初めての落とし穴
薄っすらと目を開ける……。
白っぽい色が目に入ってくる。
目の上……おでこに濡れタオルが置かれているようだ。
「うっ」
酷い頭痛がする。
刺激を与えない様にゆっくりと状態を起こした。
ポスっと音がしてお腹に濡れタオルが落ちる。
……どうやらテントの中らしい。
杖などは近くに置かれており、キープには毛布が掛けられていた。
立ち上がろうとするが酷い眩暈で再び座り込む。
しばらく動かないでいると、眩暈が収まってきた。
杖を手にゆっくりと立ち上がる。
(みんなは?)
テントの周辺は静かだが、遠くから人の話す声が聞こえてくる。
テントを開けて外に出る。
陽がかなり傾き、綺麗な夕焼けが見える。
どうやら集落の近くにテントを張ってキープを休ませていたようだ。
集落の方へトコトコ歩いていくと、
「……な……ない?」
「う……程度……もう」
集落の外れの方から話声が聞こえる。
そちらに向かってみると、
ナシュ達が簡易的なスコップなどで墓穴を掘っていた。
ナシュとベガが穴を掘り、マタルが遺体を埋めていく。
助けた老人は気の抜けたような顔でそれを見ている。
「キープ? もういいの?」
寄ってきたキープに気付いたベガが手を止めて声を掛ける。
かなり心配そうな表情だ。
「ん、少し頭痛いけど支障はないよ」
「そう? でもまだ顔色悪いから無理せず休んでていいからね」
と、言われてもキープも何かお手伝い出来ないかと探していると、
「キープ」
ナシュが小声で。
「あの助けた方の話相手になっていてもらえる? 知り合いの変わり果てた姿や、埋めていく様子を見てから心此処に在らずで……」
確かに自分だけが助かると言うのは……かなり辛いだろう。
キープもそうであったように……。
老人の近くに行くと腰を下ろした。
やはり心此処に在らずの様に、ただぼーっと眺めている。
「あの? そう言えばお名前聞いていませんでしたね。 僕はキープと言います。 お爺さんのお名前は?」
「……カーフ」
「カーフさんとおっしゃるんですね? カーフさんはお仕事は何をしていたんですか?」
「……鉱山で採れる金や銀の質や量の調査を……」
「そうなんですね? お忙しいですか?」
「……いや、最近は後輩が育ってて……育ってたのに」
(しまった、人間関係の話からそらそうとしてたのに!)
「じゃあ、カーフさんは金とか銀に詳しいですか?」
慌てて話を軌道修正する。
そうやって仕事や休み、趣味など、人との思い出に触れない様に修正しながら会話を続けていった。
そうして話していったが……急にカーフが黙り込むと、
「黒い龍」
「え?」
「ワシらの生活をめちゃめちゃにしたのは、黒い龍なんじゃ……」
カーフは身を震わせている。
「お前さんがさっきのデカい龍を相手に渡り合たってたのを見ていた。 後生じゃ、黒い龍をどうか……」
カーフはキープにしがみつくと、そのまま苦しそうに言葉を吐き出し泣き始める。
「頼む!! みんなの仇を、恨みを……どうか……っ!」
キープは何も言えなかった、気安く返事出来るものではない……それでも、カーフの丸まった背を安心させるように優しく撫でてあげるのだった。
その後気絶するように寝てしまった老人をナシュ達とテントに運ぶと、
「ひとまずキャラコに戻ろう。 やっぱりカーフさんをこのままにしておけないし……」
「そうね……どちらにしろ『デビルドラゴン』の話も報告した方が良さそうだしね」
「と、なるとギルド長かな?」
「あ……」
(そ、そうだギルド長って……)
キープが身震いする。
「どうしたの? 寒い?」
ナシュが誤解して訊いてくる。
ナシュに首を振り、
「明日の朝一でキャラコに戻ろう。 僕も頑張るからなんとか1日でたどり着くようにしよう!」
早い連絡が必要であろう……『デビルドラゴン』は危険すぎる。
そして次の早朝から、キャラコの街に急いで向かった。
そしてキープ達がサンドスコーピオンに襲われた辺りに戻ってきた時、それは起こった。
一行は、先頭をベガ、次にナシュ、カーフ、キープ、マタルの順で歩いていた。
急いで歩く一行の前から突然ベガが姿を消した。
「え!?」
一瞬で消えたので何が起こったか分からなかったが……。
「ぉーぃ」
ベガの声が遠くに聞こえる。
ベガの後ろを歩いていたナシュはすぐに気づいた。
「お、落とし穴?」
地面に丸く穴が開いており、覗くとベガが手を振っている。
深さは5mほどだろうか?
「な、なんでこんなところに?」
「とりあえず助けよう」
キープがリュックを下ろしてロープを取り出そうとし、手伝おうと寄ってきたナシュ達だったが、
「わわっ!」
「なんじゃ!」
「きゃぁ!」
寄ってきたナシュ、フーカ、マタルも次々別な落とし穴に落ちていく。
かくして、茫然とするキープとその周辺に穴が4つ残された。
(えええ!! 一体何事? 新手の魔獣とか?)
困惑するキープ。
その様子を遠くから見ていたカストルとネッカル。
落とし穴は彼らの仕業であった。
誰が落ちても対処する方法を考えていたが、うまい具合にキープだけが残ったので、
「カストル、もうこのままあの子だけ連れて行けばどうだろう?」
「そうだな、ネッカル。 それでいいかもしれん」
元々パーティの誰かが怪我して代わりに自分達が入る、もしくはキープ達の方からこちらに入ってくるように仕向ける作戦だったが、要はキープがものに出来れば良かった二人だった。
「よし、行って攫おう」
「おう!」
二人してキープに走り寄る!!
「?」
キープは何かを感じて振りかえる。
が、特に何もいなかった。
(気のせいかな?)
引き続き作業を始める。
一人だけ残ってしまったが、幸いなことにロープはキープが持っていた。
でも、キープだけでは引き上げることができない。
そこで1本のロープの端をベガに、反対の端をナシュに垂らして、どっちかに引っ張ってもらう作戦に出た。
穴のふちに毛布をかませて、ロープがこすれない様にすると……。
「じゃあ、ベガからね~」
ベガが腕で丸を作る。
「じゃあ、いくよー。 ナシュ~引っ張って!!」
穴の中でナシュが、上でキープが引っ張りベガを引き上げる。
そうして助けたベガに手伝ってもらい、ナシュを、3人でフーカ、マタルと助けていく。
全員無事に穴から出ると、
「なんだったんだろう? 新種の魔獣かなぁ?」
「まぁ、気を付けていきましょう」
キープ達は話をしながら再びキャラコを目指して進み始めた……。
一方、カストルとネッカルは……。
「「ぉーぃ」」
二人とも自分の堀った穴に落ちていた。
とてもじゃないが上がれる高さではない……。
このままじゃ死んでしまう……そう思い始めた二人の頭上から、
「助けてあげましょうか?」
女の声がした。
「頼む! このままじゃ死んでしまう」
「良いわよ、助けてあげても」
女は一旦言葉を切り、含めたような言い方で、
「私の言う事を何でも聞いてくれるならね……」




