新たなる誘惑
「う~ん、そっかぁ。 キープの奴そんな大変な事になっているのか……」
話を聞いたクルサが腕を組んでう~んと声を上げる。
「お姉ちゃん、どうする?」
どうするとは何だろうか?
ナシュが目をぱちくりさせていると、
「そうだなぁ。 俺達の方は用事終わったしなぁ……」
クルサが顔を上に向けてうんうん唸っている。
「えっと、レサトさん? でいいのよね?」
「レサトでいいよ~」
間延びした声でレサトがアルタイルに答える。
「お二人はここで何をしてらしたのですか?」
「ん~……遺品探し?」
首を少し傾ける。
「ああ、そうだな」
クルサがこちらの話に入ってくる。
「キャラコ自体は消えちまったが、それでも何か思い出があるものでもねーかとな……あれから毎日探しに来ているんだ」
「そう……なのね」
ナシュが言い淀む……触れて良い話だったのか躊躇する。
しかしクルサは気にした様子もなく、
「ああ、うちの村に逃げて来た奴もいるからな。 そいつらからも家族の遺品があれば……って頼まれてな」
「毎日ね。 あちこち探しているの。 たまに動物達が持って行ったりもしているし……」
レサトも一緒にしているのだろう。 言葉を継いで答えた。
「そうだったのか……すまないな。 邪魔しちまって」
ロードの言葉に首を横に振って、
「いや、今日は収穫なしだ。 もう村に戻るところだったしな」
「ひとまず……みんな、ウィスカー村へ。 このまま夜になると森は危険」
いつの間にか陽は西に沈みかけていた。
「そうだな……キャラコの亡霊は夜になると強くなる。 今日は一旦村に来い」
クルサもそう話すとスタスタ歩き出す。
(王女の話じゃないけど……無理は禁物よね)
ナシュもみんなの方を向くと、
「ここはお言葉に甘えて村に向かいましょう」
「だな」
「そうしましょう」
皆が口々にそう声をあげる。
アルタイルがふと気付く。
(……ベガ?)
ベガは王都を出てからも口数が少なくなっていた。
今も一人だけ黙り込んでいる。
明るい彼女にしては珍しかった。
「……あの、ベ……」
「行くよ~! 二人とも!」
ナシュがアルタイル達を呼ぶ。
気付くとアルタイルとベガ以外のメンバーはすでにクルサに続いて歩き出していた。
ベガに話をし損ねたアルタイルは、
「あ、今行きます」
アルタイルはベガを促して早足にナシュ達を追っていった。
ベガも何も言わずその後を付いていく……。
ウィスカー村に着いたナシュ達はスワロキンやアルファ、ラビ達から熱烈な歓迎を受けた。
この村を襲った災害から、ナシュ達が必死に助けてくれたからだ。
更には建物の手伝いをするなどして、ナシュ達の事は村の一員の様な扱いになっていた。
翌日も旅は続くというのに、夜になると壮大な宴会が開かれる。
ロードはガンガン飲むし、ナシュもマタルも次から次へとくる獣人達に目を回していた。
ケーティ特製の料理がガンガン運ばれてきて、宴会と言うよりお祭りの様な状態になっている。
「あ、あははは……」
アルタイルは少し困った顔をしながら次々差し出される酒瓶に盃を出していた。
アルタイルは酒に強い方だが、それでも明日の事を考えると出来れば少々控えたい所だ。
と……。
(あら?)
今……村外れに一人で向かって行ったのはベガだったように見える。
アルタイルは視力には自信があった。
「ちょ、ちょっとごめんなさい」
獣人達に断りを入れて、ベガが進んで行ったらしき方向に向かう。
今日は半月……薄明かりの中を進んで行くと、遠くにベガがいるのが見えた。
どうやら誰かといるようだ……少々木々の影になり見えづらい。
アルタイルはそっと音を殺して近付いていく……ベガの声が聞こえて来た。
「……んとうに、これで助かるの?」
「ええ、……私だって彼に死んでほしいわけじゃないわ」
「これを飲ませればいいんだね?」
「ええ、……その代わり、私の約束も守ってもらうわよ?」
「……分かってる。 だって私は___」
「ベガ!!」
アルタイルが鋭く叫ぶ!!
