初めての解放
酸の水球が弾けた瞬間!
ジュウゥゥゥ……
辺り一面の地面から煙が立ち上り、強烈な臭いが立ち込める。
地面の草や、物によっては石などが溶けてドロドロになっていた。
「クルサーー!」 「クーちゃん!!」
ナシュとキープが声の限りに叫ぶが、煙が目や喉を刺激して声が出せなくなる。
刺激のせいで涙目になりつつも、魔法の中心地で倒れている人影をなんとか見つける。
「クーちゃん!」
最悪を想定しながらも、キープが駆け寄る!
靴底が残っている酸を踏みしめ、ジュウゥと溶ける音をたてた。
涙目ながらキープの目に映ったのは、……どこも溶けてないクルサの姿だった。
ホッとしつつも本当に無事なのか焦りつつ、抱き上げる。
力は強い割に、小柄で小さいクルサは見た目通り軽く、キープの胸に抱きかかえられる。
やはりどこも……服すらも溶けていない。
呼吸も落ち着いており、鼓動も脈も大丈夫そうだ。
「クーちゃん!」
怪我は無いようだが、綺麗な青い瞳は閉じられていて、眉間にシワが寄っている。
いつの間にか、ナシュもキープと一緒にクルサを心配そうに見つめている。
そこへ、
「大丈夫ですよ。 多分、匂いがきついのと煙が目に滲みて気を失ったんです」
キープ達の後ろから声が掛けられる。
「マタルさん!」
マタルはキープ達の側まで来ると、
「ギリギリ『カーム(凪)』の魔法が間に合いました。 クルサさん中心で掛けたので、魔法の直撃は受けなかった筈ですよ」
そう言われて、……確かにクルサを中心に、円形状の地面は酸の影響を受けていなかった。
しかし猫の獣人なだけに、酸や溶解の匂いがきつかったのか気絶してしまったらしい。
クルサの無事が分かり、胸を撫で降ろすキープ達に、
「抉れ、穿て、断ち切れ、潰せ、お前が新たな冥府の門とならん『マウスゲート(開口)』」
メンカルの声が響くと同時に、空中に大きな口が現れた!
顔はなく、目も鼻もない……だか、人の倍ぐらいはありそうな大きな口であった。
口が大きく開かれる……、その中は真っ暗で闇しか見えない、唇は紫で太く、歯は全て鋭い犬歯となっていた。
口は素早い動きでキープ達にかぶりつこうと……!
ガギィ!
ナシュがキープとクルサの襟首を掴んで引っ張った!
お陰で歯は虚しく空を噛む。
「スカーレット!!」
ナシュの剣が炎を纏う!
そのまま唇部分に斬りつけた!
キンッ!!
金属のような音がして弾かれる! 傷一つ付かなかった……。
スカーレットは相手に傷を付けないと効果が発揮されない……、その為、口が燃え上がる事は無かった。
「なんて硬さ!?」
「じゃあ、これだ!」
ナシュの後ろから小柄な影が飛び出し、大きな唇に飛び蹴りを放った。
バンッ!
だが虚しく弾かれる……飛び蹴りをした本人は、空中で回転してナシュの横に並ぶ様に着地した。
ナシュと並んでツインテール……だが、ナシュ程長くない。 身長もドワーフらしく小柄……、ベガはナシュ達に謝りつつ、
「ごめんー遅くなった!」
ベガは子供達を一箇所に集める為、他の兵士達と集合場所へ寄っていた。
しかし、クルサの元に早く集合しようと思い、マタルに先行しててもらったのだった。
……結果として、その判断がクルサを救う事になった。
クルサを抱き抱えたキープ、そのキープを守る様に、ナシュ、ベガ、マタルが、メンカルと大きな口の前に立ち塞がった!
ここで皆は初めて気付いた……、メンカルの腹から刀の柄がはえている。
それはクルサが最後に投げた小烏丸だった。
「こ、この僕が傷を負うなんて……」
メンカルは刺さった刀を抜こうとしているが、トリシューラの効果のせいか、刺さったまま凍りついてしまい抜けなくなっている様だ。
そんなメンカルに手出しをさせない様にか、
再度、口が大きく開かれ襲い掛かってきた!!
