初めての嘘
「ここか……」
教会本部はかなりの大きさを誇る。
教会の鐘がある尖塔は真上を向かないと目に収まらない。
両開きの大きな扉も片方の扉だけで幅が4mぐらいはありそうだ。
白と青を基調とした建物だが、所々に金の装飾があり絢爛さを誇っている。
入り口には槍を持った門番が二人ほどいたが、
城からの客ということでそのまま通ることが出来た。
中は普通の教会の礼拝堂と同じ作りだが、規模が違った。
村の教会は30人ぐらいで入りきらなくなるが、ここは千人いてもまだ余裕がありそうだった。
床は赤いカーペットが敷いてあり、歩いても音がしない。
奥に位の高そうな神官が見えたため、そちらに歩いていくことにした。
キープは礼拝堂の真ん中をしずしず歩いていく。
白いローブも来ているので聖職者に見える。
教会の関係者だろうか?
周りにいる人達がキープを見ながらひそひそ話をしていた。
「何と神聖な……」
「どこの聖女様だろうか?」
「女神の様に美しい」
そんなことを言われていると露知らず、
(うぅ何だろう? 悪口かな? 真ん中じゃなくて横を歩くべきだったのかな? 作法知らないし仕方ないじゃん~)
と、思いつつ顔には出さず、歩き続け礼拝堂の奥にいる神官を目指した。
神官帽をかぶった年配の神官に声を掛ける。
かなり優しそうな感じで、歩いて来たキープを微笑みながら見ていた。
「すみません。お願いがあって参ったのですが……」
「はい、何でしょうか?」
「実は『ディスペル』の魔導書を見せてほしいのです」
「『ディスペル』の魔導書は聖女様しかご覧になることが出来ません、すみませんが……」
「あ、えと、これを」
キープはミモザ王女からの手紙を神官に渡した。
神官は手紙を受け取って目を通すと、
「少々お待ち下さい」
奥の部屋に下がった。
暫くして神官が戻って来ると、手に一冊の本を持っている。
かなり大きくて分厚い。
「お待たせいたしました。こちら『ディスペル』の魔導書になります」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ聖女様とは露知らず。申し訳ございません」
「は?」
「え? ……聖女キープ様ですよね? ミモザ王女の手紙にそう書いてありましたが……」
(ま、まさか……ミモザ王女!?)
「そ、そうです! すみません。ありがとうございます!」
キープは慌てて返事をすると、魔導書を受け取り礼拝堂の端の方へ行く。
「あ、聖女様。魔導書は教会からは出さないで下さいね」
「は、はい~」
逃げる様に端に行く。
それを聞いた礼拝堂にいた人達は、
「やっぱり聖女様だったな」
「俺あの聖女様のファンになろうかなぁ?」
「気品が違うと思ったね、気品が!」
またヒソヒソ話が再開される。
キープは端に着くと机の上に本を広げつつ、
(ごめんなさい!嘘ついちゃいました! 聖女様じゃないんです。それどころか女でもないんです!)
心で謝罪しつつ、
(ミモザ王女、何て嘘を……。確かに魔導書見れましたけどぉ)
キープの為とは言え、何かミモザ王女に嵌められたようにも思えた。
気を取り直して魔導書を読みふける……。
「さ、……、様、……聖女様?」
「!? は、はい!」
いつの間にか神官が来てキープに声を掛けていた。
「大丈夫ですか?かなり熱中しておりましたが……」
「すみません。夢中になっておりました」
「そうでしたか、ですがもう日も暮れて暗くなります。 せめて明かりのあるところでご覧下さい」
神官の言う様にかなり暗くなっている。
教会内も蝋燭がいくつも点けられ灯りが灯りだしている。
「申し訳ございません。もうこんな時間だったのですね」
「いえいえ、お気になさらず。 そんなに熱心な聖女様はお久しぶりですよ」
神官が微笑む、
聖女という名称に曖昧な笑顔を浮かべて、
「では、本日はかえりますので」
席を立つキープに、
「宜しければ奥の特別室をご使用下さい」
「特別室?」
「聖女様が本教会で修業をする時に寝泊まりなさるお部屋です」
(宿代も浮くし、なにより本の続きを読めるかも)
渡りに船の様な話に「是非」と了承したキープだった。
それから数日、教会で寝泊まりしつつ『ディスペル』を習得しようと練習を続けた。
しかし、やはり適性がないためか、その片鱗すら見られなかった。
魔力はあるが『ディスペル』の詠唱時に全く反応しなかった。
城を出て10日目、キープは『ディスペル』習得を断念せざるを得なかった。
身体の魔力は相変わらず『ディスペル』の詠唱に無反応の状態が続いており、ここで続けても厳しそうと判断した。
それに詠唱は覚えたので、以降は旅をしながらでも鍛錬できる。
『ディスペル』が習得出来なかったのは残念だったが、修行で魔力が上がったのか『リング系(範囲化)』と『ホーリーチェイン(拘束)』以外は無詠唱で唱えられるようにもなった。
これは回復師であるキープにとってはかなり助かることであった。
ここでやれることはやった。
ならば聖女「デネボラ様」に会いに行こうと考えた。
(1つの可能性だけ追っている場合じゃない、こうしている間にミーシャの石化は進んで行く……)
キープは王都を出発し、東にある街「ケイナン」を目指すことにしたのだった。




