最後の戦い~強欲
ダダダダ
ダッダッダッ
キープ達が足音を響かせつつ走っていく。
通路を抜けると、そこは小部屋になっていた。
装飾も家具も何もなく、ただ四角い石でくみ上げられた部屋。
部屋の奥側には更に上にあがる階段が見える。
そしてその階段の前には……一人の男が佇んでいた。
手には青い双剣『双蒼放刃』を持っている。
中年の男性は憂いを帯びた表情で、
「やはり来たか……」
その瞳がキープ達の顔を一人ずつ見ていく。
「あの数をこの人数で抜けたとは驚きだ」
顎を撫でつつキープ達に語る。
そして、
「俺は『強欲の魔人 ベイド』と言う。 そこのアレスとミアプラは知っていると思うがな」
ベイドは視線を二人の勇者に向ける。
そんな中、ミアプラが一歩前に踏み出した。
そして、
「こいつは私が相手する。 手はださないでほしい」
「ええ!」
驚くキープ達と、それを聞いて大声で笑いだすベイド。
「アッハッハ! これは傑作! 一度敗れておきながらまだ懲りないと思われる」
「ベイドの言う通りなら、お前では勝てんぞ?」
アレスの言葉に首を振り、
「いや、やらせてほしい……あいつには色々借りを返したい」
「しかし……」
「頼む……」
蒼く輝く瞳に見つめられアレスが黙り込む……。
ミアプラの決意にナシュが口を開いた。
「……まぁ、分かるわ……貴方がされたことを思えばね」
ミアプラを助けた時の姿を思い出したようだ。
「その代わり約束よ? 絶対死なない事!!」
「ああ、約束する」
「猫触るんでしょ?」
「ああ……触りたい」
ミアプラはベイドに向き直る。
「死ぬ決心はついたかね?」
「わざわざ待っててくれるとは……感謝してあげるわ」
そう言いつつミアプラは剣を抜いた。
そして、
「先に行ってて……必ず追いつくから……」
その言葉にキープが頷いて、
「分かりました……でも魔王は勇者にしか倒せないと聞きます。 必ず来て下さいね」
「ああ……」
ミアプラはベイドから目を逸らさず返事する。
「お前達を俺が素直に通すと思っているのか?」
ベイドが苛立つように告げると、
「この人数相手にやれるのか?」
アレスが返す。
ベイドは答えず剣を構える。
刹那、
「『双雷』」
ミアプラから放たれた稲妻がベイドに迫る!!
それを横っ飛びに躱した瞬間、キープ達が階段に向けて走り出す!!
「行かせるか!!」
剣を振り上げキープに迫るベイドにミアプラが割り込んだ!!
ガン!
くぐもった音がして、ミアプラとベイドの剣が交差する。
その間にキープ達は階段を駆け上って行った。
「くっ! 邪魔だ!」
「貴方がよ」
お互いに剣を押し合い、飛び退って距離を取る。
「悪いが今回は最初から全力だ!! 『身体強化』『幻影』」
ベイドの魔法で身体能力が強化され、さらにベイドの幻影が六対現れる。
ベイドがミアプラにニヤリと笑うと、
「七対一で勝てるかな?」
ミアプラはベイドを見ながら呟く。
「……私は、今まで一人で戦ってきた」
「?」
「魔人を倒す……ただそれだけを教えられてきた」
「……一体何の話を」
「それが……キープ達に助けられて話をして……したい事も出来た」
「貴様! さっきから何の話を!!」
怒鳴るベイドに構わず話を続ける。
「そうしてみんなが色々教えてくれたり……これとか」
そう言ってミアプラは手に持った鉄製の矢じりを何個か見せる。
「それがなんだ? ただの矢じりだろう」
「……そう、アルタイルが教えてくれて……矢なんて初めて触った。 これは記念にくれたの」
「くだらん! もう良い。 お前の記念品や思い出に興味はない」
突っ込もうと剣を構えるベイド。
「そう……」
ミアプラが腕を振り矢じりを投げつけた!!
「ぐぁ!」
まるで棒手裏剣の様にベイド達に突き刺さる!!
そして、
「『双雷』」
ミアプラの手から稲妻が迸る!!
それは矢じりから矢じりへ、そしてベイド達へと流れていく!!
前の戦いでベイドがハルバードを避雷針にしたように、今度はミアプラが矢じりを避雷針として使ったのだ。
「ぎゃぁぁぁぁ」
「うがぁぁぁ」
「おおおぉぉぉ」
「くそっ!」
『身体強化』で速度を上げていたベイド本体はいち早く矢じりを投げ捨て助かったが、残りの幻影ベイドは全て掻き消えてしまった!!
「!?」
瞬間、ベイドの目の前にミアプラが来てすでに剣が振り下ろされていた!!
(速い!)
それを剣で受け止める!!
『身体強化』が無ければ間に合わなかっただろう。
「……お前、なぜそんなに早く……」
「……」
ミアプラは答えない。
(魔法……ではないようだが)
ベイドが考えている間にも、ミアプラは二度三度剣を叩きつけてくる!!
「ふん!」
ベイドがカウンターを入れると、上体を逸らして躱したミアプラが後ろに下がった。
距離があくと、
「お前の剣で苦しむがいい」
ベイドの持つ蒼い剣が輝きを帯び水が滴る!
シュ!!
剣を振って水滴をミアプラに飛ばす!!
