35. エスケープラン
次の日。オレは魔術の講義に訪れていた。
セシルには随分心配されて、昨日の内容を詳しく教えてもらったのもあり、特に授業には問題が無かった。一日のブランクはそこまで大きいものではなかったようで安心だ。しかし、今回真に安心できないのは授業が終わってすぐの放課後のほうだ。 ……下着を買いに行くなど言語道断。オレは最後まで狼としての意地と名誉を守り抜かねばならないのだ。
そこで、今日立てた作戦はこうだ。
まず、教室の扉に近い位置に陣取る。これはもう達成済みだ。後ろの席だとマオの背だと見えなくなる可能性があるじゃないと困惑するセシルを強引にこちらに誘って、既に後ろの扉の横の席に座っている。
次に、チャイムが鳴った後、すぐに屈んでユウの視界から消え、安全を確保する。チャイムのキンコンの『キ』が鳴る瞬間にやらねばなるまい。そして、そのままダッシュで保健室に飛び込む。そのあとはしばらくディアナ先生に匿ってもらう予定だ。
恐らく寮はすでに奴らの手により陥落しているであろうから、まずは保健室を橋頭保とさせてもらい、奴らが寝静まった後にこっそりと侵入。後は何気なく洗濯の終わった下着を回収して、はいおしまいという訳だ。
時計をちらりと見ると、講義は残り1分と40秒。 ……勝負は一瞬だ。
ちくちくと秒針が無機質に時を刻んでいく……オレは固唾をのみ込み、運命の瞬間を座して待った。
あと10秒……3、2、1……。
「今ッ……!」
講義の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時にオレはばっと机の下に体を屈めて、一時避難を行う。…よし、この速さなら見つかっていないはずだ。そのままの体勢で扉に飛びつき、ノブを引っ張って、扉を勢いよく開け、廊下へと躍り出た。あとはこの廊下を突っ切って教員棟の保健室を目指して一気に駆け抜けるだけ…!
「ふはは。オレはだれにもとめら…ふぎゃん!!?」
廊下を疾走している最中に後ろを振り向いて敵がいない事を確認して良い気になっていると、いきなり目の前に現れた影に反応できなかったオレは思いっきりそれにぶつかってしまった。
「……いちゃい……」
くぅぅ……おでこいたぁ……。 涙目になりながらぶつかったそれを見ると、丁度駆けこもうとしていた先の主、ディアナ先生だったようだ。尻もちをついた先生が目を丸くして驚いているのが分かる。
「……マオ。しっかりと前を見て行動しなさい。あと、廊下はなるべく走らない」
「……ゴメンにゃサイ」
「よし。素直に謝れるのは良い事だ。偉いぞ」
そういうと、おでこをさすっていたオレを撫でながらディアナ先生がにっこりと笑った。
いや……だから撫でるのはやめていただきたい。というかディアナ先生はオレの事情を知っているでしょうが。
「……あの。オレ、こうみえて15さいだから、そういうのはちょっとぉ…じゃ、にゃくて!!」
そう、これは本題じゃない。あくまで先生との接触は橋頭保を確保するという名目なのだ。目的を忘れるところだった。いきなり立ち上がってふんふんと興奮気味のオレをディアナ先生はずれてしまった小さな眼鏡を直しながら不思議そうに見つめているが、気にせずオレはディアナ先生に懇願した。
「いま、じゅーだいにゃ用事があって!ほけんしつつかわせてください!」
「……む?用事?」
ディアナ先生は立ち上がりながら疑問を口にした。…しまった。保健室を橋頭保にするための言い訳を考えていなかった。
うーん……理由が全く思い浮かばない……。素直に「逃げ込むためです!」なんて言ったら絶対取り合えってもらえないだろうし……。
……そんなこんなで考え込んでいると、不意に後ろから影が差した。
「マオちゃんみっけ。もう、着るもの無いと困るのはマオちゃんでしょ?」
影の主、ユウが後ろからぷんぷんと怒りながら腰に手を当ててオレに話しかけきた。オレはとっさにディアナ先生の後ろにさっと隠れて奴を威嚇した。
先生、アイツですアイツ。やっちゃってください!
「……マオ?約束があるんじゃないのか?」
「にゃいです」
「……だ、そうなのだが、えっと……?」
先生は困ったような、満更でもないような顔を浮かべながらユウに向きかえった。するとユウは「Bクラスのユウ・シャムロックです」と綺麗に礼をした。
「いえ、昨日マオちゃんがもう着る服が無い、と言っていたので今日の放課後に買いに行く予定だったんです」
「……あぁ。なるほど、理解した」
先生はそういう事かと納得したようでふむと少しだけ考え込んでから、オレの肩に手を回した。事情を察してくれたようで、オレを逃がしてくれるようだ。先生……!オレの味方をしてくれるんですね……!やはり頼るべきはオトナな人……!
しかし、オレがほっとしたのも束の間、先生は肩に回した手でゆっくりオレを前に持ってきて、ユウの前に差し出した。え、先生……?
「夜の一件で無くなってしまったんだろう?ほら、行ってきなさい」
すすっと優しく前に押し出され、ユウはオレをキャッチした。目を丸くして振り向くオレに先生は笑顔で手を振っている。
せ、せんせぇぇぇーーー!!?
……抵抗むなしく、ミッションオーバーしたオレはユウの腕の中でがっくりとうな垂れる事しかできなかった。




