初めての滝行
ドドドドドドドドドドド……!
大きな滝から流れる水の勢いは激しく、かなりの水量があった。
そんな滝の下で滝行をする男が一人……。
ロードである。
彼は冗談の様に『滝にでも打たれてくる』と言ったものの、本当に滝行に来ていた。
目を瞑り、手を合わせて、下半身を覆う下着のみの姿でひたすら水に打たれる。
……が、
「駄目だーーーー!!」
突然叫ぶと、滝行を切り上げ水辺に上がってきた。
そうして大きな石の上に座ると、今度は座禅を始めた。
心の中で、『心頭滅却』『色即是空』『明鏡止水』『無念無想』と、ひとまず適当にそれらっぽい言葉を思い浮かべているが……。
『愛しています!』
朧気ながら思い出された言葉で、何もかもが吹っ飛んだ。
「ちっがーーーーーーう!!」
座っていた石を殴りつける。
声が響き渡り驚いた鳥が逃げていく。
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
肩で息をし、ペタンと座り込んだ。
「くぅ~。俺はノーマル……ノーマルなんだぁ!!」
ロードの叫びは滝の音に消されていく。
強靭な心を手に入れ、キープに背中を預けてもらうようになる。
そう誓ったロードだったが、その守ろうとするキープの影に心が乱されていた。
何度集中しようとしても、キープの祈るような姿が目に浮かぶし、『愛しています』の言葉が耳につく。
ある意味トラウマと言うか呪縛と言うか、そういったものに縛られて、修行が全然進まなかった。
「はぁ……」
肩を落としつつ山小屋に戻ってきた。
ロードは今、必要最低限な物しかないこの小屋で寝泊まりしていた。
鍵は掛かってないし、取られる物も何もない。
帰るなりドアを開けると、そこには見目麗しい美女が一人いた。
ブロンドのウェーブの掛かった髪は腰のあたりまで長く、背も高く、それでいて女性らしく丸みを帯びている。
豊満な胸や、ふくよかな下腹部に比べ腰は細く引き締まっていた。
そしてスッとした目鼻立ち、ふっくらした唇と美しすぎる顔立ちだった。
そんな美女がいるという、いつもと違う予期せぬ出来事に驚いたものの、
「誰だ!」
剣を抜き放ち美女へ向ける。
美女は震えながら、
「道に迷ったものです。すみませんが一晩泊めて頂けませんでしょうか?」
ロードに縋るような眼差しを向けてくる。
よく見ると女性の服装は薄い布1枚で、体を覆う面積も少なく下着も着けていないようだ。
あちこちの服の隙間から、真っ白できめ細かな肌が見える。
どこかの奴隷商から逃げて来たのだろうか?
「あの?」
見られていることを感じたのか、女性が恥ずかし気に体をくねらせる。
白い肌に朱がさす。
そんな姿にロードは目を逸らせなくなっていた。
ロードもいい年をした男だし、修行に明け暮れ、大人のお店にも行っていない。
目が奪われるのは仕方なかった……が、
(何かが変だ)
ロードの頭の中では警笛がなっている。
確かに目は逸らせないが、どこかおかしな点がある……不自然な……。
そうは思いつつも頭に霞が掛かったようになってくる。
意識もぼーっとしてきた。
(まぁいいや。こんな美女が目の前にいるんだし)
ロードの目には美女が誘っている様に見えて来た。
(それにキープは男だ、どうあがいても……キープ?)
キープの名が出たことで一瞬覚醒した。
少し頭が冴える。美女は相変わらず目の前にいる。
体をくねらせた状態で、太ももを見せつける様に脚を曲げており、肉付きの良い太ももから足裏まで真っ白な肌が目に焼き付く。
シュ!
剣閃が走った!
美女はそれを身を捻って躱す。
「へぇ、よくわかったね」
美女がニヤリとする。
「こんな山の中に裸足で来ておいて、足の裏が綺麗とかありえんだろ」
剣を正中に構える。
室内は大振りできない。また正中はどの方向からでも対応できる。
「あ~、そっか。あたしの演技もまだまだだね。でもまさか『チャーム(魅了)』からも逃れるなんてね」
美女はいつの間にか魔法を使っていたらしい。
「お前なんかより魅力的な人がいたってことさ」
(残念なことに男なんだが……)
ブーメランの様に自分に返ってくる。自分の言葉でちょっと気落ちする。
その隙を見逃さず、美女が低い姿勢から突っ込んできた。
即座に剣を1段下げて牽制するが、それを横に躱して構わず突っ込んでくる!
ロードの懐に入った美女がいつの間にか構えていた短剣を突き出した。
刀身では受けられない!
剣の鍔で短剣を止めるとそのままいなした!
美女はいなされたまま、ロードの背後にある出口から外へ飛び出す。
その背後を狙って切りつけた!
ガッ!
出口が狭すぎて枠に刃が食い込んだ。
「チッ!」
剣を引き戻そうとするが、少し手間取ってしまう。
何とか抜いて外に出るも、美女はいなくなっていた。
「くっ……何だったんだ?」
何であろうと危険な相手だった。しかし何とか撃退したことに安堵の溜息をつく。
そしてロードは思い出した。
(『チャーム(魅了)』から逃れるなんて)
つまり、魔法による精神操作に抵抗できたことになる。
そしてその時、どうやって正気に戻ったかと言うと……。
(そうか、キープか……お前の事を想っていれば精神操作に抵抗できるのかもしれない)
これで、目的は果たせた。
キープの背中を預かるためにはキープの事を想えばいい。
ロードは剣を収めると、小屋の片付けを始めた。
今度こそキープのパーティで背中を預かるのだ。
そんなロードを少し離れた所で先ほどの美女が見ていた。
「あらら、恋焦がれる炎に嫉妬して奪おうと思ったけど……もっと燃え上がっちゃったかしら?」
呟いた。
彼女の名前は『嫉妬の魔人 アケルナル』。
人に紛れて混乱を巻き起こすと同時に、諜報活動をしていた。
色々な人を誘惑し、嫉妬させ、人間関係をこじらせる。
やりようによっては人同士で殺し合う事も出来るし、色々な情報を抜き取ることが出来た。
彼女は人の好意や情に敏感で、そういった人を見つけるとちょっかいを掛けていた。
「まぁ、いいわ。 恋も愛も燃えれば燃えるほど嫉妬の炎は大きくなるもの」
ロードから目を逸らすと、
「さ~て、次は誰を狙おうかしら?」
クスクス笑いながら、溶け込むように消えていった。
総ポイント50到達いたしました。
これもはひとえに皆様のお陰です。
ありがとうございます!




