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26. 怒らせると怖い

 

「ふぃー……つかれたぁ」


 オレは広場の噴水傍のベンチに腰かけて、足をぷらぷらと揺らしていた。時刻は大体16時に差し掛かろうかというくらい。17時には乗合馬車に乗らないと帰りが遅くなってしまうので、そろそろアカデミーの寮へと帰る頃だ。


 そして、何故オレ一人でこうして座っているかと言うと……ユウが向こうで呼び止められて、ここで待っていてと座らされたからだ。相手の男は、社交の際の知り合いらしい。


 男の見た目は典型的なボンボンのお坊ちゃんという感じで、髪を脂か何かでオールバックにてかてかに固めていて、とんがった目をした男だ。歳は多分ユウより年上、18~20歳くらいだろうか。もしかしたら学園の先輩の中にいるのかもしれない。


 話しかけられたユウは顔に笑顔をはりつけて、なにも言わずにただ突っ立っている。うん、ユウの社交の顔ってあんな感じなんだな、目が笑ってない。元々貴族の男は好きじゃないとか言ってたし、いつもあんな感じなのだろう。あんなに表情の無いユウは見たことがない。


 ここからでも心の声で「げー……。嫌な所で会った……早くどこかに行ってくれないかなぁ」と聞こえてくるようだ。一方のオールバックくんは随分と親しげにユウに話しかけていて、たまに肩を掴もうとして避けられている。おそらくは、ユウに気があるんだろうなぁ……。うん、がんばれオールバックくん。そいつ多分「私より強い人じゃないと結婚しない」とか言っちゃうタイプだぞ。


 ……そんな事を考えながら二人をしばらく眺めていたが、話を切り上げたであろうユウがこちらへと戻ってきた。大方、人を待たせているから失礼しますとでも言って断ったのだろう。そこにオールバックくんは物凄く恨めしそうな顔をしながらユウの後を追ってこちらへとやってきた。見上げた根性だ。


「何故だい!そんなガキ放っておけば良いだろ!」


 ……ふむ。なかなか良い事を言う奴だ。放っておいてくれるなら、オレはこのまま一人で帰宅するつもりだ。


「……いくら王都でもこのような小さな子を一人にするのは危険です。私が保護しているので、しっかりと連れて帰る予定です」


 オレの事を悪し様に言われたユウがなんとなくむっとした顔でオールバックくんを突き放した。ていうか、何時からオレはユウに保護された事になってんだ! ……と、声を大にして言いたいところだが、恐らくこれは貴族同士の会話。


 オレみたいな一般人が口を挟むと、後々ものすごーくめんどくさい事になったり、何かあるとラミ母さんが激怒して、その人脈をフルに使ってヤバい事をしたりするので、大人しく黙っている。たかが商人と侮るなかれ、母さんは国を股にかけ、アルカ王国の財政の一端を担うような人物なのだ。一度うちの財力を狙ってマリ()に無理矢理求婚した相手がどうなったか……恐ろしい限りだ。


 そしてなにより、貴族のごたごたに関するすべての回答は「沈黙」が7割方くらいは正解だ。犬も食わないしオレも食わない。


「ふん、ならば私がそのガキをお送りいたしましょう。おい、連れていけ」

「……畏まりました」


 …………へ?


 後ろに控えた大男が、オレの脇を掴んで担ぐように持ち上げ、視界が一気に上に上がる。


 ちょ、ま、流石にここまでやるとは思わなかったんですけどぉ!?


「んにゃっ!?ちょ、まって!?」

「マオちゃん!?」


 高い、高い!というか落ちそうで怖いから降ろしてほしい!!


 オレがヤバいと大男の肩の服をぎゅっと掴んでいると、その様子を見たユウがハァとため息をついて腕を組んだ。


「……分かりました。貴方様がそこまでするのでしたら……」

「おお!分かってくれたかい!さあ、馬車はあちら……に……?」


 ユウから何やら物凄いオーラが立ち込めているのが分かる。


「……ぶちのめします」


 その刹那。ユウの掌底がオールバックくんにダイレクトヒットして、オールバックくんが宙を舞った。その後、タンと地面を蹴ってユウがジャンプをしたかと思うと、大男の頭を踏みつけながらひらりとオレがもち上げられ、ユウの元に抱き寄せられた。そして、そのままの体勢で今度は足蹴にした大男を右足で蹴り飛ばし、宙を舞って落ちてきたオールバックくんにぶち当てた。二人は向こうの噴水に突込み、気絶しているようだ……、な、なんてこと……。


「ごめん、ごめんねマオちゃん!怖かったよね!?」

「…………。」

「ま、マオちゃん?」


 …………。


 怖かったし助かったけど、ユウのほうが怖かったです。あと降ろして。



 ―――……。



 噴水での騒ぎに気が付いた美しいプラチナブロンドの髪をした少女が、風に乱れた髪をさらりと整えながら、その様子を遠くで見守っていた。手には、アカデミーの入学の案内が握られていて、先ほどまでそれを読んでいた事が分かる。そんな中、ふと一つの名前が呼ばれ、ハッとした。


「…………マオ?」


 彼女の名前はサキ・ユニア・バーストロワ。イングス王国の公女である。


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