30. 戦いのあと
「……つまり、マオは妙な魔術を使って、こうなってしまって……今は戻る方法も分からない、と?」
「そう。はにゃしは最後まできけ」
寮まで連れてこられたオレは改めてサキに事情を説明した。というか、させられた。オレの説明を聞いたサキは「まぁ……」と驚いて、横で一緒に話を聞いていたユウのほうへ向きかえって頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたわ。私、早とちりを……」
「いいよ、楽しかったし」
一方のユウは特に咎めるような事もなく、ひらひらと手を揺らしながら笑っている。まぁ、この後腐れが無い性格はユウの美徳だと思う。それに、言っている事も恐らく本心だろう。この戦闘狂め。
……それにしても、ユウが負けなくてほっとした。だって、コイツを一番最初に倒すのはオレなのだ。先を越されたりしなくて本当に良かった。これからも、オレが倒すまでは絶対に負けたりするのは許さないからな?
オレがユウの方をじとりと睨みつけて念を送っていると、ふぅと一息ついたサキがこちらに向きかえった。
「で、今はマオは女子寮で生活していますのね。 ……お風呂はどうしていますの?」
「…………ひみつ」
勿論、特にやましい事はしていない。今は夜に一度起きて、こっそりと誰もいない浴場に忍び込んでシャワーを浴びて帰ってきているのだ。 ……正直に言うと、物凄く眠いし、夜の静まり返った寮の廊下は物凄くこ……じゃない、暗くて危ないからこの状態は勘弁して貰いたいのだが、紳士な狼であるオレはこうするしか方法が無いのだ。
ではなぜ秘密かと言うと、これを知られると「また一緒に入ろうよ」とか何とか言われて、ユウかもしくは同じくここで生活をしているシィ辺りに拉致されて、散々な目に遭うに決まっている。 ……もう一度お風呂に入れられてたまるか。
「……まさか、入っていないわけではないでしょうね?」
「そんにゃわけあるか!」
確かに一度ワイルドな獣を目指そうと思ったことがあったが、何となくではあるが、この体は感覚が鋭い。平時にそのままだとぺったりした毛が気になって寝れなくなってしまったので、綺麗にはしている。 ……そういえば、猫って綺麗好きって聞いたことがあるな。もしかして、何か関係があったりするのだろうか。
「……嘘はついていないようですわね。とりあえず安心ですわ」
……一体何を安心したのか。
というか、コイツはコイツでオレがノゾキを働いていないかとか、いやらしい目で見ていないかとか、そういうのを心配する前にちゃんと体を綺麗にしているかを心配している事に色々と物申したい。 ……本当に男扱いされていないのではないだろうか。こんなに、こんなに紳士だけど獰猛な狼だというのに……!うん、自分で思っていて悲しくなってきた。早く戻りたい。
「とにかく。今日はもう遅いし明日の準備もありますから自室に戻りますわ。 ……ユウさんもごきげんよう」
「じゃあ私も戻ろうかな?じゃあねマオちゃん」
「……へいへい」
―――……。
「……まさかマオがあんな事になっているとは露とも思いませんでしたわ……」
自室に戻ったサキは髪を整えながら考えていた。以前のマオも今ほどではないにしても、中性的な顔で、お世辞にも男性らしくは無かったが、それでも男の子ではあったのだ。
「イングス王国から、覚悟してここに来たつもりだったのですが……」
サキは、昔から男性が苦手だった。イングス王国では早くに婚約が決まることも珍しくない。幼き頃から剣や魔術の才を見出されたサキの元には連日見合いの話が舞い込み、王国の行事に赴けば求婚される。時には家に殴り込みに来られた事もあった。騎士の国柄という事もあるのかは分からないが、イングス王国の求婚は情熱的であればあるほど良い、という風潮があるのだ。
しかし、サキにはそんな物はどうでもよかったし、いっそ鬱陶しいと思っていたくらいだ。そんな鬱々とした日々の中でのマオやマリとの遊ぶ時間は、サキにとって何よりの宝物だった。
一度はコイツも同じ男だろうと突き放していたのだが、それでもマオは天真爛漫に接してくれていて、男の子ではあったものの、サキをそのような目で見る事は一度たりともなかった。そして、3人で一緒に遊ぶうちに、危なっかしく、可愛らしいこの子を自分が守ってあげたいと思うようになっていたのだ。
あれから数年。マオも男らしくなってしまって、もしかしたら自分を見る目も変わってしまっているのではないか?そう思いつつ来てみれば、まさかの危なっかしさは健在のくせに、あの頃よりもっと可愛らしくなっていると来たのだ。僥倖ではあるのだが、肩透かしを食らった気分だ。
「……どうしましょう、いっそうちで保護したほうが良いかしら」
ぽつりとつぶやいたその表情は真剣そのものだ。 ……マオの受難は続く。




