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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤面食い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あなた、ぶっちゃけ面食いかしら?

 私は面食いも面食いよ。自分の水準を下回る顔面を見ちゃうと、内心吐き気がしてきちゃうからね。それとなく距離を置きたいと思っちゃうな。

 恋愛感情とつながるかっていうと、少し微妙よ。なんというか、精神的保養ってニュアンス? 素晴らしいものを見て癒される、美術品みたいな? 

 男連中だって、美少女みて騒いだり、妄想したりするでしょ。それに似たようなものよ。

 でもそこから一歩踏み込んで、正面から見ちゃうと思わず赤面しちゃうレベルの相手。あなたは出会ったことがある?

 顔を赤くするっていうのは、口よりも多くが伝わるバロメーター。それに関して、私自身が体験したちょっと不思議な話、聞いてみない?

 

 

 その子は学校によく本を持ってきたけれど、その大半がファッション誌だったわ。それも男性用のね。

 休み時間になると、机の下でこっそり本を広げる。ウチの学校は校則ゆるめとはいえ、不要物には違いないから、内緒で見ようとするのはおかしいことじゃない。

 ただね、彼女イケメンを見ると、すぐ顔が真っ赤になったの。

 

 はじめて気がついたのが、クラスが変わって最初の自己紹介のとき。

 彼女と私はちょうど席が隣同士だった。一番窓側が私で、その横が彼女。自己紹介していく面々へ顔を向けていたけど、男子のひとりが立ったところで彼女の体が、小さくぶるりと震えたのね。

 そっと彼女の顔を覗き見ると、その男子に顔を向けたまま、ぽーっと頬を真っ赤に染めていたの。当の男子は、彼女に気づいている風はなく、自分の趣味を熱心に語っている。

 映画とファミコンって言ってたかしら? 当時は女子の間だとファミコンに興味ある人は少なくて、オタクを相手にするような偏見があったわねえ。私もそれを聞いて、「顔はまあまあだけど、中身はおこちゃま」って評価した。

 同時に、顔の良さに惹かれる彼女の純真さが、ちょっと微笑ましかったわね。もし彼女にその気があるなら、協力することも悪くないかなとも思っていたの。


 ところが数日たっても彼女は彼に対して、モーションを起こす様子なし。

 男連中と話しているときは仕方ないにしても、周りに誰もいないタイミングでも、声のひとつもかけやしない。

 近づきはするのよ。近づきは。でもそこから一、二メートルの距離をとって、顔を赤らめるだけってどうなの? おどおどしたりする様子も見せず、直立不動でまっかっか。その直後、ひとり教室を出ていって次の授業の始まりまで戻ってこない。


 この手のこと、私はかわいらしさよりもどかしさを覚える人間。「そんなに彼が気に入っているなら、さっさとアクション起こせ〜」ってヤジを飛ばしたくなるわ。

 ただねえ。戻ってきた彼女の顏はいつも、うってかわってセメントのように無表情。冷たさを感じる険しい顔つきでいすにつくものだから、私もちょっと目を疑っちゃったわ

 その様子を何度か見て、彼との間を取り持つことを遠回しに提案したけれど、「必要ないよ」ってばっさり。先ほどまで赤面していた女と、同一人物とは思えなかった。

 本人がいう以上、「勝手にすれば」って感じ。切り替えが早いのも、女だったらよくあること。ストーカーみたいにならなきゃいいけど、と一抹の不安はあったわね。


 ところが次の日から、彼女は彼のことを一顧だにしなくなる。代わりに先に話したような、ファッション雑誌を読みふけるようになったの。そしてページを止めたかと思うと、紅潮湧き上がる彼女の顏。

 ちらっとのぞき見たけど、彼女が「お熱」らしき相手は、私も納得の男前。なかなかお目が高いと思いつつも、私の彼女への心象は下降気味。

 だって近場にいる男を捨てて、遠くの男に乗り換えるわけでしょ? 一度それをしちゃったら、ここから先も絶対に同じことを繰り返すに決まってる。

 

