がゆっくりと広がって、段々と辺りを包み始めた。
「マオ……?一体何を……?」
「マオちゃん? ……あれ?なんだろう、力が湧いてくるような……」
「……本当、ですわね……暖かくて、ちょっとだけ……寂しいような」
光を浴びたユウとサキは不思議そうに自分の体を見つめている。一方のトカゲは、その光を避けているのか、当たらないようにと後ずさりをしているようだ。
……描いたオレ自身、これが何かは良く分からない。ただ、随分古い記憶の片隅に、一瞬だけ、三日月の夜に、一面に咲く銀の花畑が見えた……それだけだ。
しかし、オレの魔術……のような何かからの光が収まると、機を待っていたかのように、トカゲが大きな口を開けた。衝撃波を放つつもりだろう。
「く、させませんわ! ……風刃逆巻き、閉じ込めろ!ウィンドケージ!!」
サキがオレを抱いたまま、空いている左手を前に突き出して、魔術を放ったその瞬間。
ゴウ!と空気が力強く渦まく音が聞こえたと思ったら、雲まで届くような竜巻が現れ、周りの草諸共トカゲを天高くに巻き上げた。
「……は? ……え? ……な、なんですのこれぇ!?」
……どうやら、本当は違う感じの魔術だったらしい。思わぬ大技が出てしまい、サキはあわあわと慌てているようだ。ユウはその魔術で巻き上げられたトカゲを一瞥すると、自分の手に視線を落として、ぐーぱーと手を閉じたり開いたりして、感覚を確かめているようだ。
「これなら……いけるかも。サキちゃん、一旦魔術止めて!」
「……これは……とんでもねぇですわ……」
「サキちゃん?」
「……あ。は、はい、分かりましたわ!」
サキは慌てつつも、力を抜くために、ふぅと一息つきながら、魔術を消す準備を始めた。それを確認したユウは手に持ったボロボロの剣をぽいとその場に放りだすと、足を肩幅に開いて右手を突き出して、左手でそれを支えた。手の先は、空中でくるくると回っているトカゲに向けられている。
「……光明集いて貫け……」
ユウの手の平に光が集まってくる。それはまるで大技のように見えるが、唱えているのは初級の光の攻撃魔術だ。
「……消えますわよ!」
サキの合図と同時にブワッと音を立てて消え去ると、巻き上げられた物が次々と落下を始める。その合間、トカゲを一点に見据えたユウがスゥと小さく息を吸い込んだ。
「レイ!!!!」
ユウの掛け声と同時に放たれたそれは、ピンと白い一条の光の線を描いたかと思った瞬間、太くて大きな青白い光線がギャンと音を立てて、トカゲの方へと放たれた。
空はまるで太陽が降ってきたかのように明るくなり、その光が止んだ後は、ただ、夕暮を待つ空が映し出された。
トカゲは……空から落ちてくる様子も気配も無い。跡形もなく消し飛んだのだろう…。
「……これは……オーバーキルな気がしますわ……」
……背中の痛みで口が開かないオレの代わりにちょっと引き気味のサキが呟いた。
多分この先もあんまり無いであろうシリアスです。ちょっとだけお付き合いください。




