初めての奢り
イリーナにパーティ依頼を出して2日後。
少しは気持ちが落ち着いてきたこともあり、イリーナからの連絡を待つ間、街で買い物をしようとしていた。
(この前色々投げちゃったから……買い足さないと)
マーケットに行くと、失ってしまった道具の補充をしていく。
杖だけは討伐隊の人達が拾ってくれていた。
ポーションやら旅の道具などを買い足していく……と、ふとマーケットの一角に人だかりが出来ているのが見えた。
(何だろう??)
気になったキープも人だかりの方へ見に行くと……、
「早く回復師を呼べ!」
「傷口を強く圧迫しろ……抑えるのを手伝ってくれ!」
「もっと布を持ってこい!」
人だかりをかき分けて見てみると
腹部から血を大量に流している男がいた。
しっかりしたガタイと赤茶色の角刈りにした男で、一見して冒険者と分かるような恰好をしていた。
20代後半か30代前半だろうか……目は鋭いが、今は傷の痛みを耐えている様に閉じられている。
使い込まれた鱗鎧を着込み、腰にはロングソード、背中には盾を背負っている。
スケイルアーマーの隙間から血が流れている。周りの人が傷口を抑えようとしているが鎧が邪魔になっているらしい。見ると鎧の留め具が破損して外れないようだ。
「回復師はまだか??」
傷を抑えようとしている人が叫ぶ、ケガをした男はかなり血の気がなくなっている。
キープは他の人を必死に押しのけ、やっと男の元にたどり着くと、
「セイントヒール(大回復)」
魔法を唱えた瞬間、男の体が真っ白に光る……光が収まると男がゆっくり目を開けた。
「痛くなくなった……」
光った瞬間周りの人達も一瞬静かになって見守っていたが……男の声に大歓声が上がる。
「すげえ!一瞬で治った」
「あれだけのケガだったのに!」
「嬢ちゃんすげー!」
「なんて回復師だ……セイントヒールだと」
「あんな小さい女の子が」
「天使だ……天使の女の子だ!」
沸き立つ歓声に照れて顔を赤くしてしまうキープだが……、
(嬢ちゃんじゃないだけどな……)
複雑な気持ちになっていると、
「おう、あんた……あんたは命の恩人だ。本当に助かった! ありがとう!!」
傷が治った男がキープに頭を下げて来た。
「頭を上げて下さい。そんな……おきにせず。 それより大丈夫ですか?無理はしないで下さいね」
「大丈夫、セイントヒールだっけ? すげえな。 傷も治っているし流血した分の血も戻っているようだ」
キープは改めて男を見る。
立ち上がった男は、(やはり)キープより高く、身長180cmぐらいありそうだった。
冒険者カードが胸に掛かっており、【金ランク冒険者 『ロード・ヴァリス』】と書いてある。
「俺の名前は『ロード』、金ランク冒険者の剣士だ。そんでもって命の恩人さんの名前を教えてくれるか?」
「あ、僕の名前はキープって言います。回復師です」
「なるほど……回復師。それも相当な腕前だな」
ロードがキープを感心したように見つめている。
何故かそのままじーと暫く見つめられる。
居心地が悪くなったキープは、
「あー、え~と、では僕は行きますね」
「ま、待ってくれ。お礼……といっても受けた恩はデカすぎるが、お茶でも奢ろう」
必死に追いすがるロードに、
(う~ん……まぁ特に何もないし、時間もあるし……それに命救われたら僕もそうなるよね……)
「良いですよ」
微笑んでロードに返す。
周りの群衆を抜けつつロードの案内で近くのカフェに入ることにした。
「改めて……さっきは助かった。ありがとう」
カフェに入り席に着く、注文を済ますとロードが頭を下げて来た。
「いえ、そんな……もうお礼は言ってもらいましたから」
キープは慌てて手を振る。
「キープ……で良いかな? は、あまり見ないが最近この都市へ?」
「キープで良いです。はい、最近来て冒険者になったところです」
「なるほどな、俺はこの都市に長くいるが見たことなかったものでな……つい先ほどは見つめてしまった」
