新たなる悲願
キープ達は圧倒的に不利だった……。
元々の戦力差に加えてキープ達には武器がなかったのだ。
武器と言えばナシュの持っている包丁とミーシャが持っていた鍋(?)ぐらいしかなく、ベガの串とレジーナの本では流石に分が悪すぎた。
キープとマタルとアリアの魔法、それとベガとレジーナで食い止めつつも後退していき、ついには隅に追い詰められる……。
ここでレジーナが龍に戻っても、キープ達を守りながら戦うのは無理だろう。
キープが『オラクル(神託)』と使えればよいが……。
「ぐっ!」
「きゃあ!」
カペラとアリアがそれぞれ一太刀ずつ食らう!
「『セイントヒール(大回復)』」
「『ハイヒール(中回復)』」
すかさずキープとマタルから回復魔法が飛ぶ……これを繰り返してじり貧状態となっていた。
ゼータ男爵の雇った傭兵たちは腕もよく、先ほど地下で戦った用心棒達とは格が違った。
力任せとはいかず、カペラも攻撃を躱しきれない。
(このままでは……)
キープがチラリと見た先では、ゼータ男爵とシータが余裕綽々といった感じで笑みを浮かべている。
……その時、
ヒュン……ガシャン!!
キープ達の足元に、鞘に納められた剣や短剣がいくつか飛んできた!!
「!?」
投げられた方向を見ると……なんとあの用心棒達!!
「あ、貴方たち!」
シータが厳しい目で睨むが、用心棒達も負けじと睨み返して、
「よくも俺達ごと閉じ込めてくれたな!」
「水まで入れやがって……殺そうとするとはな」
「嬢ちゃん達、それやるからぶっ飛ばしてくれ!!」
用心棒達も一部は武器を手に持ち傭兵達と戦い始めた!
「ありがたい!」
みんながそれぞれ武器を手にする……そうして再度戦いが始まる!
みんなが武器を持ち、防衛戦が出来れば……。
「みんな、しばらくお願い!」
キープの言葉に全員が頷き返事をする!
そうしてキープは詠唱を始める……。
戦場には似つかわしくない、歌う様なその詞と姿に一部の傭兵と用心棒が見入ってしまう……。
(まるで天使の様……)
可愛らしく紡ぐ言霊、そして凛々しいその姿にキープの側にいるコルも食い入るように見つめている。
そして……、
「『オラクル(神託)』」
傭兵達全体に重力の枷が発動して地面に押さえつけられていく!!
「!!」
「!?」
傭兵達は何事か叫ぼうとするも……『オラクル』の中では沈黙状態になり声が出せない!
次々地面に押さえつけられていった……。
「おのれ……」
魔法発動前に範囲外から逃れたのか、離れた所でゼータ男爵とシータが忌々し気にキープ達を睨みつけている。
キン!!
キキン!!
キープ目掛けて飛んできたナイフを、カペラとマタルが弾き飛ばす!!
シータが放ったナイフだ。
「あとは、あなた達だけよ! 降伏しなさい!!」
拾った片手剣の切っ先を男爵達に向けてナシュが降伏勧告を迫る……が、
「……ミユの命を」
ゼータ男爵が悔しそうに言葉を発する。
「諦める訳にはいかないのだ!!」
サーベルを手にナシュに襲い掛かる!!
ゼータ男爵のサーベルは直刀タイプで、ナシュ得意のレイピアの様に突きに特化している。
一方のナシュは使い勝手の違う片手剣であり……数回打ち合った後、剣を跳ね上げられてしまった!!
そうして……、
「ナシュ!」
ナシュの首元にゼータ男爵のサーベルが付きつけられた!
ゼータ男爵はナシュに剣をつきつけつつもキープ達の方を見て、
「儂も……わかっているのだ。 これは正しい事ではない。 むしろ世間で言う悪魔の所業だろう」
その顔は苦心に溢れ険しい表情だった。
「しかし、それでも……ミユは……娘は私の全てなのだ! 娘さえ生き返れば、この命、身体が何千何万回引き裂かれても構わない!!」
そうしてゼータ男爵はナシュを見る、ナシュの方も男爵を見つめている。
「すまない……」
そう呟き顔を伏せて……サーベルを引いて……突き出す!!
