新たなる使用人試験
「あの……すみません」
キープは『受付』と表示された机に腰掛けている男性に声をかけた。
ここはパウス都市内にあるちょっとしたホールだった。
本日ここでゼータ男爵の使用人採用試験が行われていた。
眼鏡で正装の男性はキープとその後ろにいるナシュ達を見ると、
「はい、ゼータ男爵の使用人応募の方達でしょうか?」
「そうです」
「では、こちらの用紙に記入をして頂いて、記載が終わりましたら再度持って来てください」
「はい」
返事と共に用紙を受け取る。
後ろのナシュたちの分も貰った為配って回った。
その後、受付の反対側に記入用の机やらが準備されており、そちらで記入していく。
名前、年齢、出身、今の住所、宿泊先等から、得意料理や掃除の方法、洗濯など家事に関するものもあった。
全員が提出すると、
「こちらへ」と、奥の部屋に案内される。
そこにはキープ達以外にも何人かの人達が部屋で待機していた。
「お給金が良いから人気あるみたいですね」
マタルが小声で教えてくれる。
怪しい噂はありつつも、お金の魅力ゆえ希望者はそれなりにいるようだ。
(ミーシャとレジーナは二人で大丈夫かな?)
キープがふと考える。
生活能力の低い二人は、家事全般が危うい為(レジーナは『余が何故人間如きに仕えなければならない?』と拒否)残る事になっていた。
「お集まりの皆様、本日は我が主であるゼータ男爵の使用人募集に応募頂きありがとうございます」
しばらくすると、奥の部屋から受付にいた眼鏡の男性が現れる。
「事前にお知らせしておりますが、今から皆さんの使用人としての能力確認をさせて頂きます。 順次お名前をお呼びいたしますので、名前を呼ばれた方はこちらの部屋にいらして下さい」
待機していた全員に呼びかけると、
「では、最初に……」
早速名前を呼び始める……どうやら3人ずつするようだ。
そうして次々名前を呼ばれていきキープの番になった。
「では、次の方。 キープ様、ナシュ様、マタル様」
「はい」
一緒に呼ばれたナシュ達と奥の部屋に進む。
奥の部屋に入ると、中央に椅子が三脚置かれており、その前にダンディそうなチョビ髭の男性と、その斜め後ろにに眼鏡をかけた鋭い目つきの女性が座っている。
二人の前には机があり、その上には先程受付で記入した用紙が置かれている。
キープ達を呼んだ男性が「どうぞ、お掛けください」とキープ達に促した。
キープ達が座るとダンディな男性が話しかけてきた。
「本日は応募の事有り難く思う。 私が募集主のゼータ・ケーペイ男爵だ」
ゼータ男爵は机の上に身を乗り出すと、手を組んでキープ達を観察するように見てくる。
次にゼータ男爵の斜め後ろで席に着いていた女性が、
「私はゼータ男爵にお仕えいたしますシータも申します。 皆さんが見事使用人となった場合私が皆さんの教育と取りまとめをいたします」
優雅にお辞儀をしてきた。
「では、早速ですが色々確認などさせて頂きたいと思います」
シータと名乗った女性がそのまま話を続ける……どうやら彼女が試験を進めるようだ。
「では、まず料理についての質問をさせて頂きます……」
部屋から出ると入れ違いにベガとカペラ、アリアが部屋に入っていった。
「う〜ん合格する自信がないわ……」
ナシュがそう言ってうなだれる……。
キープも慰めの言葉が出ない……。
むしろ合格したら奇跡かもとキープ自身そう思えるほどナシュの回答が酷かった。
質問、ゆで卵はどうやって作りますか?
ナシュ、直火で一時間ぐらい?
質問、毛皮のコートはどの様に洗濯しますか?
ナシュ、普通に洗濯板で洗います
質問、掃除は部屋のどこから始めますか?
