初めての聖騎士
セイはキープの手を引き街中をどんどん進み、ある建物の前に着いた。
「ここだ」
「え……ここって」
そこは閨として使用する宿であった。
「ええっ! ちょっと」
キープが驚くが、
「こんな俺に抱かれるんだ。お詫び以上のご褒美になるだろう?」
心酔したように言うとキープを宿に引っ張り込もうとする。
「ちょっと待って!僕男ですって!」
「可愛い嘘だな、気にするな。遊びだ」
「だから男だってばー!」
(なんで最近こんなのばかり! 村ではこんなことないのに、都会の人たち色狂いばっかり!)
流石に力のないキープでもこれは全力で抵抗する。宿の門に必死にしがみつく。
しかし、どんどん門から手が離されていく。
「だ、誰か~、助けて!」
キープの声に人が集まってきた。
「おい、あれ無理矢理じゃないか?」
「やだ、犯罪?」
「でも男の人かっこいいわよ。女の演技じゃない?」
セイは気にならないらしく、キープを引っ張り続ける。
その時、
「ちょっと待て、お前その娘をどうするつもりだ?」
集まっていた人の中から一人の女性が前に出て来た。
腰に剣を携えており、その身体つきから剣士として無駄のないような体型だった。
青い髪で前髪は目にかからない様に眉の上で切りそろえてあり、肩までのショートヘアにしてある。
「あ? 別にお前には関係ないだろう。すっこんでろ」
どこかのチンピラみたいな言い方でセイが答える。
「ふむ、じゃあそこの娘に訊こう。これは合意か?」
と言いキープを見てくる。
キープは首をブンブン横に振った。目の端に涙が滲んでいる。
「だ、そうだ。その娘を放してやれ」
女性がセイに向き直る。
「チッ! うるせぇ!」
キープを乱暴に突き飛ばすとセイは女性に対峙する。
「お前この俺が誰か分かって言ってるのか?」
いつもは冷静なセイもキープを手籠めに出来る寸前だったことや、野次馬達がいることもありかなり興奮しているらしく、女性を忌々し気に睨みつけると語気を強める。
「生憎か弱い女性を無理矢理襲う貧弱なやつは記憶になくてな」
女性が肩をすくめる。
それが引き金になったのかセイが剣を抜く。
「俺を舐めるなよ!」
抜くと同時に素早く切りつける。
上段から切りつけ、その後手首を返して下段からの切り上げ。かなり早い連続切りだった。
が、女性はどちらもスッと躱す。
「これなら!」
袈裟斬りと見せかけて、モーション途中で突き技に変える。
普通なら威力も速度も落ちるが、さすが白金ランク、まったく衰えない勢いで繰り出す。
女性は半歩下がって袈裟斬りの範囲から外れると、その後の突きを体を半回転させて躱した。
「くそっ、お前何者だ! 普通なら躱せるはずがない!」
「私か?私は…そうだな、まぁ周りからは聖騎士ミラと呼ばれている」
「大丈夫か?そこの娘」
「はい、助かりました。すみませんご迷惑を……」
「そこは『すみません』ではなく『ありがとう』だろう」
ミラがキープを助け起こしながら訂正する。
「はい、ありがとうございます」
キープも素直に従った。
聖騎士の名を聞くやセイは慌てて逃走した。
白金ランクとはいえ、勇者パーティの一人である聖騎士に喧嘩を売ったのだ。
下手したら『蒼龍の牙』パーティごと罰せられるかもしれない。
流石白金ランク、足の速さもすごいものであった。
その後、ミラは突き飛ばされていたキープを助け起こしていた。
「しかし、あんな男が白金ランクとはね……」
ミラは首を振る。
『知らない』とは言ったが、実はミラはセイのことを知っていた。
白金ランクは数も多くなく、皆それぞれ有名だ。
「ひとまず、宿まで送ろう」
キープに告げると先導を促した。
ミラに訊かれて経緯を説明しながら宿に向かう。
「なるほど……多分わざとぶつけられる様にしたのかもな。最初から狙っていたのかもしれない」
「そうなのでしょうか?」
キープがミラを見上げてくる。