飛ぶ斬撃と化した水がミアプラに迫り……ミアプラの左手首が血をまき散らして宙を舞った!!
バッ!!!
ミアプラはベイドから跳躍して距離を取ると、切断された手首側の腕に布を巻きつけ止血をする。
口と右手を使って強く巻き締めた。
ベイドは特に何もしてこない……どうやら少しずついたぶる気の様だ。
ニタニタと笑いながらミアプラに、
「痛いか? 次は足で良いかな?」
そう言うと、
「ほら!!」
剣を振って水を飛ばす!
地面を転がってそれを躱す!
しかし長い髪の一房が切られて宙にばらまかれる。
「ほら! ほら!! しっかり転がれよ!!」
次々飛ばす水滴によって、足の甲に穴が穿ち、耳を切り裂かれ、頬に傷が入る!
「クククッ! ハッハッハ!! 楽しいなぁオイ」
笑いながら両手の剣から次々と水を飛ばす!!
バキン!!
水滴を受け止めた剣が折れた。
左足に深く斬撃が入る!!
ドサッ!!
ついに地面に倒れこむミアプラ。
「ぐっ!」
苦しそうなミアプラにベイドが近づいていく。
「そんな程度でよく俺様に挑んだものだな?」
ミアプラの傍まで来ると剣を突きつけ、
「またあの牢屋に戻してやるよ。 次は手足を捥いでおくがね」
その言葉を聞いてミアプラが俯く。
それを見てミアプラが絶望したのかと思ったベイドだが……。
「フフッフフフ」
(笑っている?)
ベイドが戸惑いの表情を浮かべる。
(遂に気が触れたか?)
そう思うベイドに、
「あの牢屋……貴方は気付かなかった?」
「何?」
何のことか分からず訊き返す。
「暗い部屋だったから……壁が黒く焦げているなんて気づきもしなかった?」
「何のことだ!」
「貴方達に捕まっていた私は……時間だけはあったから」
ミアプラが顔を上げる。
その顔は絶望した顔ではない!!
「貴様!」
剣を振り下ろす前にミアプラが懐から何かを取り出した!!
「!?」
剣は間に合わない!
大きく跳躍してミアプラから離れる!!
先程の矢じりの様に何か攻撃の手を出すかもしれなかった。
そして……ミアプラが取り出したのは革袋だった。
「時間があった私は……何度も心で魔法を詠唱していたの。 退屈だったし」
「なに!」
「そうして、フル詠唱の威力には及ばないものの、心の詠唱で使える様になった『雷霆』を……」
ミアプラがベイドを睨みつけた。
「貴方は牢の壁が焦げているなんて気にもしていなかったから、気づいてなかったようだけど……何度も壁に放ってみたのよ」
「……だからどうした? お前の能力は俺の『奪取』である程度把握できている。 今のお前がそれを放ったとしても今の俺には当てられんだろうよ」
「……そう。 でもこのまま死ぬわけにはいかない。 ナシュと約束したから……だから……足掻くわ」
ミアプラは革袋の中身を自身のいる床にぶちまける!!
「なんだそれは!」
何かしらの武器に属するものと思っていたベイドが戸惑いを口にする。
「私は生きるためにお前を倒す! 『雷霆』!!」
残された右腕をベイドに向けて雷霆の一撃を放つ!!
「当てられんと言っただろう! バカめ!」
速度が上がり、警戒していたベイドはそれを躱すと剣を抜いてミアプラに走り寄る!!
躱された雷はそのまま地面にぶつかった!
そして……、
「貴方が頭悪くて助かったわ……」
ミアプラが少女の様な笑顔を見せる。
その笑顔にベイドが恐怖を覚えた。
その瞬間ベイドの体を雷が駆け巡る!!
「がぁぁぁぉぉぉぉぉ!!」
体中を巡り焼いていく……。
ガッ!
そのまま膝から前のめりに倒れた。
体中から煙が上がりプスプス焼け焦げた音がする。
「な……何が……」
死に体で呻く様に呟くベイドに、
「貴方……周りを見なさ過ぎ。 あれだけ自分で水を撒いておいて気付かないなんて……」
ベイドが『双蒼放刃』を使った事で、部屋中が水浸しとなっていた。
躱された『雷霆』は、その水を伝ってベイドに流れたのだった。
「……だったら……お前にも流れる筈だ……」
ベイドは黒焦げになった顔でミアプラを睨みつける。
体は動かせなくなっているようだ。
「だから油を撒いたのよ……キープが『ミアプラは雷を使うから』って渡してくれた。 油は電気を通さないって……もし全体的に雷を使うならって」
ミアプラの手から革袋が投げ出される……中身は灯り用の灯油だった。
ミアプラは立ち上がりながら、
「こんな知識、私一人ならきっとずっと知らなかった……一人では貴方に勝てなかった。 ……だけど、みんなが居たから貴方に勝てた」
ベイドの元に歩いて行くと、『双蒼放刃』を取り上げる。
「この剣は返してもらう。 そして借りも返させてもらう」
ミアプラは無表情のままベイドの首に剣を振り下ろした!!
「……行かなくちゃ……」
よろめいたミアプラはそのまま座り込んでしまう。
体中が痛みで悲鳴を上げている。
それでも……、
「行かなくちゃ……」
剣を杖に歩き出す。
一人の時には無かった気持ち、仲間達への想いの為に……。