 案の定、彼女がそのモデルに赤面していたのは数日間だけ。

 ときにページをめくり、ときに別の雑誌を持ってきて、写真越しにいい男を漁っていく彼女。そしてこれ以上ないほど顔を赤くしたら、そそくさと席を立って教室から逃げていき、授業前には戻ってくる……こんなことを繰り返していたの。

 実際に男をとっかえひっかえしているわけじゃないから、問題にはならなかった。

 

 私はてっきり、トイレに行っているのかと思っていたのよね。顔の熱を下げるには、水で冷ますものだと。けれど彼女が出ていくとき、たまたまトイレにいたっていう女子陣に聞いても、彼女は入って来なかったっていうのよ。

 水道場に立ち寄るでもなく、ひと気のあまりない校舎の反対側へ、早足で去っていったとか。

 そう聞くとちょっと興味が湧いてきちゃってね。私は後をつけることにしたんだ。

 

 

 その日、彼女がいつも通り雑誌に釘付けになるのを、私はとなりの席で本を読みつつ、じっと待っていた。

 今回はなかなかお気に召す相手がいないのか、せわしなくページをめくっていく彼女。

 今日見ているのは、いつもよりちょっと年上。30代くらいが対象と思えるファッション誌。やがて指を止めた先では、ジャケットを着こなすイケオジ様の姿が。

 

 ――本当、男のルックスの趣味はいいのよね。趣味だけは。

 

 極力、悟られないよう。それでも彼女の顏だけはさりげなくうかがい、赤みを帯びていくことだけは確かめておく。

 ほどなくページが閉じる音。彼女が立ち上がって教室の外へ。ワンテンポ遅れて、私も自然な感じを装って、席を立つ。

 教室のドアからのぞき込んだとき、彼女は入り口にたむろする生徒たちから離れ、何十歩も先の廊下を歩いている。不自然なくらいのいい姿勢で、女子の早歩きにしてはだいぶ早い。

 撒かれないよう、そのうえバレないようについていくのは大変だったわ。音を立てないよう上履きは脱いじゃったし、息切れしそうになったら口と鼻に手を当てた。

 そうして先を急ぐ彼女は、特殊教室の並びを抜けて校舎の反対側の端。階段と突き当たりに被服室がある角を曲がってしまう。私もそこを曲がろうとしたけど、頭だけ出してすぐに引っ込めちゃったわ。

 

 

 ぱっと見、天井の蛍光灯が一本だけ垂れ下がっているように思えた。

 けれど、ソケットからだらりと下がっていたのは長い管。その先には緑色で、すぼまったつぼみらしきものがついていたの。

 彼女はその真下にいた。じっとたたずむ彼女の首から上は、すっかりつぼみに隠れて見えない。くわえこまれていたの。

 角に隠れた私の背中で、みきみき、ぶちぶちと骨がきしんで、肉がちぎれる音がする。それだけで何が起きているか分かって耳を塞ぎたくなるのに、不思議と彼女の悲鳴は聞こえてこない。

 完全にあのつぼみに音がさえぎられているのか、あるいは……。


 逃げないと、と踵を返しかけたところで、私は背中から腕を掴まれて「ひっ」と飛び上がりかける。

 でも、触れてきたのはあのつぼみじゃない。それにくわえこまれていた彼女の腕だったの。首から上は、教室に戻ってくるときに見せる、あの無表情を貼りつけている。


「見たんだ、あれ」


 尋ねる感じじゃない。なんとなくつぶやいたっていう調子だった。

 私は背筋がぞくぞくするのを感じながらも、もう一度角から先を見やる。ソケットから垂れていた、先ほどの管とつぼみはない。2つ並んだ蛍光灯を備える、埋め込み式の笠があるだけだったの。


「あの子ね、すごく面食いなんだ。いい男に目がないのに、飽きるのもとても早い。

 参っちゃうよ。好みが毎回変わる頭を、あげなきゃいけないんだからさ」


 それから卒業まで。彼女は手を変え品を変え、イケメンを追いかけては頬を染めていたわね。

 でも外から教室へ、平然とした顔で戻る彼女を見るたび、きっとあのつぼみにあげたんだろうな、と私は思った。

 彼女自身、打算じゃなく、心の底から惹かれる相手に出会うことはできたのかしら。



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