ミラは身長が180cm程ありロードと同じぐらいの背丈だ。
ミラを見上げてくるキープを見て、昔飼っていた小型犬を思い出した。
(よくこんな感じでおやつをねだってきたなぁ・・)
知らずに笑みが浮かぶ。
それを見てキープは小首を傾げる。
「??」
そうしているうちに宿に着いた。
何故か部屋の入口まで送られる。
「そういえば・・」
キープがお礼を言って部屋に入ろうとしたその背中に声を掛けた。
「図書館で何を調べていたんだ?良ければ力を貸すが」
絡まれた経緯を話す中、図書館で調べものをしていたことを聞いたので、ふと思い出した。
飼っていた犬に似ていたことでキープに愛着がわき何か協力できればと思ったのだ。
部屋に入りかけていたキープが振り返ってミラに、
「『ディスペル』についてです。使える人が必要なので」
「『ディスペル』か……それならば心当たりがある」
「!! 本当ですか!?」
キープがミラに食いつくように駆け寄る……が、
「私のパーティに聖女スピカがいるが、あいつが確か『ディスペル』を……」
(聖女スピカ……同じパーティ……)
その名前が出た瞬間、キープは自分の血の気が引いたのが分かった。
目の前のミラはあの勇者と聖女スピカのパーティメンバーだった。
その衝撃で目の前が一瞬暗くなる。
思い出したくもない映像が一瞬脳裏を横切る。
「……い、おい、大丈夫か?」
見るとミラが片膝をついてキープを心配そうに伺っている。
一瞬気が遠くなっていたらしい。
が、キープはさっと距離を置くと、大声で叫んだ!
「帰って!」
「えっ?」
ミラから目を伏せると少し小声になり、
「帰って下さい……。助けてくれたのは感謝します。でももう関わらないで!!」
最後は叫ぶように言うと、部屋に飛び込み乱暴にドアを閉める。
ミラは唖然としていた。
(一体何が……)
『ディスペル』の心当たりがあったので、力になれたらと思ったが……。
話している最中、キープは顔面蒼白になりふらつき始めた。
心配して声を掛けた瞬間この展開となり、ミラには訳が分からなかった。
「!?」
ふと殺気を感じ飛び跳ねる様に距離をとる。
手はいつでも剣が抜ける様に構えられている。
ミラの背後に、30歳ぐらいの赤髪角刈りの男が立っている。
目は鋭くミラを睨みつけている。武器を構えている様子はないが油断ならない気配を感じる。
「おい、お前。俺のパーティメンバーに何かしやがったか?」
この流れで行くと十中八九キープのことだろう。
「いや、部屋まで送って話をしていたところ様子が急に変わってな。私も心配していたところだった」
そう答えるミラに対して全く隙を見せずに男が様子を伺う。
本当かどうか決めかねているのだろう、だが。
「訳ありでね。勇者パーティのやつらは信用できない。聖騎士様」
(さすがに知っていたか)
勇者パーティは勿論全員有名人であり、大抵の冒険者は知っている。
セイも知ってはいただろうが、頭に血が上り気づかなかったようだが、普通は気づかれる。
何より腰の剣が、
「聖騎士以外にその剣は持っていないだろう? 『輝ける剣 クラウ・ソラス』」
代々聖騎士には伝説級の剣が受け継がれており、その力で勇者の道を切り開くと言われる。
長い間継承されてきているが、刃こぼれや錆が一切ない魔法の剣である。
その中でもミラの持つこの剣は『輝ける剣』と言われ、勇者の道を照らしだすと言われている。
「あなたの言う通り、私は勇者パーティの一人、聖騎士ミラと言います」
ミラは男に騎士の作法をもって礼をする。
男はその様子を眺めていたが、ふっと力を抜き、
「あんたは聞いていた勇者達とは色々違うようだ。だが完全には信用できない。キープが何故叫んだか聞かせてもらいたい」
宿のロビーで話を聞かせてくれと男が告げた後、
「ああ、名乗るのが遅れたが、俺は『ロード・ヴァリス』 キープの仲間だ」




