初めての交渉
キープ達の前にメンカルは座らされている。
すでに『オラクル(神託)』は解除されていたが、代わりに『ホーリーチェイン(拘束)』でその身を拘束されていた。
メンカルのトリシューラは離れた所に隔離しており、また炎の使い魔達や『シャドウイーター』などの魔法も解除してあった。
クルサはメンカルを見下ろし、
「勝負はついた……本当は殺したくてたまらないが、その前にしてもらいことがある」
クルサは、メンカル同様拘束されているレサトを示して、
「妹を元に戻してもらおう」
「……戻すと思っているのですか?」
「力ずくでも戻してもらう……」
メンカルの首に刃を充てる。
その刀は小狐丸だ。
小烏丸は未だメンカルの腹に刺さったままである。
氷は溶けており、血が少しずつ滲み出してきている。
刀を添えているクルサは、その可愛い顔に似合わない冷酷な顔をしている。
「殺したい」と言うのも嘘ではないだろう。
そんなクルサに怯えもせず、メンカルはフッと嘲笑すると、
「殺したければ殺せば良いんですよ。 魔王様の期待には応えられなかった。 どちらにしろ死ぬ運命しか残ってありません」
「だったら!」
クルサが刀を振りかぶった!
「ちょっと待って!」
「!?」
刀が振り下ろされる前に、キープが止めた。
「……何? 例えキープのお願いでも、こいつは見逃さないよ?」
「えと、そうじゃなくて、ちょっと話を點せてほしいの」
「……まぁ、それ位なら」
クルサが刀を引っ込める。
「ありがとう。 ごめんね」
そう言って、メンカルを引っ張って端に行こうとして……力がなくて引っ張れない。
それを見たクルサの方が、少し離れた場所へ移動してくれて、メンカルと二人きりになる。
「何でしょう? 助けてくれるのですか?」
「それは無理だよ……自分でもわかってるでしょ?」
「そうでしょうね。 でも何を言われてもあの子の妹さんは助けませんよ」
「そうなの? それって紳士的?」
キープはしゃがんでメンカルに視線を合わせる。
深い紅色の瞳に見つめられて、メンカルは視線をそらした。
「貴方が本物の紳士なら、潔く負けたのならどうするか分かっているはず」
「……」
「しかも敵とは言え、女性に頼まれたんです。 紳士なら分かってますよね?」
「……」
メンカルの視線が忙しなく動く!
(やっぱり……)
キープは自分の考えが正しかった事を確信した。
メンカルは恐らく外見通りある意味子供だ。
大人への憧れからか紳士を目指し、紳士的に振る舞おうとしている。
しかし、ひょっとした事で直ぐに子供の部分が出て来る。
つまりまだ完璧じゃない。
だから「紳士」という言葉にすぐに釣られる。
メンカルが口を開く、
「紳士なら……助けると?」
「そうですね。 そう思います」
メンカルは少し躊躇すると、
「だとしても、私にはもう彼女を戻せません」
「助けられないって事?」
「ええ、だって……彼女はもう死んでますから」
「は?」
予想外の一言に、間の抜けた声が出た。
そんなキープを楽しげに見つつ、
「彼女はもうグールです。 指示されるだけの不死のおもちゃですよ」
クルサがチラチラこちらを見る。
話の内容が気になっているのであろう……が、こんな話は出来そうに無い。
クルサの大好きな妹がアンデッドになったなんて……。
アンデッド……有名な生きる屍である。
痛みも睡眠も記憶も何も無い。
ただ創造主の言う事を聞くだけの人形。
その中でもグールは、姿は生前のまま生きる屍となったもので、体の損壊や腐敗は無い。
その為、指が使えたり筋肉も動く事から、細かい指示を聞かせることが出来る。
だが、いくら姿がそのままでも、アンデッドになると、例え『メサイア(蘇生)』でも助けられない。
メンカルの指示に従っていたと言うことは、メンカルが創造主なのだろうが……。
キープは、今までの会話から素早く頭を回転させる。
「メンカル、お前を魔王の所に連れて行こうと思う」
立ち上がると、メンカルを見下ろしながらそう宣言する。
もちろんそんな事は無理だ。
しかし魔王の名前が出た瞬間、メンカルの様子が変わる。
「そ、そんな! ま、魔王様!」
顔色が青ざめ、ブルブル震えている。
(予想通りだね……)
「魔王の期待に応えられなかった」と言っていた。
つまりメンカルは任務を失敗したのだ。
それに死ぬことへの恐れが全く見えなかった。
逆に「殺せ」と言っていたことから、早く死にたそうに見えた。
つまり、任務の失敗は死よりも恐ろしいナニカなのだ。
大人ぶってる子供には丁度良い恐怖心だろう。
「そこでね、メンカル。 僕と取引しないかい?」
キープの紅い目が、メンカルを捉える。
メンカルも、キープの紅い目を見上げていた。
「クーちゃん」
キープが呼ぶと、「待ってました」と言わんばかりに、クルサが寄ってきた!
「キーちゃん、もう話は終わった?」
キープはクルサに、
「クーちゃん……、妹さんを助けたい?」
「もちろん!!」
「その為に……」
チラリとメンカルを見ると、
「メンカルの件、僕が預かっても良いかな?」
そう言うと、クルサの青い瞳をキープの紅い瞳が捉える。
キープとクルサが見つめ合う……クルサの頭の中では、色々なものが渦巻いているだろう。
そして、クルサが口を開いた。
ごうまんのうぇずん「なんか皆は出番多くていいな 俺一瞬しか見せ場なかったのに」
ぼうしょくのめんかる「紳士だったら出番多かったと思うよ」
ふんどのえるらい(そうだろうか?)
しきよくのでねぶ(私最近忘れられている気がするわ……)




