初めてのぬくもり
「おはよう〜」
「おー、おはよう」
ベガ合羽を着て外に出ると、カペラが四苦八苦しながら焚き火に火を点けようとしていた。
「あ〜。 雨が降ると思わなかったものね」
「ああ、ったく、こんなことならカバー掛けとくんだった」
焚き火に使っていた薪は全て濡れてしまっている。
「まぁ、仕方ない。 今日の朝飯は簡単に済ますとしよう」
「うー、朝ごはんは一日の元気の源なのに……」
「ははっ、その分昼食を早めに取ろう」
「そうしてほしい〜、……じゃあ顔を洗ってくるね」
「ついでに他の人も起こしてくれ」
「分かった〜」
ベガはキープのテントに歩いていくと、声を掛けた。
「キープ、朝だよ〜」
返事はない。
「キープ? 開けるよ〜?」
テントをめくる……中には誰もいない。
簡単に片付けられている。
「顔洗ってるのかな?」
そう呟くと、次のテントに向かう。
「ナシュ、ナルさん、起きてます?」
そちらも返事がない。
「開けるよ〜?」
そちらのテントもやはり空だった。
ただこちらはキープのテントと違って、荷物がなくなっている。
「?」
「どうかしたのですか?」
マタルだ。
ベガは首を傾げつつ、
「キープ達がいなくて……洗顔かと思うけど」
それにしては怪訝そうなベガに、
「けど?」
「ナシュの荷物が……なくなっているんだよね……」
【時間を遡ること30分程前】
キープはナシュに引きずられる様に、湧き水の所へ来ていた。
顔を洗ってタオルで拭うも、拭いたそばから雨で濡れてしまう。
ナシュも同じ様な感じだ。
「じゃあ、戻ろっか」
戻りかけたキープの手をナシュが掴む。
「?」
振り返ったキープだったが、そのままナシュに抱き締められる!
「な、ナシュ?」
急な事に少し慌てるキープだったが、たまに抱きしめられるので少し落ち着いてきた。
「ナシュ、どうかした? 何かあった?」
「……キープは」
ナシュは抱きしめたまま、
「私の事どう思ってるの?」
「えっ……」
いきなりの質問にドキッとするキープ。
(な、なんだろう? 今の意味深な質問って)
キープも男の子であり、ナシュの様な可愛い女の子に抱きつかれて、意味深な質問が来るとドキドキしてしまう。
「え、え〜と、大切な仲間だよ」
「……それだけ?」
「えぇと、大事な人かな?」
「……」
回答内容がご不満だったらしくジト目で見てくる。
しびれを切らしたのか、
「私の事……好き?」
じっとキープの目を見てくる。
「あ、あぅ、えと……」
流石にこれにはキープも真っ赤になって口をモゴモゴさせてしまう。
「あの……」
キープが口を開きかけたその時!
パリン!
「!?」
(『サンクチュアリ(聖域)』が破られた!)
バッと身を翻しキャンプに戻ろうとするも、
「待って! 戻らないで!」
ナシュに腕を掴まれる。
「な、ナシュ!」
「みんなの元に戻らないで! みんなを見ないで!!」
「ナシュ!!」
少し大きな声で強く言うと、ナシュがビクッとして体を固くする。
少し声を和らげると、
「ナシュ、『サンクチュアリ(聖域)』が破られたんだ。 みんなが危ないかも知れない」
「……」
ナシュは何も言わない……しかし掴んだ手も離れない。
「……ナシュ……」
ナシュは泣きそうな顔でキープを見てくる。
そんなナシュを振りほどけず、キープも困った表情のまま固まってしまう。
ナシュは一体どうしてしまったんだろう?
「ナシュ……みんなが……」
ナシュ俯く……握る手の力が緩む……。
「貴方のお仲間なら大丈夫よ、安心なさいな」
急に声がしてびっくりした!
声のした方を見ると、ナルが笑みを浮かべつつキープ達の方へ歩いてきている。
「ナルさん! どうしてここに? みんな無事とは?」
「途中にあった結界は、私が此処に来るのに邪魔だったから壊したの……だからあなた達のお仲間は無事って訳」
「な!? 何故そんな事を?」
ナルはキープを無視してナシュに近寄り囁いた。
「だから安心して、貴方の欲しい物を手に入れなさい」
その言葉を聞くや、キープを捉えている手に力が入る!
あまりの強さに骨が軋む!
「な、ナシュ! 痛い!!」
キープの悲鳴にナシュの瞳に光が輝いた!
「あ、あれ? キープ……ご、ごめん!」
慌ててキープを掴んでいた手を離す!
「あら? 流石に愛しの彼女の声では目が覚めちゃったかしら?」
「ナルさん……」
ナシュは一応記憶があったようで、
「貴方……私に何を」
「私は貴方の相談に乗ってあげただけよ」
「それがどうしてキープの独占とか攫う事になるのよ!」
「私はただ……貴方のキープへの想い……それをほんの少し押しただけ。 だから独占したいだの何だのはあなたが望んだ事なのよ」
「う、嘘よ!」
「じゃあ、実際どうなの? キープが誰かを好きになったら? 仲間の誰かを! 見ず知らずの男を! そいつだけを見るようになったら?」
「やめて!!」
ナシュは両耳を手で塞ぐ。
「言葉だけで耐えられないあなたが、その現実を受け止められるのかしら? だから本能に従ったのではなくて?」
「うぅぅ……」
ナシュは目を閉じ耳を塞いだまま、その場にへたり込む。
その顔を流れるものは雨だけではなかった。
「だからーー」
「『ホーリーチェイン』!」
口を開きかけたナルを光の鎖が現れて拘束する。
「あら? お姫様の登場かしら?」
拘束を意に介さず、キープを見てニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
完全に優しそうなナルの姿は消えている。
キープはナルの言葉に答えず、ナシュに向き直ると、
「ナシュを好きとか愛してるとか……まだ、あんまり良く分からない」
その言葉にナシュが肩を震わせる。
「でも……」
キープはナシュの前にしゃがむと、
「ナシュがここまで僕を想ってくれる……」
キープがナシュを抱き締める。
……優しく……包み込む様に……安心させるように……。
雨で濡れて冷たいハズが、互いのぬくもりが伝わる。
そして身を離すと、ナシュを見て頭を撫でた。
「その想いは……凄く嬉しい」
ナシュがハッとしたようにキープを見る。
雨と涙でぐちゃぐちゃな表情。
キープは精一杯の笑顔で応えた。
二人の顔を雨が打ち付ける……しかしそれに構わず見つめ合う。
そしてキープが頷いて立ち上がった!
ナルの方に向き直ると、
「そんな大切な想いを弄んだ! ナル! 貴女が大嫌いだ!!」
キッと睨みつけた!!
「へ〜、それで?」
ナルは相変わらず不敵に嗤う。
キープはしゃがみ込むナシュを庇うように立つと、
「ナシュをこれ以上傷つけさせない! ナシュは僕が守る!!」
ナルはその言葉に、さも可笑しいと笑うと、
「勇ましくて格好いい事……見た目に反して男らしいのね」
そして、
「でも、ちょっとムカついたから殺してあげる!!」
手を一振りすると光の鎖があっさり引きちぎられる!
「『嫉妬の魔人 アケルナル』が引導渡してあげるわ」




