38. まな板の上の猫
マリに連れられてきた商店は、規模が大きめの商店だった。看板に風の意匠のマークが入っているから、間違いなくうちの商店だ。
店の周りもよく整備されていて、植木は今の季節の花をつけていて、店の周りは石畳がしっかりと敷かれている。外装はシンプルながら清潔感があり、これならば貴族でも利用がしやすそうだ。
こうやって自然なふうに清潔感をアピールして、ごてごてした飾りを多用しない方法を取るあたり、やはりマリはやり手だとおもう。先ほどのような高級ブティックな感じのお店は、普通の人達じゃ利用しづらいのだ。客足も良さそうで、窓から店内に他にお客さんが入っているのが分かる。繁盛していそうだ。
「見学の時にはこんな良い雰囲気のお店は無かったのに……マリちゃん、すごい!」
ユウも関心したようで、オレの横のマリの頭を撫でている。マリは満更でもなさそうだが、ありがとうございますと素っ気ない返事をして、「それより」とユウの手を遮った。
「こちらです。どうぞ」
マリに手を引かれつつ、店の入り口をくぐると、よく整理され、用途別に分けられた棚が見える。
……帰りたくなってきた。オレは今からでも逃げ出せないかときょろきょろと状況を確認してみる。左手にはマリ。後ろにサキとユウが並んだ布陣……何をしても捕まる未来しか見えない。
「兄さん、観念して」
「だからにゃんでオレのかんがえがわかるの……」
……解せない。ふと、マリのほうを向くと、心底楽しそうな横顔が見える。こんな楽しそうなマリを見るのは随分久しぶりな気がする。根っからのポーカーフェイスかつ、作った表情が上手くて、何を考えているかが分かりづらい妹なのだが、今日はありありと「楽しい」という気持ちが見て取れる。
……こんな楽しそうな妹を置いて逃げるわけにもいかないか……。
「兄さ……体の小さい方用の物はバックヤードの方に用意してあるからこっちね」
「にーさん用っていいかけにゃかった……?」
「気のせいでしょ」
何か、作為的な物を感じる。まさかコイツ、最初からこの為に店まで用意したんじゃないだろうな……。マリはオレが怪訝そうな顔で見ているのを察知したのか、「気にしないの」と屈みながら顔を間近に持ってきて、オレの顔のお肉をむにむにと両手でこねながら諭してきた。
「み、みんにゃみふぇるひゃらひゃめりょ!」(みんな見てるからやめろ!)
「ふぅむ……ぷにぷにもちもち……」
オレの制止も聞かずに、マリはオレの顔を揉んでいる。助けてとサキに目配せしてみるが、手をぎゅっと握ってうずうずとしているようだ。サキがこうなっている時は何か「羨ましいな」と思っている時だったように思う。いや助けろ。
一方のユウは、なんというか、満足そうにこちらを見ているのですが……。どうゆう感情だ。
「……可愛い……姉妹そろって可愛い……」
……本当に意味の分からない事を呟いている。姉妹じゃなくて兄妹だ。それから少しの間オレの顔を揉んでいたマリだったが、感触を堪能して満足したのか、オレの手を握りなおして、店の奥の方にあるバックヤードへと歩を進めた。
バックヤードは意外に広く、店の在庫であろう物がそこかしこに置かれている。灯りはしっかりとついており、店内と同じくらいに明るい。その奥に区切られたように小部屋があり、どうやらそこが目的地のようだ。小部屋の中はまるで大きなクロゼットのようになっており、色々な服が置かれている。並んでいる服は確かにオレくらいの大きさの女の子が着そうなサイズだ。 ……しかも、奥にはおあつらえ向きにカーテンで区切られていて、試着室のようになっている所もある。
これ、やっぱり作為めいている気がするのですが……。
「……じゃあ、選ぶから兄さんはここで待ってて」
マリはそういうと、オレに小さな椅子を差し出して、そこに座らせると、ユウとサキを連れて、向こうの棚からトランクのようなものを取り出してきた。広げられた中には……女の子な下着がぎっしりと詰まっているようだ。
オレの精神の男の部分が「直視するな」と叫んでいるようで、段々と居たたまれなくなってくる。正直な話、こうゆう時に男は気まずい。女子連中はというと、そんな気まずそうなオレを差し置いて、あれも良いこれも良いと楽しそうに選んでいるようだ。
……自分が着るわけでもないのに、なぜこんなに楽しそうなのかが分からない。
「まだブラはいいかな?」
「うぅん、早いうちに付けておいたほうが良いと思いますけれど……」
「あ、これ可愛い!」
……何やらおぞましい会話が繰り広げられている。それがオレの目の前で行われているわけで、気分はまさにまな板の上の魚といった感じだ……。
あぁー……色々と耐えきれなかったようで、オレの頭がそろそろ現実逃避を推奨し始めたようだ。段々と視線が壁を通り抜けて、彼方遠くを捉えていく。
………………ああ、荘厳な自然と満天の星空が見える。世界は美しい……。




