殺人信仰
ある日、親友が死んだ。
胸に包丁を刺して笑顔で死んでいった。
彼女自身、虐められていたとか家庭内暴力があったとかではなかった。むしろ、彼女はいつも明るく家族仲も良好で、将来何も心配しないでいいほど成績も良かった。
さらに言うなら先日、「恋人が出来た」と笑顔で話していた。
そんな彼女が死んだのだ。しかも、笑顔で、第一発見者であった私は、そんな彼女を見て一種の美しさを感じた。
沢山の芸術家や小説家達が生きるという苦しみから逃げるために死という幸せを選んだように彼女も幸福を選んだのだろう。
その時から私は人間の最大の幸福は死ぬ事だと思うようになった。
「そんな幸福を与える人は世界の救世主なんだろう。」
ぽつりと、幸せそうな顔をしている彼女の前で呟いた。
「そうか、私がその人になればいいのか」
それは、帰宅中の私に突如降ってきた神の天啓だった。
思い立ったが吉日、ということで私は近所のスーパーで包丁を1本買った。
「1人目は誰がいいだろう」
老人か子供か、前者は近いうちに来る死の恐怖に取り憑かれているだろうし、子供は将来の色々な悩みとかがあるだろう。
考えること30分私はひとつの結論にたどり着いた。
「次にこの道を通った人にしよう。」
救済に年齢も性別も関係ない。むしろ、そんなちんけな物で分類して選ぼうとする私が愚かだった。人は生まれながらにして幸せになる権利がある。私はそれを最高の幸福に導くことが出来る。なんと幸せなことだろう。
そんなことを考えていると道を小学生らしき男の子が通った。
私はその子のあとを追い、人目の付かない路地に入ったところで後ろから抱きつく形で子供のお腹を刺した。
子供はお腹に包丁が刺さっていることに気づくと泣き叫びながら暴れ、そして死んでいった。でも、それは幸せには見えなかった。
「私はなんてことをしてしまったの…。」
それは考えればすぐに分かることだった。刺されると痛い、苦しい、そんなので幸せになれるはずがない。私はなんて酷いことをしてしまったのだろう。あの子はどんな不幸を抱えて死んで行ったのだろう。
「もっと……、もっと…楽に殺してあげればよかった。」
親友と違ってあの子は準備が出来ていなかった。あの子は最終的に幸せにはなったがその前に一瞬だけ苦しみを与えてしまった。
そんな罪悪感からその日の晩御飯は食べられなかった。
翌日、朦朧とする意識の中でとある映画のセリフを思い出した。
『眉間を撃つと人は一瞬で死ぬ。お前にその覚悟はあるか』
でも、拳銃なんて銃社会ではない日本では簡単に手に入れられるものでは無い。
どうにかならないかとインターネットで調べてみると、自殺ドラッグという薬の売買のサイトを見つけた。
『この世界の全てに勝る快感を。』
そんな胡散臭い見出しがついているが、薬は脳に作用して快楽物質を分泌させ、最悪死にいたるというものだった。
「これで沢山の人が救える」
持っているお金を全て使って買えるだけこの神様の贈り物を買った。
そして一週間後、色々なところを経由してそれは私の元に訪れた。
私はそれを使って早く人を救いたいと思い。すぐさま家を飛び出した。
時間は午後3時、近所の公園に行くとそこには学校帰りの子供がたくさんいた。
その中の一人に声をかけて、人目のつかない裏路地に連れて行き、首に注射器を刺した。公園に来る途中で道端にいた鳩で効果を確認したので子供がどうなるかはわかっていた。
子供は失禁しながら気絶する。このままは死ぬかはこの子次第、だから私は包丁で胸を刺した。
それからは、酔っ払っている人や早朝に散歩してる人、援交をしようとする人、色んな人を救っていって気づけば一ヶ月が経っていた。
街では連続殺人がどうのこうのと騒いでいるが、そんなこと気にせず救済を続けていったある夜、いつも通り幸福になる人を探していると1人の警察官に声をかけられた。
「君、学生? ダメだよこんな夜遅くまで遊んでちゃ。」
「ちょっと塾で遅くなっちゃって。」
「最近ここら辺では物騒な事件が起きてるから気をつけるんだよ。」
「お気遣いありがとうございます。」
「そうだ、一応カバンの中身見せてくれる?」
何もやましいことの無い私は言われるがままにカバンを手渡した。
「ん? これは!?」
警察官は何かすごいものを見つけたような声を出して、私の方を見つめる。
「ちょっと、署の方まで来てくれるかな」
警察官は先程までの優しい表情とは取って代わって険しい顔になった。
残念ながら私にはそんな時間などないので、その警官を救ってあげることにした。警察官に抱きつき驚いている間に首筋に注射を刺す。すぐに警察官の体から力が抜け、そのまま倒れ込んだ。
「国の安全を守ってくれた人には特別です。」
もう一本注射を刺す、すると体が大きく跳ねてそのまま冷たくなっていった。
「よし、今日も人を救えたな。」
達成感を感じていると、視線になにか気になるものが入った。
警察官の腰にあるもの。そう、拳銃だ。私はそれを頂き家に帰った。
「これで不意をつかなくても救済ができるな」
翌日、家に警察官が来た。どうやら私は逮捕されるらしい。どんなに崇高なことをしてるのかを説明したが、どうやら、その言葉は理解されなかった。
きっとこの人たちは正義と对となる悪なんだろう。でも、私は優しいのでその人達も救ってあげた。一発目は外れたが案外簡単なもので二発目三発目をそれぞれの眉間に当てた。
だが、次の瞬間に私の腹部に穴が空いた。
気が付くとそこは質素な病室だった。
「今日も天気がいいわね」
母がいつものようにカーテンを開ける。母は座ると近所の田中さんの話とかスーパーの特売とかの話を始めた。
私も「また夢を見たんだ」と言い出そうとしても声が出ない、それどころか体も動かない。
辛い、苦しい、誰か……誰か…
「私を殺して」
この物語はフィクションです。