再び頭を上げようとするので手で止めつつ、
「ロードさんは金ランクの冒険者ですよね?あんな傷を負うなんて何があったのですか?」
「あ~……それはだな」
ロードは頭をかきつつ恥ずかしそうに、
「コソ泥に刺されちまったんだよ……何ていうか、油断した」
「そ、そうだったんですね」
意外だったのでキープが驚いていると、
「いや……捕まえたコソ泥がまだガキでね……ガードに引き渡すのも忍びないしと迷っていたら鎧の隙間からグサリとね……」
肩をすくめつつ苦笑いしている。
「まさか死にかけるなんて思わなかったが……キープのおかげで助かった」
「いえいえ……そんな」
「それに……」
ロードが続ける……心なしか顔が赤いように見える。
「命を救ってくれたのが、キープみたいな可愛い回復師だとはな」
(なんか……話が……)
キープが嫌な予感を感じていると、
「それでだ……いきなりで悪いが、一目で惚れちまった!」
早口にまくしたてるとロードは水を一気に煽った……。
「!?……ごほっごほっ」
むせたようだ。
「あー……えっと、大丈夫ですか?」
心配しつつも、自分が男であることを伝えようとしたが、
「す、すまない。 急すぎる話だとは思っている。いきなり言われて戸惑うのも無理はない」
遮る様にロードがまくし立てる。
「出会ってすぐだし気持ちはわかる、だが俺を助けたことといい、守りたくなるオーラ、心配してくれる優しい心、柔らかな物腰、そして可憐な姿……そのどれもが__」
まくし立てるロードを見つつ、
(守りたくなるオーラってなんだろう?……まぁそれより早めに言わないと……)
「……引き留めてカフェに誘ったのもこのまま分かれるなんて……」
まだ話を続けるロードを遮った。
「ロードさん!」
少し大きな声を出す。それに驚きロードの話が止まった。
「は……はい!」
告白の返事だと思ったのか、緊張の思いで見つめてくるロードに、
「僕男です」
キープは宿のベッドに倒れこんだ……。
(今日は色々あって疲れたなぁ……)
元々は単純に買い物をして戻ってくるつもりだった。
それがロードとの出会いでバタバタしたものとなっていた。
(いい人ではあるんだけどねー)
カフェでの事を思い返していた。
男と告げられたロードは、
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
と言って泣きながら走り去ってしまった。
大の男が泣きながら風の様に去る。
この展開は予想しておらず、キープも唖然と見送ってしまった。
結果、「奢る」と言われたのに、キープが「奢る」形となり二人分のカフェ代を払う事となった。
その後は買い物を続けて宿に戻ってきたのだった。
コンコン
ドアがノックされる。
「はい?どうぞー」
キープは起き上がりベッドに腰かけた体制で声をかけた。
「すみません、お客様」
宿の狐の子だ。廊下にいたまま顔だけ覗かせている。
従業員として部屋に入らない様に心がけているのだろう。
「先ほど、冒険者ギルドのイリーナ様がお見えになり、伝言を預かっています」
「ありがとう、内容を教えてもらってもいいかな?」
「はい、パーティが見つかったので、明日の9時に冒険者ギルドに来て下さい。とのことです」
(さすがイリーナさん、早いなぁ)
「ありがとう、助かったよ」
狐の子にチップをあげて感謝を述べる。
「ありがとうございます!」
狐の子は嬉しそうにドアを閉めて戻って行った。
(今度こそ……前回みたいなことにならない様にする! 回復師の役割を果たす)
キープは心に決めると明日の為に準備を行うと早めに就寝したのだった。
この世界の通貨は書かない様にしています。
単位や貨幣の価値まであると、情報が多すぎるかな?と思った次第です。
みなさんのご想像で宜しいかもしれません。
ちなみに『長さ』『重さ』などの単位は現実と同じにしてあります。
イメージが付きやすいと思いましたので。