「……本当に」
「!?」
突き出されたサーベルが……ナシュの目前で止まった!!
「本当にミユさんは……それで幸せになるの?」
ナシュは……ゼータ男爵を見つめたまま尋ねた。
目の前に剣先があるにも関わらず、その瞳は男爵を捉えている。
「……」
「ミユさんのお母様はなくなって、唯一の肉親はゼータ男爵、貴方だけと聞いているわ」
「……」
「ミユさんが生き返ったとして……唯一の肉親である貴方がこんな殺戮を犯して犯罪者となり……それが全て自分のせいだと知ったら……」
ナシュは静かに言葉を続ける。
「それでもミユさんは幸せになれるの?」
「……それでも生きてさえいれば……いつかは私のことを忘れて……」
「忘れると思うの? 貴方がミユさんの事を忘れない様に、ミユさんも貴方を忘れない」
「……」
「……少なくとも……私は忘れない」
「…………そなたも」
ナシュも家族全員を失い……そして辛さを乗り越えようと今でも戦っている。
しかしそれでも家族とのことを忘れるなんて選択肢はないだろう。
「そう……か……」
ガシャン!!
ゼータ男爵の手からサーベルが滑り落ち……膝から崩れ……。
「ミユ……私は……わた……し……は」
呻くように呟き、頭を両手で抱え込んでうずくまった。
そんなゼータ男爵を背にしてナシュはキープの元に歩いてくると……その手を掴んだ。
ナシュの顔も悲痛に満ちている……話しながらナシュも思い出してしまったのだろう……家族の事を。
キープはその手をそっと握り返した。
しかし、そんな場に大声が響き渡る!!
「ご主人様! だまされてはいけません! ミユお嬢様の為に……その悲願を果たすのです!!」
シータが……冷静そうな彼女が髪を乱して叫んでいる!
ゼータ男爵がノロノロと体を起こし……虚ろな目をシータに向け、そして、
「シータ……もうよいのだ。 殺してしまった娘達……その親にも儂は同じ苦しみを与えてしまった。 償わなければならない」
「いけません! ミユお嬢様はご主人様のご令嬢であり特別。 そこらの娘どもとは違います!!」
何と言う言い分だろう……その余りに理不尽な言葉に、
「ふざけないで下さい! 命に特別など存在しない!!」
激怒して叫んだのはマタルだった。
「私も王族ですが自分が特別とは思いません! 自然もそうです! 大木だろうが小さい草花だろうが、みんな一生懸命生きているのです!!」
「それは貴方がその立ち位置だから言える事! 特別扱いされている人はゴマンといるではないですか!! それこそ悪漢のシリウスの様に!!!」
最後は叩きつける様に叫んだ!
……そう、勇者であるシリウスは特別扱いを受けてその非道は全て隠された。
恐らくゼータ男爵の娘の件も……。
「私は諦めません!! ミユお嬢様の為に……ケーペイ男爵家の為に!!」
そうして……天に向かって吠える様に叫ぶ!!
「偉大なる死霊師サダルメリク! その力でミユお嬢様を復活させるのです!!」
そうして……ナイフを自分の腹に突き立てた!!
「なっ! シータ!!」
叫ぶゼータ男爵に、
「ご、ご主人、様。 ……ど、どうか、お、お嬢様を……。 ひ、悲願を……」
シータの腹から真っ赤な血が溢れ、赤黒い水晶を赤く染める。
しかし血で赤く染まった水晶は……見る見るうちにその血を取り込み元の赤黒い水晶に戻る。
バタ!
シータは力なく倒れこみ……その手から水晶が転がる。
「シータ!」
ゼータ男爵が叫んだ瞬間……水晶が……割れた……。