ナシュ、キープの身の回りから
どの回答にもシータがため息をついていた……。
卵を直火とか爆発しそうだし……毛皮のコートはぬるま湯でもみ洗いをしなければいけない……洗濯板など使えばボロボロになるのが目に浮かぶ。
掃除も普通は高い所から下へ行っていく……上から下にゴミを落としていく感じ……と回答するのが正確なのだろうが……。
正直ナシュは厳しいかもしれない。
「私も自信無いですよ……」
マタルもナシュ同様落ち込んでいる。
マタルの場合はナシュとは別で、文化の違いと言うのがあった。
裁縫ではまず糸を作る所から始まり、服から何から全てを自然の物で作ると回答したり、庭の手入れは植物が可哀想との話になったり……。
さすがに予想外の回答にシータも唖然となっていた。
つまるところ、二人の合格は非常に厳しいだろう。
そんな所へベガ達が戻ってきた。
「どうでした?」
「うん、まぁまぁかな?」
ベガもカペラもアリアもそれぞれ元々一人暮らしであり問題はなさそうだった。
「じゃあ、上手く行けば四人かな?」
「酷い、キープ! それじゃあ私とマタルは不合格って思っているの?」
憮然とした表示のナシュがキープを見ていたが……、
「えっと……流石にあれは……」
「うぅ……わかってるわよぉ」
自分でも分かっていた上で言っていたのだろう……いじけて拗ね始めた。
「そんなにアレだったの?」
「ええと……」
流石にナシュ達の名声をこれ以上落とせない。
ここは笑って誤魔化した。
「結果は後日届くのと事だったな?」
「うん。確か」
カペラの確認に答え、
「じゃあ一旦戻ろうか、ミーシャ達も待っているだろうし」
アリアの一言にみな頷いて歩き出す。
宿に戻ったキープ達を出迎えたのは倒れていたミーシャだった!
「ミーシャ!」
慌てて駆け寄るキープ。
ナシュ達も何があったのか固唾を飲んで見守る。
「お……お兄ちゃん……」
ミーシャは弱々しく目を覚ますと、
「それは……食べないで……」
机の上にある料理を指して……脱力する。
「きゅぅ〜」
気を失ったようだ。
「なんじゃ一体! なんの騒ぎだ?」
レジーナがドアの前で部屋の中を覗いている。
ナシュ達がいてよく見えないらしい。
「レジーナ! こ、これは」
「なんじゃ? お主達帰ってきていたのか? 丁度良かった、今昼飯を作った所でな」
ナシュ達を避けてキープの元に……ではなくテーブルの元に歩いてくると、レジーナはテーブルにミーシャが指差したのと同じ料理を並べていく。
「ん? なんでミーシャは寝とるんじゃ? 昼飯と伝えたのに……」
倒れているミーシャに気付き、
「ほら、ミーシャ起きるが良いぞ。 飯できたのじゃ」
「もしかしてこの料理って……」
キープがミーシャの指した料理を指差すと、
「余が作ったのじゃが?」
そうだった……レジーナの料理は中身がヤバかった。
一度味わったキープ達は知っているが……ミーシャは知らなかった。
もしかして……食べたのか……。
ミーシャを見ると怪我などはなく……やっぱり食べて倒れたらしい。
「みんな、ミーシャをベッドに……」
キープが振り返ると一緒に帰ってきたメンバーが姿を消していた。
唖然としているキープに、準備ができたのかレジーナが振り返って、
「なんじゃ? みんな昼飯いらんのか? ……まぁ、良いであろう。 仕方無い、キープと二人で食べるとしよう」
「な!?」
一人逃げそこねたキープがレジーナに引きずられて椅子に座らされる。
レジーナに腕を捕まれ逃げられそうにない。
(もうなんか……デジャヴュだなぁ……)
料理の中からスプーンですくった目玉を見ながら遠い眼差しをする。
諦めて覚悟を決めたキープだった……。




