4. 運命の日
運命の日。
今日は入学前のアカデミー見学の日である。入試の前にも見学は出来たのだが、今回は入学の決まった者の中の希望者が自由にアカデミー内を見学できる日だ。
オレはレクリエーションのパンフレットや筆記用具と共に例の魔術に使用する触媒を持ってきていた。そう、今日が、入学前に奴に一矢報いる最後のチャンスなのだ。
ユウも来月からこの学園に通うと聞いている。この学園に貴賤の概念は無いから、クラスはまだ分からないが、同じ学級となる。つまり、ここで奴を『ワカラセ』ておかないと、オレの学園生活の汚点になる可能性があるのだ。
一通りの見学が終り、自由時間となった頃。きょろきょろと辺りを見回してみると、オレのいる所からちょっと離れた向こうの方に、どこかソワソワした同年代の子供の中でやたら落ち着いた様子の奴が見える。今日は皆制服であり、探すのに苦労するかと思ったが、あの落ち着きと独特の強者のオーラで、すぐに見分けがついた。ユウだ。やはり見学には来ていたのだろう。奴の元へ向かい、小声でコンタクトを取ることにする。
「おい、この見学が終わったら話がある。向こうに森があるみたいだから、そこへ来い」
ユウに耳打ちすると、奴は特に驚きもせず、こちらにゆっくり向きかえって微笑んだ。
「あらマオちゃん、どうしたの?まさか……告白、とか?」
「ばっ!……ッ」
声を張り上げそうになったがぐっと言葉を飲み込む。そう、ここは人だかりの真っただ中だ。こんなところでの余計なトラブルは避けるべきだ。
「と、とにかく。絶対来いよ、今日は絶対に勝つ」
「勝つ……?あぁ、遊びたいのね。分かった。寄るところがあるから遅れるかも。ちょっとだけ待っててね」
遊びた……っ……。ふ、ふふふ……まあいい。余裕こいてられるのも今のうちだ。今日こそ、奴を、ユウを、この手で……成敗する!
―――……。
森の広場で腕組み仁王立ちすること20分。
……足痺れてきた。そろそろやめようかな、このポーズ……。い、いやいや。今日は本番だ、こんな事でくじけてどうする……。今日のオレは無敵だ、こんな足の痺れ如きでどうとはならんのだ。
そんな心の葛藤を繰り返していた所で、学園側のほうからパタパタと駆けてくる人影が見える。にっくき怨敵、ユウ・シャムロックだ。「ごめん遅れたー」と悪びれもせずに手を振ってこちらに駆けてきた。オレはすかさず手に持ったカンペを確認し、さっと後ろに隠すと、息を吸い込んだ。
「逃げずに来た事を褒めてやろう!今日こそ、お前を倒し、オレの天下がやってくるのだ!」
「うんうん、それで?」
ニコニコしながら聞いていやがる。カンペには恐れて一歩後ずさるって書いてあるんだぞ、空気読め!
「今まで……ぇー……ちょっとタイム」
き、緊張で台詞を忘れてしまった。2週間しかなかったから前口上の練習ができなかったのだ。仕方がないから後ろを向いて確認を行う。カンペカンペ……えー……臥薪嘗胆……臥薪嘗胆ね。何か生暖かい視線を感じるが、もう四の五の言うつもりはない。……実は魔術もぶっつけ本番なのだが、何とかなるはずだ!
「……今まで臥薪嘗胆を重ね、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ついに完成した魔術で、オレは完全体へと至る!刮目するがいい!」
台詞を言いきったところで、カバンから魔法陣の書かれた紙を取り出して、空中にぶわっとばら撒く。ひらひらと舞い上がった紙は燃え尽きたところで光の魔法陣となり、辺りを鮮明に紫色に染め上げた。ここから、魔術を練り上げ、手のひらを空中にかざすと、辺りの魔力がバチバチと音を立て始める。
ちらりと向こうを見ると、これにはさすがに驚いたようでユウがいつも見せない顔を見せている。
……ふふふ、そうだ、その顔が見たかった!
しばらくすると自身の周りが光で一気にホワイトアウトした。目を閉じて集中すると、体がぽかぽかと温かくなっていくのを感じる。多分、自身が強化されていくものだろう。その熱がだんだんと大きくなり、熱くなってきたと思ったところでホワイトアウトした視界が戻ってきた。シュウシュウと泡のはじけるような音が聞こえる。恐らく、魔術は成功だ!
「どうだ!これがオレが編み出した究極の……!」
…………この後は冒頭の通りである。