1. マオ・ウィンディの朝
……時はさかのぼり、冬が明け、ようやく春が見え始めた頃。
オレは朝の日課の剣の素振りを終え、ふうとため息をついた。そんなオレの様子を向こうからジト目で眺めていた妹があきれた様子でタオルを持ってこちらに近づいてくる。
「マオ兄さん……。いい加減、辞めたら?ソレ」
マオ。オレの名前だ。フルネームはマオ・ウィンディ。先月15歳になって、再来月からはアカデミーに通うことになっている。
アカデミーというのはこの国、アイミス連合王国のアルカ王国領にあり、学問、軍事、魔術など様々な事を学ぶことが出来る、連合王国随一の学園の事である。14歳以上になると入試が受けられ、それに合格をすると、15歳からは全寮制で通うことが出来る。倍率はそれほど高くは設定されていない。来るものをある程度拒まず、去る者追わず、されど卒業は侮りがたしといった学園である。
かくいうオレも去年に入試は無事突破し、今は入学まで、実家の手伝いをしながらアカデミーの剣術科とハンター学科に向けた修行をしている。今、精を出している朝の感謝の模造剣素振り千回もオレがこの世界を踏破する大冒険者になるために行っている修行の一つだ。
「うるせー。お前と違って体鍛えてんだよ。アカデミーで舐められても癪だしな」
オレは妹のマリの手から乱暴にタオルを奪うと、ジロリとマリを睨みつけた。
マリ・ウィンディ。1歳違いの妹で、黒髪に釣り気味の金の瞳。オレの銀髪碧眼とは全く異なる色の妹である。恐らく世間一般的には道ですれ違ったら「あの子可愛くね?」と振り返られる程度にはかわいいと思うが、オレに対する態度はどうも小生意気である。
「……でも、兄さんずっとやってるけどあんまり筋肉ついてないじゃん。顔も童顔だし、冒険者って絶対似合わないでしょ」
……大きなお世話だ。といっても、とある事がきっかけで5歳頃からずっと厳しい修行を行っているはずなのだが、確かに傍目からすると、一向に筋肉はついていない。顔もどちらかというと中性的だというのは自覚している。
だが、きっと、多分、筋肉はインナーマッスル的な何かがついていると信じている。……いや、ついているはずだ!顔だってあと2年もすれば彫がつくようになって、精悍でワイルドでクールでダンディでそれから……ええと、ともかく!イケメンになるに違いないのだ!
「……考えている事が大体丸わかりの、馬鹿正直で前向きな性格も良いけど……魔力、凄かったんでしょ。魔術の勉強はいつするの」
言葉の端々と表情にトゲがある気がするが……。
マリが言っているのは自己魔力検査の事だ。この魔力というのの波長が個人を特定するのに役立つらしく、アルカ王国民は皆、10歳頃になると、測定と検査を義務付けられている。その検査で分かった事だが、どうやらオレの魔力は随一らしく、今の王宮魔術師たちが束になってもかなわないくらいヤバかったらしい。
けど、今まで魔術なんて使わなくても生きてこれたし、測定から王宮魔術師から若干数スカウトの話が来ていたが丁重にお断りしてある。ぶっちゃけ王宮に仕えるなどまっぴらだ。オレは剣で身を立て、冒険者として危険と隣り合わせの冒険を行いたいからだ。そっちのほうがカッコいいし、自由だし、何より小難しい作法が無いのが良い。
「オレは剣に誓ったんだ……自由を愛し、自由に生きると!」
「はいはい。タオルは濯いで干しといてね」
……くっ、聞いちゃいねぇ。まあいい。所詮マリにはこのカッコよさは伝わらないだろう。マリに水を差されたオレは井戸から水を掬い上げばちゃばちゃとタオルを濯ぐと、井戸の縁に適当に引っかけてその場をあとにした。