ベガと一緒にいたのは……紫の髪、妖艶な美女……『色欲の魔人 デネブ』
「……どういうことなの? ベガ!!」
力なく項垂れるベガ……返事はない。
デネブがアルタイルに向かって、
「ベガを責めないで上げて頂戴。 ベガは何も悪いことをした訳じゃないわ」
「何をぬけぬけと!!」
デネブが以前したことを思い出し、アルタイルがデネブを睨みつける。
「本当よ。 ベガはキープを救いたかっただけ。 だから私を取引をする事にしたの」
「取引ですって?」
「ええ、そう。 キープの目を覚ます薬を上げる代わりに……キープの魔力を頂戴ってね」
「そんな話にベガが乗るわけないでしょ!」
「あらら、私信用無いのね……」
デネブが肩をすくめる。
「……ったんだ……」
ベガが小声でつぶやく。
「え?」
「乗ったんだ……私。 デネブの話に」
ベガがアルタイルを見る……その目には涙が溜まって今にも溢れそうになっている。
「……王都を出てすぐの晩。 私が水汲みに行った時に……話を持ち掛けられたの……それで私……」
ベガがおずおずと話す。
しかしアルタイルはベガの返事に衝撃を受けていた……。
「ど、どうして? デネブは敵なのよ? どうしてそんな話に……」
動揺するアルタイルにベガが大声で叫んだ!!
「だって仕方ないじゃない!! このままじゃキープ死んじゃうかもしれないんだよ!!」
「!?」
ベガの目からは涙が溢れて出す……。
ベガが声を落とす。
「わ、私はキープの魔力なんかどうでもいい……ただ生きててほしいの」
「でも、そんなことになればミーシャは……」
「分かってる! 妹さんは一生『聖域』に囚われるかもしれない!!」
ベガは再度叫ぶと地面に倒れこむようにしゃがみ込み、
「でも、キープはどうなるの? 死んだら妹さんどころじゃなくなるんだよ!!」
「ベガ……」
アルタイルがそんなベガに言葉を失う。
こんなベガの姿は初めて見たし想像もつかなかった。
ベガが呟く。
「私は……キープが好き。 多分初めてだと思う……男の人を好きになったのは……」
「べが……」
アルタイルがそんなベガを見つめる……そして思い出していた。
ああ……そうだ、確かベガは……。
『紅の三日月』……男性が苦手な女性だけのパーティ。
ベガが男の人を苦手になったのは、性的な目で見られたとかではなく男の人達に中傷されたからだ。
ベガは小さい頃から男の子達より強く、まるでガキ大将の様な存在だった。
その為周りの人達は彼女を女扱いをせず、逆に恐れている人もいた。
そうして街を飛び出し冒険者になった彼女は、組んでいたパーティメンバーの男性陣から、『男女、暴力女、がさつ』と言った陰口や、『これだからドワーフは』『怖いよなぁ、あの蹴りみたかよ』……などの中傷を受けた。
同じパーティメンバーにお淑やかで人気のある女性がいた事も比較とされて余計顕著に見えたのだろう。
最終的にはパーティを追い出されたそうだ。
それ以来男性の目線が怖くなってしまい、『紅の三日月』に加わったのだった。
その彼女が……キープを初めて見た時に『女の子みたいだし優しいから彼なら平気かも』とはいっていたが……ここまで想いを高めていたとはアルタイルも気付かなかった。
地面に手をついて項垂れるベガにアルタイルが言葉をどう掛けようか迷っていると……。
「……アルタイルはどうなの?」
デネブがアルタイルに声を掛ける。
「どう?とは……?」
デネブは腕を組み不敵な笑みを浮かべると、
「私はキープの魔力が欲しいだけなの。 分かるでしょ? だから私もキープに死んでほしいわけじゃない。 これって利害の一致じゃない?」
「そ、それは……」
「それにベガの為にもなるでしょ? 何だったら貴方もキープ頂いちゃえばいいじゃない? みんなで愉しみましょうよ」
「……私は……」
アルタイルが言い淀むと唇を噛みしめる。
ベガを見ると涙目でこちらを見ていた。
アルタイルの返答に……期待しているように見える。
アルタイルは目を瞑り、今までの事を思い出す。
キープはどんな人物なのか。
何を思っているのか。
性格はどうなのか。
そして___彼の望みは?
