14. 分からないという事が分かった
ディアナ先生に拉致さ……連れられてきたのは保健室だった。先生はオレを抱えなおしてストンと丸椅子に座らせると、自分は向かい側にあるデスクの椅子に腰かけて足を組んだ。
「さて、今日から君の保護観察、及び治験を行うのは私だ」
なるほど、先生は魔医学の担当教師だ。学科と一致しているし、入学前の話にあった、観察したい医師というのは先生の事だろう。既に母さんから件の魔術書……極の魔術理論は受け取っているらしく、デスクの上に見覚えのあるボロの装丁の本が置いてある。
「まず、君に説明しよう。ここに書かれていた魔術だが。これは魔術ではない」
「んぇ!?」
先生の口から飛び出したのはトンデモナイ話だった。魔術じゃない……という事は、オレの行使したコレは一体何なのだろうか。
「これは古代魔術。魔法だ」
「まほー……?」
えー魔法……?魔法ってお伽噺のアレの事…だよな?お姫様のドレスを作ったり、カボチャを馬車にしたりする感じの……。いわば魔術は学問なのに対して、魔法はファンタジーだ。オレが怪訝な顔をしていたのを察したのか先生はフッと鼻で笑うと、本をこんこんと手の甲で叩いて見せた。
「私も半信半疑だがね。この中身は理路整然と書かれているように見えて、完全に荒唐無稽。しかし、一応全体の魔術論理の回路は通っていて、何より、君が行使していると来たものだ」
「……はぁ」
うん、良く分からないという事が分かった。オレが小首を傾げているうち、先生は困ったような笑顔をしてこちらを見つめ直した。
「で、君には残念なお知らせが、2つあるんだが……」
「かえっていいですか?」
「もちろんダメだ」
……ですよねぇ。ここは聞くしかないようで……。出来れば……出来ればこの目から涙が出てこない範疇でお願いしたい……。
思いっきり固唾を飲み込み、先生から放たれる残念なお知らせという攻撃を待つ。そんなオレの意を決したという態度が伝わったのか先生はゆっくりと口を開けた。
「1つ目。魔封じを付けられた時点でなんとなく察しただろうが、これはオーラのような魔力を纏わせるモノではない。つまり、『魔術が解ける』という概念のモノではない」
……これは先生の言う通り、既になんとなく察していた。まあ、そんな事だろうと…。
「2つ目。まだ暫定的だが、これは、不可逆式だ。つまり、元に戻す、という事が出来ない。方法があるとすれば、元に戻るように再度作り変える、となるが、それは実現出来るかどうかが今は分からない。 ……正直、いったい何のためにこんな魔法があるのかが、皆目見当がついていない」
…………。
「つ、つまり……?」
「……現状、元に戻す方法がない」
元に……戻れない……。
先生の言葉を聞いた途端、頭が真っ白になった。目はチカチカするし、動悸がして、呼吸がしづらい……。
まさか、まさかこんな事になるなんて、あの日の自分を助走つけてぶん殴ってやりたい。視界がぐにゃりとねじ曲がって体がふわりと浮かぶ感覚がある。
「……っとと。話を良く聞きなさい。『現状』だ」
「……ふぇ?」
前のめりに倒れそうになったオレを先生は慌てて抱えてくれた。目にはたくさんの涙を抱えていて、正直あまり顔を見せたくないが、先生の言葉が気になって、オレはその体勢のままに顔を上に向けて先生の方を見つめた。
「くっ……かわい……あ、いや、なんでもない。現状は、まだ分からんから、しばらくそのままだと言いたかったんだ。変な言い方をしてすまなかった。今は混乱しているようだし、少しこのまま休んでいきなさい」
先生はオレのお尻のほうに腕を回し、お姫様抱っこをすると、そばにあったベッドに寝かせてくれた。
……なんだろう、やはり、この体は感情に対する感性が爆発的に高い気がする。どっと疲れが出てきたと思えば、シーツの心地よさに、微睡みが押し寄せてきて、すぐに意識が遠のいてしまった。
―――……。
マオが寝静まった後、ディアナはあどけない天使の寝息を聞きながら、顔を紅潮させながら、両手で覆った。
「はぁぁあぁぁ……かわいい……。かわいすぎる……。もう、このままにしておいた方が人類が救われるんじゃないか……。い、いやいや、ダメだ。こんなに落ち込んでいるんだ、未知の魔法の事もあるし、調べてあげないと……」
マオの天敵はいたるところに存在するようである。
ディアナ先生は、恐らく自分の部屋にこっそりぬいぐるみが置いてあったり、猫や犬を見ると無意識に近づいたりしちゃうタイプだと思います。




