新たなる旅路
「ナシュ、戻ったよ」
ベガ達がキープとナシュのいる部屋に戻ってきた。
「あ、おかえり」
ナシュは慌てて目の端を拭う。
辛いのは自分だけじゃないのだから……涙を見せたくなかった。
そうして戻ってきた仲間達に目をやる。
「王女様と話をしてきて、ちょっとした提案をされたのだけど……」
部屋に入るなりアリアがナシュに先程の話を伝える。
「……ということで、キャラコの南西にある『エデン森林』っていう森に行くことになったのだけど……」
アリアがチラリとキープを見る。
以前として目を閉じベッドに横たわっている。
「ナシュはここでキープを……」
「私も行くわ!」
『看ている?』と言う前に、言葉を遮りナシュが声を上げる。
ナシュはキープを一度見ると、再度アリアに目を移し、
「私もただ待つなんて嫌だもの! 傍に入れないのは心配だけど……きっとキープだって戦っているわ! 私も……負けていられない」
そこにはさっきまでの泣きそうな瞳はない。
しっかりした意志の輝きが見て取れる。
「分かったわ。 ……でも誰かは残らないといけないから……ひとまずミーシャちゃんは今呼んできてもらってるけど」
「……私も行こうと思います。 同じエルフですから、何かしら融通が利くかもしれません」
マタルの言葉にナシュが頷いて、
「ええ、マタルならエルフのところに行くのに心強いわ」
「……では、私は残るとしよう。 魔人や魔王たちが再び来ないとも限らない」
ミラが告げると、
「あたいも残るよ。 やっぱりキープを置いていくのは心配だし……」
カペラも居残りを告げる。
「俺はいくぜ。 こんな時に大人しく待っていられるか!」
「うちも行きます。 書類預かったのうちですから」
ロードとアルタイルはついて行く事にしたようだ。
「ベガはどうするの?」
アリアが尋ねると、
「私もいくよ。 こういう時は体動かしている方が気がまぎれるからね」
キープに目を向けつつ答える。
色々考えてしまうのかもしれない。
「じゃあ、私は残るわ。 ミーシャちゃんの事も心配だしね」
最後にアリアが答える。
「じゃあ、今すぐにでも発ちましょう……」
「待たぬか!」
ナシュの声に鋭い声が覆いかぶさる。
「み、ミモザ王女!」
ドアを開けて入って来ようとしていたミモザ王女は、ドアを開けたところで動きを止めナシュを見ている。
「お主等は先程まで激しい戦いをしていたのではないのか!」
先程とは打って変わって険のある声。
その言葉に威圧される様に部屋がシンとなる。
「ふぅ……全く……。 キープの事が心配なのは分かるが、お主等もお主等で己を大事にせぬか」
少し声を和らげてミモザ王女が続ける。
「キープが命を賭したのはこの国の為だけではないであろう? こやつのことだ、恐らくお主達の事を一番に考えていたに違いない。 そんなお主等が無理をして万が一があったらどうするのじゃ?」
ここでミモザ王女は意地悪っぽく笑うと、
「お主等キープに『無理するなー』とか言っておるのではないか? 今のお主達ではキープが起きた時にそれを言えなくなってしまうぞ?」
「は、はい。 確かに……」
ナシュが首を縦にブンブン振る。
「で、あれば……言いたいことは分かるな?」
笑っていた王女だが、目が鋭くなり問いかける。
「は、はい! 今日は休んで明日の朝出発します!」
ナシュが直立不動で答えると、ミモザ王女はにっこり微笑み、
「宜しい……。 もう少ししたら食事も出来よう。 しっかり食べてしっかり休んでそれから出立するが良い」
ミモザ王女はそう告げると、眠っているキープをチラリと見てそのまま部屋には入らず扉を閉めて行ってしまった。
「……本当は王女様もキープを見に来たのかしら?」
ナシュが言うと、マタルが頷きながら、
「そうかもしれないですね。 久しぶりに会うというお話でしたし、心配になったのかも」
「あたいらがいたから遠慮したのかな?」
「そうかもしれないね」
カペラとベガも同意見の様だ。
ここでミラが軽く手を叩き、
「何はともあれ王女様の言っている事は間違いない。 今日は休んで明日動こう。 キープが元気になった時に全員で笑って出迎えれるようにな」
ミラの言葉に全員頷いて各自の部屋に戻って行く。
ナシュだけはミーシャが来るまで部屋に残っていたのだった。
「……お兄ちゃん……」
キープのベッドにうつ伏せに寄りかかってミーシャが眠っている。
眠りながらうわ言でキープの事を呼んでいるようだ。
目の周りが腫れて赤くなっている。
先程まで一晩中キープに寄り添って泣いていたのだ。
泣きつかれて眠ってしまったのであろう。
キープの部屋には全員が集まっており、出発するメンバーはすでに準備を終えていた。
そんな兄妹を見ながらナシュが小声で、
「じゃあ、行ってくるね」
「気を付けて」
「キープの事お願いね」
「いってらっしゃい!」
出発派と居残り派がそれぞれ言葉を交わす。
最後にキープを目に納め、いざ王都を出発していったのであった。
王都からキャラコまではスティープ山脈の北側を回り込んで進む。
未整備ながらも一応道らしきものはあり、特に迷う事もなく進めそうだった。
(待っててキープ! 早く貴方を助けてあげるから!)
次第に見えなくなる王都に背を向けナシュ達は進み始めるのだった。