ゆっくりとベガの前まで歩いていき、片膝をついてしゃがむと……。
パン!
ベガが目を丸くしてアルタイルを見ている。
その頬が徐々に手のひら型に赤くなっていった。
なんとアルタイルがベガに平手打ちしたのだ!
呆気に取られているベガに、優しく、静かに話しかける。
「ベガ。 貴方の好きになったキープはどんな人?」
「え? え??」
戸惑うベガの答えを静かに待つ。
ようやく意味が分かったのか。
「えと、優しい人」
「他には?」
「頑張り屋な人」
「うんうん、他には?」
「芯が強くて、どんな状況にも負けない人」
「そう……きっと彼は負けないわ。 そうでしょ?」
アルタイルがベガに微笑む。
ベガがハッとした様な表情をする。
「彼は今も戦っているはずよ。 貴方はこんなことをして彼の隣に立てるの?」
「で、でも……死んじゃったら……」
「フフッ、馬鹿ね。 キープは今までどんな敵にも、どんな状況にも打ち勝ってきたんでしょ?」
それに……とアルタイルが続ける。
「キープが私達を悲しませる様な真似すると思う?」
ベガは涙目で首をブンブン横に振る。
そうだ……彼はいつだって……。
そしてその姿を、雄姿を、ベガは間近で見てきた。
ベガが袖で涙を拭う。
「そ、そうだね。 キープならきっと私達を悲しませない! きっと今度も勝ってくれる!!」
ベガはアルタイルと共に立ち上がるとデネブに向かって、
「と、言うわけで、悪いけど取引は中止で!」
デネブはため息をひとつ付くと、
「まぁ、良いわ。 別に他にも手はあるし……それよりキープを死なせないでよね? 魔力を頂くのは私なんだから……」
そう告げると森の奥にある大木を見る。
(それに……どの道歩が悪いしね)
デネブがその姿をかき消した……。
それを見届けると、ベガがアルタイルに向き直り……驚く!
アルタイルがボロボロ涙をこぼしていた。
「ど、どうしたの? アルタイル」
アルタイルはそのままベガに抱き着くと、
「ごめんね! ベガ! 痛かったでしょ? 叩いてごめん!」
わんわん泣き始めた。
「ううん、私こそ……危うく取り返しのつかない事を……。ごめんなさい。 ごめん……ううぅ」
ベガも同様に大声で泣き始める
暗い森の中で女性二人が抱き合って大声で泣き合う。
そこから少し離れた場所でナシュ、マタル、ロードが大木の影に腰を下ろして、二人のやり取りを途中から聞いていた。
二人が居なくなって心配になったナシュ達は少し後ろを付いてきていたのだった。
「良いのか? あれ?」
「良いのよ……吐き出した方がすっきりするわ」
ロードが訊くとナシュが答えて、マタルもまた頷いて見せる。
(心配になってついて来たけど……さすが元仲間だわ)
ナシュは天を仰ぎ見る。
(それに……下手すれば私もベガの様になっていたかもしれないから……)
キープを助けたいのはナシュも……そしてみんなも同じ。
(だから……)
ナシュは輝く星達を見ながら願う
(負けないで……キープ)
星々が頷くように瞬いていた。




