[短編]今日もニブい上司の助手を名乗る
重いガラス戸を開けて中に入る。
一瞬でメガネが曇った。
「おはようございます」
曇ったレンズの向こう側にはイケメン警備員。
ああ、金曜日か。
私は挨拶を返して階段を上った。
イベントに関係することならなんでもやりたい社長の影響か、設営、運営、営業の部署は活気がある。
私の所属先の総務は静かだ。
今朝も上司で同い年の長瀬はコーヒーを淹れている。
「警備員さんからレンタル品の破損はなかったってさ。今日は環菜さんが書類受け取ってくれた」
「そうですか」
社長の方針で夜間は警備員が常駐する。深夜早朝でもイベント用品のレンタルやその返却を受け付けるためだ。破損があれば後日担当が確認して請求することになっている。
「それで、高野さんに相談が」
私のカップにコーヒーを注ぎながら、長瀬が声を顰めて言った。
「最近、環菜さんの仕事配分が上手く出来ていないみたいなんだ」
長瀬が言うには、急ぎの仕事はないはずなのに、残業や朝早く出社して仕事をしている。
過重労働をしないように仕事配分をしているはずなのに、実際は負荷が多いのか。
それとも何か悩み事があって仕事が溜まったりしているのか。
私は湯気で再びメガネを曇らせながら長瀬の話を聞いた。
「悩み事があるか聞くつもり。でも同じ女性同士じゃないと話せない内容だったら、高野に頼みたいんだ」
こそこそと話す長瀬の肩越しに、返却記録を入力している環菜の姿が見えた。
私はこくりとコーヒーを飲んだ。
美味しい。
「要は環菜が定時退社すればいいんですね?」
「うん。体にもよくない」
「わかりました」
私は近くの電話から内線通話をする。
そして、電話の相手に彼女の有無と環菜についての印象を聞いた。
《彼女なし。環菜は好み》
それだけをメモする。
「課長、これを環菜に渡して、『警備員室に物品の貸出受付書類の補充を今して欲しい』と口頭で。それで定時退社しますよ」
長瀬は不思議そうな顔をしたまま、環菜の席に向かった。
その日から環菜は定時退社するようになった。
ある朝、長瀬に聞かれたので私は答えた。
「警備員と話すために残業と朝早い出勤をしていたんです。少しでも印象付けるために。その証拠にあのイケメン警備員の時だけ、残業と早い出勤です。
互いに好意を抱いているなら、勤務時間外に会った方がいいですからね」
「高野さんはすごいね。僕の助手なんて呼ばれて心外だろう?」
「私が助手だと言いふらしているだけです」
不思議そうな長瀬。
長瀬はニブい。
年若い課長なのは、他の上司が現場好きすぎて「総務、やだー」と長瀬にお鉢が回ったから。
高野は内心ガッツポーズでした。