打撃も剣も効かない……躱すしかない、そう思った三人は、回避をしようとして、
……キープの声を聞いた。
「『ホーリーチェイン(拘束)』」
クルサを地面に寝かせ、キープは立ち上がっていた。
そして……、キープの『ホーリーチェイン』により、大きな口が拘束される!
口を拘束したまま、キープは静かに語り始めた。
「さっきの氷漬けにした人……」
凍った人の一人を指して、
「ポーさんは馬の獣人の方で……、凄い優しい方でした。今度孫が産まれるって楽しみにしてて……」
次の氷像を指すと、
「シータさんは凄い明るい方で、山羊の獣人なんですけど、いつも僕が失敗すると励ましてくれました」
また、次の氷像を指し、
「犬の獣人で運動が大好きなゼータさん、僕が重い荷物を持っていると、何も言わず手から奪って……持ってくれるんです」
「……あの!」
メンカルが苛つくように遮る。
「一体何なんです貴方。 何を語ってくれているのですか?」
まだ刀が抜けていないようで、柄を引っ張りながら、
「知り合いが死んだから悲しいとかそんなお話なのでしょうか? だったら!」
「……違う」
今度はキープが遮った。 大きくはないがしっかりとした言葉。
「知り合いが死ぬのは確かに悲しいけど、言いたいのはそういう事じゃない」
キープの目がメンカルを貫く!
その紅い瞳に、メンカルの背筋が一瞬凍る。
(ば、バカな。 この私が……き、恐怖だと)
「貴方のやっている事、……子供を盾にする、皆を苦しめる、仲間の心を踏みにじる、誇りを弄ぶ!」
子供達や村の支配、仲間の氷像でクルサの心を穢し、覚悟を決めたクルサにまともに勝負しようとすらしない……。
キープの心を怒りが染めていく、守るべき者を失った事とその失い方に、血が……魔力が、体中を駆け巡る!!
「メンカル、貴方だけは許さない!」
「!?」
『ホーリーチェイン』の拘束が強くなった……ギリギリと大きな口を締め付けて行く……。
キープが光の鎖に魔力をどんどん注ぎ込む!
あれだけ硬かった唇が裂け始め、捻れて、歯が砕けていく!
「そんな馬鹿な!! 私の『マウスゲート』が!」
驚愕するメンカルの前で、大きな口は……捻切られるように引きちぎられて行った……。
「い、一体今の魔法は……」
メンカルも、そしてナシュ達も唖然としていた。
『ホーリーチェイン』は拘束するだけでは無かったのか?
キープがメンカルに向かって一歩踏み出す。
そして、
「前に進めば、僕自身も変えられる」
また、一歩進み、
「僕は今までそれで乗り超えて来ました」
『ホーリーチェイン(拘束)』も元々は覚えられないと思っていたが、覚えることが出来た。
『サンクチュアリ(聖域)』でクリスタルに魔力を加える事で、範囲を広げられそうだと分かった。
『セイントヒール(大回復)』は魔力を高める事で、リング化(範囲化)する事が出来た。
魔法は経験で進化する。
村の神官さんに習った事。
だから『ヒール』を掛けまくって、『ハイヒール』『セイントヒール』と覚えていった。
つまり、魔法は……経験を積むか、魔力を多く注ぐことで、変化や進化すると言う事だ。
「だったら、『ホーリーチェイン』だって進化するはず」
一歩踏み出す。
「それがこの『答え』でした」
足を止める。
メンカルまで数メートルの距離になっていた。
「『ホーリーチェイン』に魔力を込める事で、束縛を超えて逆に解放します」
「か、解放だと?」
何を言ってるんだ、と言わんばかりのメンカルに、
「この世界から解放してあげるのです」
キープは無表情で答える、その目が光を受けて紅く煌めいた。




